003.もしかして、これがスキル!?
僕たちは今、太陽に向かって街道を歩いている。
街道には運よくマンティコアは居なかったけれど、食べ物どころかエコバックごと無くなっていた。
あと、北に向かうか、南に向かうかで悩んだのだけれど、今はお母さまの勘を信じて南に向かっている。
何しろ初めて来た世界だから、地図が頭に入っているわけがない。
それ以前に、僕たち以外に人間がいるかもまだ不明な状態だ。
これまでに確定しているのは、女神様とマンティコアが居る事だけ。
つまり神様と、魔物が存在する異世界ということ。
それと
と言っても、マンティコア以外は、お母さまから聞いた話なんだけれどね。
そして魔物にも山賊に会う事が無いまま、そろそろ太陽が森の向うに隠れようとして。
空がオレンジ色になり始めた。
既に僕の体力は限界を過ぎていて、今はお母さまにおんぶしてもらっている。
(男子なのに情けない……)
でも、お母さまの背中は柔らかいし温かくて、とても気持ちがいい。
しかも睡眠不足だから、もう眠くて仕方がない……
ガラガラガラガラ
「あっ、ア~君。馬車が来たわよ。凄ーーい。本当に馬が引いている」
「そ、それは良かったですね……」
お母さまは僕と違い体力と精神力、そして度胸も有る。
「すみませ~~ん。乗せて貰えませんか~~?」
両手を高く上げて、誰とも分からない相手にお願いしてくれている。
当然、僕を支えてくれていた手がなくなるわけで、ズルズルと背中を滑り落ちて行く。
勿論、途中には柔らかいお尻があるのだけれど、本当に今はそれどころではない。
僕のほっぺたが柔らかい盛り上がりを登って、直ぐに下りてしまう。
何とかお母さまの足に縋り付いて、地面に腰を降ろす。
僕がこんなに動けなくなったのは初めてだった。
日光に当たらないように気を付けていたつもりだけれど。
顔の皮が引きつっていて、かなり痛い。
「ド~~ド~~ド~~。どうかしましたか?ご婦人。ここは危険ですよ?夜になると魔獣が出る」
とても優しそうな白衣姿のオジサンが、手綱を引っ張って馬車を止めてくれた。
その横には赤い髪をした女の子が乗っている。
「え~と、あの~地球から……では無くて……その~~迷子になってしまいまして……あはははは」
そう言えばお母さまは、嘘をつくのがとても下手だ。
「それは大変ですね。あ~でも、いま荷台は一杯でして……」
困ったようにオジサンが頭を掻いている。
幌の無い荷台には、緑色と茶色の物体が山積みだ。
確かにあれでは、人が乗る事は出来そうもない。
「そこを何とか、この子だけでも。人が住んでいるところまで乗せて貰えませんか?」
お母さまがお祈りをするみたいに手を組んで、お願いしている。
きっと僕の為に必死なのだと思う。
(ありがとう。お母さま……)
「はい。直ぐに荷物を降ろしますので。ご婦人もお乗りください」
(えっ、なんで……)
馬車に乗せてくれるのは嬉しいのだけれど、今のオジサンの反応はあまりにも不自然だった。
確かにお母様は子供の僕が見ても美人だけれど、今の反応はそういう感じじゃない。
まるで偉い人に命令されたみたいに、オジサンが急に姿勢を正して、ハキハキと返事をし始めたのだ。
「えっ、ベルトン先生。いいんですか?報酬の代わりに貰った野菜を捨ててしまって……」
隣に座っていた少女も、オジサンの様子に驚いている。
しかも大切な野菜を捨ててしまうらしい。
ぐぅ~~~
(あ~そう言えばお腹が空いたな……)
昨日から何も食べていない。
「ああ、構わない。アメリアも手伝ってくれ」
「先生がおっしゃるのなら、私は構いませんけど……何よ!」
先生に話しかけられて、恥ずかしそうにモジモジとしている女の子を、僕は眺めていただけなのだけれど。
なぜかギロリと睨まれてしまった。
(うん、良く判らない子だ)
その子が馬車から降りる時に、赤いスカートがふわりと広がり。
地面にしゃがみ込んでいた僕から、異世界の下着が見えてしまう。
(あれ?意外と普通なんだね……)
もっと大きな、そう、膨らんだ短パンみたいな物を想像していたのだけれど……
どうやらこの世界の下着は、現実世界とあまり変わらないらしい。
そして二人がかりで半分の野菜が道端に置かれ、そのまま捨てられる事になった。
「ごめんさ~い。私達のせいで……あっ、ここにスペースが有りますから、もう少し乗せてください」
立てなくなった僕を荷台に寝かせたお母さまが、僕の隣に小さくなって座ると、空いてるスペースを指差した。
勿論、二人の身体は密着している。
「はい。直ぐに」
丸いメガネを掛けたお医者さんが、言われた通りにテキパキと野菜を積んでいく。
まるでお母さまが命令しているみたい……
(あれ?もしかして、これがお母さまのスキル?)
確か、お母さまの
家来や召使に命令するためのスキルを持っていてもおかしくないのかも。
(まぁ、いいや。これで助かった……ありがとう。お母さま……)
安心をしたからか、それともお母さまが傍に居てくれるからか。
僕はそのまま眠りについた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ひぃ~~、痛ってててて……」
僕はほっぺたに冷たい感触を覚えて目を覚ました。
きっと真っ赤になっているだろうほっぺたに、クリームが塗られるたびに物凄く染みてきて痛い。
「ほら、我慢しなさい。男の子でしょ。も~なんで私が治療までしなきゃいけないのよ……」
どうやら、あのアメリアと呼ばれていた女の子が、僕に薬を塗ってくれているみたいだ。
というのも、僕の目の上には濡れたタオルが置かれていて、何も見る事ができない。
「あの~~ありがとうございます。え~っと……ア、アメリアさん……」
クラスの子とは話慣れているというのに、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
「べっ、別に私はベルトン先生に言われて……、仕方なく薬を塗っているだけだから!勘違いしないでよね」
あれ?もしかしてこの子は典型的なツンデレなのではないでしょうか?
といっても僕にデレているわけではないではないから……というか、ベルトン先生にデレていたから、ただの恥ずかしがり屋さんなのかな?
「あっ、ところで母さまは?」
「えっ、母さま???」
僕は急に寂しくなっていた。
知らない世界に来たせいかもしれないけれど……何となく嫌な予感がする。
「はい。そうです。母さまは今どこにいますか?」
「えっ、今お城から来た騎士様とお話をしてるけど……、あの人は王女様よ?まだ結婚もしていないのに子供が居るわけないでしょ。君、頭でもぶつけた?」
駄目だ、また話に付いて行けなくなっている……
でもこの子は本当にお母さまの事を、王女様だと思っているみたいだ。
「でも、本当に僕はあの人の子供で……」
「あのね。いい!騎士様が王女様のお顔を見違えるはずがないでしょ?お城を抜け出して来たらしいけど、今、お城に戻るように説得されているわよ」
(お母さまは確かにお姫様だけど、王女じゃないんだ!!)
僕は頭が混乱したまま勢いよく起き上がった。
「うっわあっ……ま、眩しい……」
濡れタオルが顔から落ちて、急に眼の中に明かりが入ってきた。
世界が真っ白に染まって、目の奥がチカチカとして痛い……
「あっ、ダメよ。寝てないと。まだご飯も食べてないでしょ」
言われてみれば体中がだるかった。
手と足に力が入らない。
でも胸騒ぎが収まるどころか、どんどんと大きく成っていく。
こんなことは初めてだった。
「お願いです。母さまの所へ連れて行ってください」
僕は赤毛の女の子の肩を掴んでお願いをした。
もしも、お母さまをお城に連れていかれてしまったら、僕は独りぼっちになってしまう。
「ちょ、ちょっと触らないでください……先生を呼びますよ……」
真っ赤な顔をしたアメリアが、僕の手を振り払ってベットから離れてしまった。
体の支えが無くなった僕は、そのままベットから転がり落ちてしまう。
ドタン
「痛てててって……お、お母さま……」
しかたなく僕は木の床を這いつくばって前に進む。
異世界か何か知らないけれど、お母さまだけは絶対に渡さない!
「どうしたんだ。大きな音を立てて……あっ、君、大丈夫かね」
「お母さまが……」
白衣を着ているベルトン先生が、僕を助け起こしてくれた。
「あ~マリア王女様の事かな?大丈夫、無事にお城にお戻りになられたよ」
「いえ、そうではないんです。あの人は僕の母親で、名前は真理子なんです」
もう、涙を我慢出来なかった。
「そんなはずが無いだろう……と言いたいところだが、何か事情があるみたいだね。まずはベットに横になるんだ。君の体は弱っている」
「はい……先生」
僕はベルトン先生の優しくも有無を言わせない、力強い言葉に従った。
床を這いつくばった時に分ったけれど、僕はどうしようもなく非力だった。
それに何となくだけれど、この人なら何とかしてくれそうな、そんな気がしている。
「アメリア君。お粥を作ってくれないか?」
「はい。先生……」
アメリアさんが部屋から出たのを確認してから、先生が話し始める。
「さてと事情を話してくれるかい?え~~と、アキル君だったかな?」
「いえ、アキラです……えっ、何で僕の名前を知っているのですか?」
「君のお母様が言ってたからね。まさか本当に王女様ではなかったとはね……。どうやら僕は、君に謝らなければならないようだ」
「…………」
先生の話では、街の入り口にあった立て看板に、お母さまとそっくりな似顔絵が張られていたそうだ。
なんでも、この国の王女様がお城を抜け出してしまい、国中で捜索が行われているらしい。
そこで行き倒れになっていた王女様を救ったと思い込んだ先生が、お役人に連絡をしてしまったという事だった。
「そうだったんですね。でも母さまも違うと言ったのですよね?」
「ああ、言っていたよ。別の世界から来たとも……。ただね、騎士が信じなかったんだよ。彼にも使命があるからね。それに顔がそっくりらしいんだ。そこで困った騎士が、取り敢えずお城まで同行して欲しいとお願いをしてね」
お母さまはお願いに弱かった。
困っている人を見かけると、放って置けないんだ。
そんなところが優しくて大好きなのだけれど、今回ばかりは溜息しか出ない。
「それで母さまは付いて行ってしまったのですね……」
「本物のお城と王様を見る事が出来るって、喜んでたよ……アハハハハハ」
これには先生も乾いた笑いしか出ないようだ。
「はぁ~母さまらしいですね……それで直ぐに戻って来れるのですよね?」
「ん~お城には鑑定が出来る司祭様もいるからね。多分、大丈夫だと思うけど……」
「その鑑定って、名前に職業とか、あとスキルなんかも見る事が出来るあれですか?それだったらすぐ別人だって分かりますよね?」
「そ、そうなんだが、ただね~引っかかるんだよ~~。君たちは別の世界から来たというのは本当なのかい?」
「実はそうなんです……母さまは、その事も話してしまったのですね……」
異世界によっては、別の世界から来た転生者や、転移者を特別視するというのは、よくある話だ。
それに普通、主人公は別の世界から来たことを隠すものだし……
「よそから来た君は知らないかもしれないけど、この世界の神様は実に気まぐれでね~。ホント、何をするか分からないんだよ」
「はぁ~そうですか……、あっ、もしかして別の世界から転移して来た人が、他にも居ますか?」
「私は初めて会ったけど、そういう噂話はよく耳にするね。伝説の勇者はたいてい転移者だって話だ。それに私は神様を見たことが無いけど、居るのは確かなんだ。何が有っても不思議ではないと思わないかい?」
「確かに……そうですね。僕も神様とか魔法を信じていませんでしたけれど……別の世界が有ったわけですし……」
僕の言葉に先生が嬉しそうに大きく頷いた。
「君は実に賢いな。まぁ、王女様と思われてるんだから、マリアさんには危害が加えられる事は無いだろう。むしろお城に居た方が安全だから安心したまえ」
「つまり。街には危険があるという事ですよね?」
「はははは、呑み込みが早くてよろしい。おっ、お粥が出来たみたいだよ。アメリア君をあまり怒らせない方がいいぞ。彼女は綺麗だけど怖いからな」
ベルトン先生は大きな声で笑うと立ち上がり。
去り際に小声で、赤毛の少女の事を忠告してくれた。
(へ~~アメリアさんは綺麗なんだ……)
僕はまだ、アメリアさんの顔をぼんやりとしか見たことが無い。
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