002.いきなり大型魔獣登場!?

 「はぁ~良かった。ア~君が無事で……。あっ、ごめんね。重かったよね」

 「ううん、大丈夫だよ」


 空から降って来たお母さまが、僕の無事を確認すると、ようやく上からどいてくれた。

 でもお母さまの甘い香りが離れて行くのが、ちょっぴり残念。


 夢だと思っていたけれど、どうやら僕も空から落ちて来たみたいだ。

 きっと、お尻が痛かったのは、そのせいなのだろう。


 それにしても、よく二人とも死ななかったと思う。

 というか、普通は空から落ちてきたら絶対に死んじゃうよね?

 でも、僕が落ちた時も、お尻が痛いだけだったから意外と平気なのかも?!


 「お母さんを受けとめてくれてありがとうね。ケガは無い?」

 「うん。大丈夫みたい。それよりも母さま……その~……髪の毛はどうしたのかな?」


 僕はさっきから気になっていたことを、思い切って聞いてみた。


 「えっ?あ~~これね~。可愛いでしょ?女神さまがピンク色にしてくれたのよ」

 「はぁい?」


 完全に僕が理解出来る範囲を超えている。


 お母さまが嬉しそうに肩まであるピンク色の髪の毛を、指に巻いて遊んでいるけれど。

 ここに来るまでは、ずーーーーーと黒色だった。


 それが不思議な水溜まりに落ちて、空から降ってきたら髪の毛がピンク色に……

 それによく見ると瞳の色も紫?赤?

 いや、僕には、はっきりとは見えないのだけれど、変わっているような気がする。


 「あれ?母さま。今、女神さまって言いませんでした?」

 「うん、そうよ。あれ?もしかしてア~君は会わなかったの?」


 女神さまなんか、居るわけがないと思うのだけれど……ゲームでもあるまいし……


 でも、よく考えてみれば一緒に水溜まりに落ちたのに。

 僕の方が先に地面に落っこちていたわけだし……。

 おかしいと言えば、おかしいのかもしれない。

 というか、そもそもここは何処なのだろう?


 「会いませんでしたよ……」

 「そっか~~、じゃ~ここが何処かも分からないよね。いい、ア~君。落ち着いて聞いてね」


 珍しく真剣な顔をしたお母さまが近づいてくる。


 「う、うん……」


 お母さま……また近いんだど……それに空から落ちてきた衝撃で、ブラウスのボタンが外れて、ブラジャーが少し見えちゃってるよ~


 「ここはね、異世界なのよ!それにね、お母さん……職業をお姫様にしてもらえたの~~!もう嬉しくて夢みたい~~」

 「えっ……」


 僕は固まった。


 お母さまがサクラ色に染まったほっぺたを両手で挟んで、子供みたいにはしゃいでいる。

 でも、僕は異世界に来たことよりも、お母さまが大切な職業クラスの選択でお姫様を選んだことに驚いていた。


 外で遊ぶことが出来ない僕は、これまでに色々な本とかマンガを読んできた。

 ゲームも1日に1時間までという約束でしている。


 難しい漢字が出てくる本はまだ読めないけれど、魔法や剣が出てくるライトノベルだって読んだことがある。

 ほとんどが女の子が貸してくれた本とか漫画だったから、悪役令嬢とかイケメンが沢山出てくるし、中には男の人同士が大変な事になっていたけれど……

 だからもちろん、異世界転生だって知っている。

 僕の場合は体がそのままだから、転移だっけ?


 それに職業クラスとかスキルの大切さをよく知っている!


 ファンタジーの世界で生き残るためには、力が必要なのだから……

 それなのにお母さまは、せっかく女神さまに会えたと言うのに、お姫様に……

 普通はチートスキルとかも貰うはずなんだけどな~~


 (お姫様って、どんなスキルを持ってるのさーーーーーー!!)


 はぁ~スッキリした。

 僕は心の中で遠い目をしながら、思いっきり叫んで心を落ち着けた。

 そう、こういう時は落ち着かないと、大変な事になると相場が決まっている。


 「それでね。女神様がお城まで送ってくれるって言って来たんだけど、断ってア~君の居るとこに送ってもらったのよ~」

 「あはははは……そう、そうなんですね。それは良かった……」


 駄目だ!職業クラスの事が気になって、話が頭に入ってこないよ……

 って、お母さまが断ってくれなかったら、僕は一人で彷徨うさまようところだったの???

 そんなの絶対に耐えられないよ。


 修学旅行だって、お母さまに会えなくて、寂しさのあまり先生から隠れて電話したくらいなのに。


 でも、もう直ぐ僕は中学生になるんだ。

 お母さまに頼ってばかりはいられない。


 それよりも武器とか、凄いアイテムとか貰わなかったのかな?

 あと異世界物と言えばユニークスキルだよね!?

 あと、あと……


 ドスン


 ドスン


 突如、お尻の下から大きな振動が伝わって来た。


 「地震かな?」

 「あら?何の音かしら?」


 ミシミシミシ~~~


 キィーキィー

 パタパタパタ~……


 あっ、この音……嫌な予感しかしない。

 まるで恐竜の登場シーンのような……


 「母さま。逃げよう!」


 バキバキバキバキーーーー

 ドッスーーーーーーン


 僕がお母さまの手を握ったのと同時に、後ろに有った大木が直ぐそばに倒れて来た。

 そして何かわからないけれど、山のような巨体が作り出した影が、僕たちを覆っている。


 「ア、アー君……あれ!?」


 お母さまが震える手で指差したのは、大型トラックよりも大きな魔物だった。

 太陽を背負ってくれているおかげで、僕にもぼんやりとだけれど、その輪郭が見える。

 コウモリの羽とライオンの体……


 「マ、マンティコアだ……」


 僕たちを弱い獲物と見たのか、マンティコアが唇の端を上げて、攻撃もしないでゆっくりと近づいて来る。


 普通、最初からこんなに強いモンスターは出て来ないよね?

 ゲームでは絶対に起こらないシチュエーション。

 あるとしてもオープニングムービーぐらいだよ……


 「アァァ、ア~君……どうしよ……」


 お母さまは腰を抜かしているのか立ち上がれないみたい。

 僕が母を抱っこできるはずもなく、走って逃げるのは難しそうだ。


 お腹が空いているのか、マンティコアが大きな口から涎度を垂らしている。

 人間を餌としか思っていないのかも。


 「母さま。ゆっくりと刺激をしないように、背中を見せないようにして逃げましょう」


 仕方がないから、TVでみた熊に遭遇した時の逃走方法を試すことにした。


 ドスン


 「キャーーー無理よーーーー!!」

 「あっ」


 鋭い爪を伸ばした前足が立てた重い音に驚いて、お母さまが大きな声を上げてしまった。

 しかも買い物袋を魔獣に向けて投げているし。

 完全に魔物を刺激してしまっている。


 空中をクルクルと回るエコバックから、ひき肉の入ったパックと、白い紙袋が飛んでいく。

 それは僕の大好物、若鳥の唐揚だというのに。


 パク


 「あっーーー僕の唐揚げーーーーー!!」


 大きな口の中に飛び込んだ唐揚げを、マンティコアが美味しそうにムチャムチャと味わっている。

 やっぱり若鳥の唐揚げは最強だった。

 とっても美味しいのか、大きな目を細めて、さそりの形をした尻尾を振っている。


 「アー君。今のうちに逃げましょ」

 「えっ、うん……」


 僕はお母さまに手を引かれて、薄暗い森の中へと駆け込んだ。


 マンティコアはというと、前足を猫みたいに使って、エコ袋から唐揚げを取り出そうと奮闘している。

 臭いが付いているだけで、もう入って無いんだけどね。


 「はぁ、はぁ、母さま……そろそろ休憩しましょう……」


 まだ5分も経過していないけれど、僕の体が悲鳴を上げている。

 胸が痛いほど苦しいし、それに足にも力が入らなくなってきた。

 立っているだけで、ガクガクと膝が震えてしまう。


 僕は外で遊べないから、殆ど運動をした事がない。

 だから体力が無い事は知っていたけれど、こういう時はピンチだよね。

 本当に異世界で生きていけるのかな……


 「ア~君。あそこに隠れましょ」


 お母さまの視線の先には、とても大きな木が立っていた。

 温かくって柔らかい身体に支えられて、僕は何とか歩く。


 そこは大きな木の根元にある、洞窟のような穴だった。

 大人の人でも二人までなら、入る事が出来る大きさ。


 「はぁ~~もうダメ。死にそうです。ゼ~ハァ~、ゼ~ハァ~」

 「よしよし。よく頑張ったね」


 お母さまは僕が失敗をしても怒ったことがない。

 そしてこうやって出来ない事が有っても、いつも優しく接してくれる。

 柔らかい手で頭を撫でて貰えると、気持ちが落ち着く。


 そこで僕は、力が無いのだから、せめて頭だけでも使おうと考えた。


 「はぁ~~、でも、困りましたね。このまま野宿をするにしても、お水もですが、食べ物がありません」

 「そうよね。でも今、外にでると危ないから~……」


 お母さまの言う通り、マンティコアがどこにいるか分からない以上、ここから出るのは賢明な判断ではない。


 それにしても命の危険が迫っていると言うのに、お母さまの声は何時もと変わらない。

 どこまでも呑気なままだ。


 さっきは魔獣を前にして怯えていたのが、嘘みたいに落ち着いている。

 僕もその辺は見習わなといけないと思う。


 「そうだ。母さまは女神さまから、何かスキルとかアイテムを貰いませんでしたか?」

 「う~~ん。ア~君に早く会いたくて説明を聞かないで来ちゃったから~」


 テヘペロみたいな顔をされても、今は笑えない……でも可愛いいんだよね~~

 残念ながら物語みたいに、いきなり出て来た強敵をユニークスキルで一発KO!!

 そしてLVアップ!!とはいかないみたいだ。


 「はぁ~~そうですか……分りました。取り敢えず今日はここで休みましょう」

 「そうね。それにしてもア~君がしっかりしてて。お母さん、助かるわ~~」


 いやいや、僕もお母さまが傍にいないと、怖くて潰れそうなのだけど……

 でも、お母さまが喜んでくれるのなら、僕は頑張るよ!


 そして何事も無く夜になり、また朝が来た。


 「ふぁ~~。よく眠れた。おはようア~君」

 「うん……おはようございます。母さま……」


 元気いっぱいのお母さまと違って。

 僕は一睡も出来なかった。


 僕の体を抱いてスヤスヤと眠っているお母さまを、守るためと言えればカッコいいのだけれど……


 別に赤い目をしているからと言って、僕は夜目が効くわけではない。

 それ以前に視力が弱い僕には、見張りは務まらないわけで。

 物音に対しては敏感だけれど、むしろそれのせいで眠れなかった。


 暗闇から聞こえて来る、良く判らない動物の鳴き声や、風で動く葉っぱの音が怖くて……


 「ア~君。大丈夫?顔色が悪いわよ?」

 「う、うん。大丈夫だから……それよりも早く町か村を探さないと……」


 だから、夜の間にこれからの事について考えてみた。

 戦う事が出来ない僕たちには、異世界の森は危険すぎる。

 とりあえずは空から落ちた所にあった道に戻って、その道沿いに移動しようと思う。


 なにしろ物語の中では、魔物は夜行性の事が多いからね。

 ゲームでも夜の方が沢山モンスターが出て来る物だってあるし。


 もちろん、山賊とかが出てきたら最悪だけど、言葉が分からないモンスターよりはいいと思うんだ。

 多分……


 そして町か村を発見出来たら、そこで現代知識を生かして生活をしようと考えている。

 僕には戦闘なんか向いていないから、そこでお母さまとスローライフを楽しめたらいいなと。


 そして何よりも、僕は喉がカラカラでお腹も空いていた。

 安全な家と、当たり前のように食べ物がある生活は、とても恵まれていたんだな~、と今なら分かる気がする。

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