I quit.

「僕、綾乃先輩が好きなんです。」


「え、あ、そうなんだ。」

 私はたじろぐ。

「それで、先輩に協力して欲しいんです。」


「あ、え、ちょっと待って。」


 私は、その瞬間、考えもしなかったあーちゃんとの関係性が頭に浮かんだ。あーちゃんは私が好きなのかもしれない。友達としてではなく、恋人として。



 さっきの会話を思い出す。


「わたしは別にそう言うのでもいいけどなあ。」

「からかわないでよ〜。」

(あーちゃんは恋愛関係を望んでいるってこと?)

(あんなのは冗談だ。私たちは友達だ。)


「私を、撮って欲しいの。」

(私だから、好きな人だから頼んだんだ!)

(モデルが撮影を頼んだだけじゃないか)

 ・・・・


 一瞬のうちに駆け巡った一連の思考は、一点で収束した。


(あーちゃんがわたしをそう言う意味で好きだとして、今の私は絶対に応えられない。)


 私は顔を上げた。

「いいよ。」


 少しの沈黙。拳は硬い表情を崩さない。

「作戦は考えてあるんです。」


「まず先輩が写真部で3人でフォトウォークしようと誘います。」

「うん。」

「それで、先輩には体調不良かなんかで休んでもらいます。それだけです。」

「偶然の2人きりを装うってわけね。」

「あとは僕の方でなんとかします。だからそれだけお願いしたいんです。」

「・・・・わかった。」

「ありがとうございます。くれぐれも内密にお願いします。僕は先に戻ります。」

 そう言って拳は帰っていった。


 お菓子を持って部室に帰ってきた私は2人に提案する。


「なんかせっかく3人いるんだし週末どっか撮りに行こうよ。」

 ・

 ・

 ・

 ・

 週が明けた。

 私は少し緊張しながら部室に向かった。

(拳は成功したんだろうか、)

 あーちゃんがいた。拳はいなかった。

 開口一番にあーちゃんが言った。

「土曜大丈夫だった?風邪ひいたって。」

「あ、なんか急に熱出ちゃって。一晩寝たら治ったよ。今は全然大丈夫。」

「そう、よかった」

「結局撮りに行ったの?」

 しばらくの沈黙。

「あ、まあね。楽しかったよ。」

 その声は上の空だった。急に罪悪感が襲ってくる。

「へぇ、よかったね。」

「私今日先に帰るわ、歯医者なの。鍵よろしく。暗室はもう掛けたから。」

 あーちゃんがぶっきらぼうに言った。


 私は部室に1人で取り残された。私は誰もいない部室で1人ぼんやり考えた。


(拳は失敗したのかな、来てないし、あーちゃんの反応もあったし。)

(帰るか)


 私は戸締りを確認し、暗室の鍵を閉めて帰ろうとした。そこで手が止まった。あーちゃんの言葉を思い出した。


「暗室はもう掛けたから。」


 暗室のドアノブを回すと、やはり鍵は掛かっていた。


 ふと、一つの考えが頭を支配した。

(もしかして、答えはこの扉の向こうに)

 拳は普通撮ったフィルムをすぐ部室で現像して干している。もしかしたら例の土曜日の写真がそこにあるかもしれないのだ。

 私は鍵を差し込み、しかし回すのを躊躇った。

(でも、わざわざ「掛けたから」と言ったってことは開けるなってことじゃないのか)


少しの間。


 しかし全ての顛末がそこにあるという誘惑に私は勝てなかった。

(なんの報酬もなく協力したんだし、見る権利があるよね)


 私は鍵を回した。


 ガチャッ


 そこには、部屋中に干された色鮮やかなポジティブフィルムがあった。一本や二本ではない。十本単位だ。


 そしてその一コマ一コマに、世にも可憐な美少女が写っていた。


 私は彼女を知っている。


「あーちゃんだ。私の見たことも、撮ったこともない。」


 ふと涙が溢れた。


 そのフィルムに写っているあーちゃんは、私には見せたことのない笑顔をしていた。見せたことのない美しい顔をしていた。見せたことのない嬉しい顔をしていた。


 私はフィルムを1コマずつ見ていったが、やがて見るのをやめた。私は暗室の鍵を乱暴に閉め、部室を閉め、鍵を返した後は、いてもたってもいられず、駅まで駆け抜けた。ただただ涙があふれている自分を気にしたくなかった。


(私は親友を騙したし、写真家としても、人間としても彼に負けたんだ)


 帰った私は、いつものように鞄から荷物を取り出した。ライカがあった。私は、それを机の引き出しの奥に仕舞い込んだ。



 そしてしばらく、不登校になった。

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