Bパート
新入生
春休みは程なく終わった。私は晴れて高校2年生になった。カメラばっかりやっていたせいで学期早々にあった確認テストは散々な結果だったが。
(まあ自分にはカメラがあるし!)
こう慰めができるぐらいには元気だった。というのはまとめて現像に出していた航空祭を納めたフィルムが返ってきたこともあった。
「おお〜」
どの写真も完璧なわけではなかったが、いくつかその瞬間のジェットエンジンの轟音や風切り音を思い出す写真があった。
「もう自分写真家じゃん!」
私は嬉しくなった。
写真部も新入生の勧誘をすることになった。あーちゃんが呼びかけをして、私がビラを配る。
「写真部に入りませんか〜!」
・・・・
「全然取ってくれないわ〜。」
私が愚痴を漏らす。
「でしょ〜。」
2人でフラフラと部室に戻ると、そこには見慣れない人物がいた。
「写真部ってここであってますよね。」
「いや〜入部してくれてありがとう。とりあえず廃部回避です!名前は?」
あーちゃんが大袈裟に新入生を歓迎する。
「上村です。上村拳。」
「ってことは、噂の部長の弟ってこと?」
私があーちゃんに訊く。
「まあ知ってたけどね。」
さらっと答える。
「で、どういう写真撮ってるの?」
新しい部長であるあーちゃんが上村に聞く。
「僕は専ら寺とか神社メインですね。フィルム見てもらってもいいですか。」
「見せて見せて。」
あーちゃんが促す。
上村はカバンを弄り、アルバムを取り出す。
「これです。」
出てきたのは、それまでに見たことのない種類のフィルムであった。これまで自分が使ってきたフィルムはネガフィルムと言ってその名の通り色や明度が反転したフィルムを得るのだが、今目の前で見ているのはまるで写真が如く、いや写真より鮮やかな、まるで景色が今そこにあるように見えるフィルムだった。
リバーサルカラーフィルムである。
「これ、そんなにめずらしいですかね。」
上村が言う。
私が答える。
「いや、珍しいですね、今どきリバーサルで撮る人あんまりいないですし。フィルム高いし、露出はシビアだし、現像も時間がかかるんで。」
それを聞いた上村はやや照れた顔で言う。
「自分で現像してます。」
「「え?」」
「というかここ暗室あるんですよね。現像したいんで自宅から薬品とか持ってきてもいいですか?」
「「ええ?」」
「あ、暗室はいいけど薬剤に関しては顧問に聞くから待って」
あーちゃんが冷静に答える。
「あと苗字読みだとお兄ちゃんとかぶるからけーちゃんでいい?」
「あーおっけーです。」
とんでもない逸材が入ってきてしまった。
彼、いや拳はニコンFを持ち、風景画と歴史的建造物を撮るのを趣味とする人物であった。ふとポートレートとか興味あるのと聞いてみたら、「人は撮らないですね。」とあっさり返された。
それを聞いて少し安心している自分がいる。
(人撮るのまでうまかったら自分の居場所ないからなあ、よかった)
しばらくして顧問の茂山先生から薬品の持ち込みの許可が降りた。拳は暗室をフルに使っていた。暗室に干してあるフィルムが絶える日はないぐらいだった。
鍵当番で暗室を閉めるときには、一通り拳が乾かしているリバーサルフィルムを慎重に見て、その美しさに見惚れていた。
結局拳以外に新入部員は入ってこなかった。3人になった写真部は、思ったよりも変化がなかった。というのも大抵拳は暗室にこもって現像が終わると、乾くのを待たずにそのまま帰ってしまうからだ。フィルムの消費ペースからすると、おそらく帰っているのではなく撮影に出かけているのかもしれない。
私とあーちゃんは一年生とは変わらない生活をしていた。部室に行って、どうでもいい話をして。たまにあーちゃんは私にシャッターを切る。私もやり返す。フィルムが入ってるかなんて野暮なことは聞かない。
「先輩たちってそういう関係なんですか?それ。」
珍しく暗室から出てきた拳が尋ねた。
「違うよ違う!仲良いだけ!」
私は訂正する。
「そう?私は別に良いけどなあ、そういうのでも」
あーちゃんがここぞとばかりに茶化す。
「からかわないでよ〜!」
「とりあえず仲良いのは分かりました。あ、コーヒー淹れたんで先輩方飲みます?」
普段はあまり交流のない拳が、珍しく輪に入ってきた。
「気が効くじゃーん、つか、なんでコーヒー?」
「コーヒー現像してたら余ったんで。ちゃんと飲めるやつですよ。」
「そんなんもあるんだ〜」
あーちゃんが興味あまりなさそうに返した。
そのあと、写真部3人でコーヒーを囲んでたわいもない話をした。
「お菓子とかあれば良かったなあ〜」
ふとあーちゃんが言う。
「僕買ってきますよ。」
拳が言う。
「わざわざコーヒーまで淹れてくれて、申し訳ないよ。」
「あ、私菓子代でパシられるわ。」
すかさず私は買い出しに名乗りをあげる。
「マジ?頼むわ〜」
あーちゃんは財布を取り出す。拳もそうしようとするが、あーちゃんは
「奢るのは先輩の特権だから。」
と制した。
「じゃ、よろしくね〜」
私は1人コンビニへと向かった。
北門からの道を、遠ざかる野球部の声を聞きながら歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
拳だった。
「理子先輩、話があるんです。」
その真に迫った口調と息切れしている彼に私は驚いた。
「え、何?」
「僕、綾乃先輩が好きなんです。」
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