第6話 その日

時計の針が1と11を指してV字になった。

13時55分になった時計を見て僕は家を出た。


外に出ても晴れの時とは違う薄暗さが僕たちの町を包み込んでいた。その原因である曇天の空は永遠と続くかのように奥まで続いていて、太陽をこちらに映そうとは微塵も思っていないようだった。


雨の匂いが鼻にこびりつく。じめじめとした道を黙々と歩いて集合場所である公園に向かった。


僕は足を少しだけ速く動かしていた。

(あの女の人、今日もいるかな…)


あの奇妙な女の人に僕は少し興味があった。

もちろん花恋ちゃんの事も気が気でないけど、あの女の人はどうしてか頭に残っている。


…でも公園の前まで足を運んだ時にあの女の人は目にうつらなかった。


「おーい聖司ー!!」


公園の中からいまさっき電話で聞いた声が聞こえた。音の聞こえる方に足を向けるとクラスの男子女子が少しいた。


「割と集まってくれてな」


僕がジロジロ見ているとそれを察したかのように隼也は言った。


ベンチの周りに集まっている人数は僕を合わせて6人。


クラス委員長の長谷川はせがわさん。

花恋ちゃんとよく一緒にいる岡野おかのさん。

よく一緒に遊ぶ蓮翔。

花恋ちゃんに好意があった結弦ゆづる

そして僕と隼也の6人だ。


ここにいるみんなはクラスにいた時よりは顔色はさや表情が柔らかくなった気が見ていて思う。


滑り台は古さが不気味さを出して、ブランコは生暖かい風で小さく揺れる。


元々この町で車が通るのなんて滅多にないけど、花恋ちゃんが行方不明になったと知れ渡ってからもっと少なくなった気もする。


「…どうする?」とベンチに1人座っている岡野さん


「多分近くはもう警察がいろいろ探していると思うからよ向こうの山の方探して見ようぜ」


隼也が指さすのは僕たちの町を囲んで他の町から切り離すように立てられている山だ。


みんなを集めた隼也がそう言い僕たちは公園という空間から一人一人出ていった。


みんなで田んぼ道を歩いている時、たまに大人が通る。


通り過ぎる時、僕たちの方をじっと見て。

通り過ぎた時、珍しいものを見たような顔をして。


「…ちっ、睨んでんじゃねぇよあのババア」


「まぁまぁ…。睨んではないと思うよ蓮翔。ただ今、子供達だけで外に出ているのが不思議なだけなんだよ…」


結弦は蓮翔の機嫌を落ち着かせるようにそう言った。いつもの蓮翔ならこんな事ではキレない。やっぱりいくら取り繕ったって不安なんだ…。


山までの距離は遠くはないけど少し歩く。

みんなは溝の口や車の下、中を見ながら足を動かして目的の場所へ向かった。途中、おばちゃん達に声をかけられたりもしたが簡単に誤魔化して進んだ。


目の前に立つとやっぱり町を囲む山は一部だけ見てもとても大きい。今からこの一部分だけの山を全部探そうとしても丸一日、いやそれ以上だってかかるかもしれない。


「あ、あの山は広いから二人一組ぐらいで分けて探した方がいいと、思うんだけど…」


委員長はいつも通り少しおどおどしながら言った。


「だな」と隼也が言い「んじゃあ俺と委員長、蓮翔と結弦、岡野と聖司でいいか?」


そう聞くと全員反対意見はなく頷いた。

隼也と委員長はみんなの今目の前にある山ら辺を。蓮翔と結弦は少し右にズレて、僕と岡野さんは少し左にズレて。


山に入ってから20分くらいたっただろうか。

僕と岡野さんは一言も喋らずに木の裏を見たり少し土を掘り返して見たりと探していた。


「私たちさ、なんでこんなとこ探してんだろな」


こっちには目をくれず探しながら口を動かした。


「そうだな…土を掘り返すなんて埋められてるみたいだよな」


「……」


(やべっ…いきなり不謹慎な事言うべきじゃないよな…。岡野さんは花恋ちゃんと特に仲良かったし)


また無言になった。聞こえてくるのは木についている葉っぱの揺れる音。落ち葉を踏んでなる音。少し上がった岡野さんの息。


…気まずい。


「いや、その…」


「お前ってさ、一人でいる時と学校でいる時のキャラ違くね?」


僕の言葉を遮るように喋り始める。今度は僕の方をしっかりと見て、少し身体を預けるように木にもたれかかった。


「お前の一人称っていつもは僕やんか?んでも何か違うっつーかなんつーか。お前の一人称って俺だろ」


急に何を言い始めるんだこの人は…。


「わかんないな。小さい頃から一人称は僕だしキャラも変わんないよ」


岡野さんは「変わった」と言って落ち葉を思いっきり蹴った。ふわっと舞いあがる落ち葉は風に運ばれる訳でもなくてヒラヒラと儚く同じ土に帰っていく。


「私が言った瞬間口調も声音も変わった。さっきまでは男って感じがしたけど今はひ弱な男だ」


「元々ひ弱だよ僕は」


いつもの表情、声色で岡野さんの目をしっかりと捉えて言った。彼女を怒らせないようにできる限りの配慮をして。


「…ちっ。まあいいや」


そしてまた喋る前の無言の世界が広がった。


それから時間が40分を超えるだろうところでまた岡野さんの口が動き出して音が出た。


「お前も花恋は死んでるって思ってるだろ」


唐突のその言葉に最初はあまり頭がついていかなかった。


「まあ、私もだけどさ。もし生きてるって思ってるなら私もお前も土を掘り返したりなんてしないよな…」


確かにその通りだ。もし今山の中にいるのだとしたらそこにある夕凪花恋という女の子は命をもっていない”空”の人間、人形がいるだけと思う。


「そうだな、僕と岡野さんも花恋ちゃんが生きているとは思ってないんだろうね」


そう言うと落ち葉を踏んで岡野さんが僕の方に向かってくる。向かってくるその顔は血相を変えた者でもないただの無気力なその顔。今日クラスにいた親達の無気力な顔とはまた違う顔。


目の前に立った岡野さんは土で汚れた中指で僕の胸をポっと刺して耳元に顔を近づけてくる。そしてたった一言、岡野さんは発した。


「――私、探す気ないわ」
















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