第4話 一日前 夕方
私の目が釘付けになった。
目が言うことを聞かなかった。
瞼を閉じることすら許されなかった。
目の前の女性に全身を石で固められたように。
周りの音が聞こえない。
周りの景色が視界に入らない。
まるでこの女性の虜になったように、
この女性の世界に入ったかのように、俺の全てがこの女性に取られたように感じた――。
「なんだい君は」
宝石のエメラルドの様に光を放った大きな瞳が俺の目を射抜いてくる。
心の内まで見透かす事ができるようなその宝石は今まで見た中で一番綺麗と思えた。
鴉のように真っ黒のスーツをきたこの女性は組んでいた脚を組み直し、ツヤツヤに潤ったピンク色の唇を開いた。
「そんなにじっと見て、私に何かようか」
「い、いや…えっ…と」
石化された俺の身体はまともな会話すらさせようとしない。
いや、もしも今喋れる状況であったとしても僕はこの人と普通の人間の様に接する事は出来ない気がする。
次第に俺の固まった身体は溶けていき視界も広がってきた。辺りを見れば役目を終えた太陽が山の向こうに沈んで行くところだった。
真っ赤に染め上げられた空は俺たちに何を語りかけているんだろうか。
「君は今いくつなんだ」
着ている服とは対称的な薄い金色の髪の毛が生温い風で揺らしていた。
「…12です。小学六年生、です」
「へぇ。中学生かと思っていたけどまだ小学生なんだな」
『かァ〜かァ〜』鴉が鳴いている。
「今日、この時間帯に出ている人は珍しい。この小さな辺境の地の小学校に通ってるって事は君も聞いてるんだろ?」
「聞いてます」
何を聞かれているかは誰にだって分かるだろう。
前の女性は頭を縦に降り「そうだよな」と言っている。
女性はポケットに入っていた煙草の箱から煙草を一本取り出し銀色のZIPPOで赤い日を灯した。すると煙草特有の臭いが俺らの周りを包み込み、臭いの元を薄い唇に挟んだ。
この女性は何処を見ているんだろう。
俺が目を見ようとしても決して合わせることは出来ない何処か遠い場所。真っ赤に染まった空を眺めながら煙をゆっくりと出していた。
「今は子供が出ていい時間帯ではない。早く家に帰りな」
突き放すように、守るように目の前にいる人間は言った。
鴉が去り、セミの鳴き声が消え、丸く真っ赤なボールは落ち、そして俺が公園から立ち去った。
後ろを振り返るとベンチに座ったまま煙草を吸っている女性がそこにいた。
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