第31話 潤平の悩み
「落合さん、これを書いてもらっていいですか?」
そんな二人の会話をくすくすと笑いながら聞いていた円が問診票を潤平に渡した。一度ここに来たことがあるとはいえ、その時は患者ではなかったので当然ながらカルテがないのだ。知り合いであっても、問診票を書いてもらわないことには調剤できない。
「はいはい。それにしても、まさかここにお世話になるなんて」
そして潤平も、まさかここの患者になるとはと悔しそうだ。それにしても、雨の中を歩いていて風邪を引くなんて子どもみたいなことがあるのか。どれだけ長時間歩き回ったのやら。
「ひょっとしてズボンの裾とかシャツの肩とか濡れたまま過ごしてませんでしたか。この時期は室内だと冷房が効いているから、気を付けないと駄目ですよ。濡れたままにしておくと身体が冷え過ぎてしまいますから」
円の注意に、そうですねえと潤平は頭を掻く。暇も手伝って円と桂花はそのまま潤平を挟んでソファに座る。それに対して弓弦が棚卸を手伝えよと抗議の声を上げたが、もちろん無視だ。
「やっぱり現地で取材した方がいい絵が描けるの?」
「ううん。それは人によるかなあ。全部空想で描いちゃう人もいるし、写真だけでいいっていう人もいるしね。俺は写真を見ながら描く時もあるけど、出来るだけ現地に行きたいタイプなんだよ。その場にある空気感を大事にしたいっていうか。だから、やり方は人それぞれだな」
「へえ。まったく違う職業だから面白いわねえ」
桂花と円は初めて知ることに、ふむふむと相槌を打っている。
「それを言うなら、俺からしたら薬剤師なんて解らないですよ。まあ、薬を扱う職業だとは知ってますけど」
「あっ、それもそうね」
「あの、盛り上がっているところ悪いんですが、問診票は書けましたか?」
処方箋の確認を終えて、病院への確認も済んだ法明が、受付台の向こうから呼び掛ける。円はしまったという顔をして、潤平が書き上げた問診票を持って立ち上がった。そしてささっとチェックして、アレルギーはなしですと報告する。
「では、この処方箋の通りで大丈夫ですね」
「はい」
二人はそのまま調剤室へと消えていく。こうなると、桂花はやることがないので、そのまま潤平の話し相手となったままだ。しかし、京都に来た理由を聞き終わってしまうと話題がない。
「そう言えばさ、ここって漢方薬で有名なんだって」
潤平も話題を探していたのか、唐突にそんなことを訊いてくる。視線は調剤室の中へとむいていて、さらに法明が整理していた辺りを見ている。ここからでも、百味箪笥の上に置かれた生薬を保存している大きな瓶がよく見えるのだ。その瓶には乾物状になった生薬が入れられていた。
「そうよ。特に薬師寺さんがオーダーメイドの調合を専門にしていて、個人の体調に合わせて調剤できるの」
「へえ。じゃあ、頭痛の薬ももらえないかな」
興味を持っただけでなく、本当に漢方薬が欲しいようで、鼻を擤みながら困っているんだよねとぼやいた。
「頭が痛いって、それは鼻水のせいじゃなくて」
「うん。ここ一か月ぐらいからかなあ。頭が重だるいんだよね」
「それなのに、雨の中を歩き回ってたの」
「それはまあ、うん。気になるけれど体調不良ってほどの頭痛じゃないし、大丈夫だろうと思って」
頭痛がある時点で十分に体調不良ではないのか。桂花は呆れたものの、つまりは慢性的な頭痛となっていたということか。となると、肩凝りではないのか。
「それは俺も疑ったよ。眼精疲労と肩凝りなんて職業病のようなもんだからな。だからすぐにいつも世話になっている整体師のところにいったんだけど、治らないんだ。普段だったら一発で治るのにさ。長引くなんて珍しいから、ちょっと気になっていたんだよね」
「ふうん。となると別の原因があるわけか」
そう答えてみたものの、すぐに思い浮かぶ病名はない。頭痛を起こす病気は様々あるものの、本人の自覚症状からして大病ではなさそうだし。
「落合さん。薬の用意が出来ましたよ」
そこで丁度よく法明が呼んだので、あっちに直接聞くと潤平はあっさりしたものだった。まあ、新米の桂花に訊ねるより漢方薬のプロである法明に聞くのが無難だろう。
「あれ」
しかし、潤平の肩のあたりに奇妙な靄が見えた気がして、桂花は目を擦った。しかし、それでも消えない。
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