第32話 謎の靄
「いやいや。まさかこの間の路代おばあちゃんのような。でも、もしそうだとすると、篠原さんを呼ぶ羽目になるし」
この間のことがあったから疲れ目による錯覚を大事に思っているだけだ。そう言い聞かせてみるも、ちょっと不安なのも事実。これは後でこっそり法明に確認してみよう。そう決めてからもう少し確認してみようと立ち上がると、こっそりと潤平の背後に近づいてみる。
「慢性的な頭痛ですか。そうですね、漢方薬で緩和できる場合もありますよ。しかし、一度漢方医を受診していただくことになりますけど、時間は大丈夫ですか」
「それでもいいですよ。あと一週間はこっちに滞在するつもりでホテルを取ってますから、もう一回医者に行くくらいの時間はあります」
「では、この近所の病院を紹介しても大丈夫ですね」
法明は頷くと、この近くで漢方医のいる大きな病院の地図を取り出した。さらには紹介状があった方がいいからと、先ほど受診した診療所に電話を入れる。
「いつもお世話になっております、蓮華薬師堂の薬師寺です。今、お時間は大丈夫ですか。先ほどの患者さんの落合さんなんですけど、ちょっと漢方に関しても相談があるとのことで、はい。では、紹介状をお願いします」
普段からよくあることなので、診療所の先生も二つ返事で紹介状を書いてくれる。ここが法明の凄いところだ。あちこちから頼りにされる存在だからこそ、その紹介状が必要だと瞬時に相手の医者も理解してもらえる。他の薬剤師が同じように頼んだとしても、診断に不満でもあるのかと相手を不快にさせてしまう場合があるので、注意が必要な依頼だ。
「ううん」
「なんだよ」
そんなことを考えていたら近づきすぎていた。気配を察知した潤平が振り向き、なんだよと怪訝な目をしている。
「う、ううん。埃が付いてたよ」
ここで誤魔化す手は一つしかない。桂花はあの靄があったのとは逆をちょいっと触れて、ごみを取った振りをして誤魔化した。
それにしても、これだけ近づいてもやっぱり見えている。その視線に気づいた法明もそちらに目を向け、桂花と目が合うと小さく頷いた。
マジか、これって法明にも見えているのか。桂花は思わず仰け反りそうになったが、潤平の不思議そうな視線があるので笑って誤魔化す。
「変な奴」
「う、うるさい。それよりその頭痛がし始めた頃、どっかに出掛けなかった?」
急な質問をぶつけると、潤平は一瞬きょとんとし、次にどうだったかなと首を捻った。いちいちどこで何をしていたか、正確に記憶しているタイプではないらしい。
「大事なことなので思い出してください」
しかし、法明もそう付け加えてくるので、待ってくださいとスマホを開いた。自分の記憶を頼るよりスケジュールを確認した方が早いというわけだ。
「えっと、頭痛が始まったのは一か月前だから五月の今頃は、そうそう。鎌倉に行っていましたね。あそこも京都と似たような雰囲気があるんで、今回みたいに取材を兼ねてあちこち回ったんですよ」
「鎌倉」
確かに神社仏閣の多いイメージはある。どうなんだろうと法明を見ると、何か思うところがあるのか、先ほどよりも難しい顔をしていた。
「旅の疲れもあるのかもしれませんね。ともかく一度、漢方医を受診してください」
しかし、潤平に対して憶測を語ることはなく、今日出された風邪の薬とともに病院の地図を渡すのだった。
「珍しいな。そっちから連絡してくるなんて」
「こちらとしては誠に不本意であり、あまり連絡したくないんですけど、他に思いつかなかったので」
その日の夕方。あの靄の正体に関してやはり陽明に確認しないと難しいと判断され、呼び出すこととなった。すると陽明はにやにやと嫌な笑みを浮かべてそんなことを言ってくれ、それに対して法明は笑顔をキープして応酬する。そんなやり取りを傍で見ているせいか、それほど設定温度を低くしていないはずの休憩室がひんやりしていた。
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