第10話 やりたくなるじゃん!


 河野さんの猫又発覚から一日。俺は昼休みに彼女を誘った。人間、腹を割って話すには共に飯を食うのが一番。この人は人間じゃないけど。

 俺の提案は快く了承され、快かったか? まあ嫌な顔はしてなかったし。「いーよー」みたいな。で、中庭のベンチで弁当を広げることにした。うちの学校の中庭は構造的にあまり人が通らない。そして誰も座ったことないんじゃね? と思うほど使用率の低いベンチ。秘密の話をするには丁度良い。

 そこで俺はありのままを……話はしてない。ダイアスのことは伏せたからだ。つまり、坂下さんに話したのと同じカバーストーリーを話した。


「へぇ、災難だったね。坂下さん、そんな感じなんだ。すっごい意外」

「でも食べ物で口塞げば黙るから扱いやすいよ」

「……酷い言い草だね」

「いやいや、でもねアイツ、根はイイやつなんですって!」

「根以外が悪い人に言うやつだよね、それ」


 実際、坂下さんは根っこ以外悪い。その根っこは『バカみたいに素直』という点。良くも悪くも染まりやすい。そこに『吸血鬼絶対許すまじ教育』という水と『戦闘スキル』という肥料をあげた結果が、あれなんじゃないだろうか。


「じゃあ今度は猫又について教えてよ。名前くらいしか聞いたことない」

「うん。……どっから話すかな。普通の伝承では、山奥の猫とか長年飼ってた猫が化けて人を攫ったり食ったりする、みたいな感じ。」

「人を攫ったり食ったりするの!?」

「しないしない」


 河野さんは半分笑いながら顔の前で手を降る。


「細かいルーツはうちも聞いてないんだ。うちはお父さんが人間だから猫又なのは半分なの。今の時代、これでも結構血は濃い方なんじゃないかな」


 確かに。妖怪というか怪異というか、その類ってどんどんへってそう。ダイアスだってギリシャの血がそれって話らしいから、四分の一だしね。


「だから半分の状態が本当のうちなの」

「あー、昨日のね」


 昨日の河野さんを思い出す。といっても、あの猫耳に目が行き過ぎて他の部分をあまり見ていなかった。俺は少し辺りを確認して。


「もし差し支えなければ……見せていただけませんかね」

「ん、いいよ」


 河野さんも辺りを見回して、人目がないことを確認する。それから少しの間目を瞑ると、頭頂部からぴょこりと耳が生えてきた。


「はい」

「おお……」


 反射的に触りたくなってしまう。鷲みたいな形になった手を何とか制御して膝まで降ろす。

 よくよく見れば目が少し切れ長になり、瞳孔は縦長になっていた。


「へぇ、目とかも変わるんだね。……あれ、そういえばなんだけど」

「なに?」


 不意に、一つ疑問が浮かんだ。


「人の方の耳はどうなってるの」

「いい質問だね」


 河野さんの髪型は丸みを帯びたウルフボブ。髪に隠れて耳は見えない。

 彼女がそれをかきあげると、本来耳があるはずの場所には何もなかった。


「うわ! ツルツルだ!」

「なんか嫌な言い方……」

「ごめんなさい。普段は人の耳で、猫モードだとなくなるってことなの?」

「アハハ、違う違う」


 猫耳モードにすると人耳は消え、切り替えるとにょきにょきと生えてくるのか。その疑問に河野さんはまた笑って、首を横に振る。


「ほんとはね、普段からこの耳なの。出てこないように寝かせて、髪で隠してるだけ。人より耳はいいから聞こえてるよ」

「はわぁ〜……イヤホンとか使えないね」

「うちのニッチな悩みがなんでそんな簡単に出てくんの」


 くそ、触りてえなあ。こんなモフモフを前におあずけなんて。

 そんな感情が顔に漏れ出していたらしい。


「いいよ、触っても。潔癖って言ったの嘘だし」

「本当! では、失礼をば……」


 河野さんの耳の触り心地は、実際の猫そのものだった。……正直、それ以上の感想が思い浮かばない。それでも人の頭からモフモフした耳が生えておるのはまっこと面白きもので、撫でたり指先でピコピコしたり、時間を忘れてやってしまう。


「……満足?」

「あ、すいません。なんかプチプチみたいで無限に触っちゃう」

「緩衝材と一緒にすんな」


 猫又のルーツやなんやらに関しては河野さん自身もあまり知らないらしいし、これ以上聞いても仕方がない。耳も触らせてもらったし、あと確認したかったことは一つだけ。


「あの、これなんだけど……」

「──! そ、それは……ッ!」

「おっ?」


 俺がポケットから取り出したるは、全猫を狂わすともっぱら評判の何とやらちゅーる。スマホの縦くらいの長さで細長いパッケージにゲル状の猫用おやつが入ったもの。『うちの子自慢』がしたい猫飼い達の思考を逆手に取ったコマーシャルではその効力を遺憾なく発揮しているように見えた。

 昨日、河野さんは蛙を食ってた。生で。犬猫にも人にも入る寄生虫がいるのは本当だから、全国の犬猫飼いは気を付けようね。

 と、それはおいといて。つまり河野さんはあの状態だと猫と同じような食事ができるわけだ。ならばこの、猫を狂わすちゅーるを与えると……どうなってしまうのか。何か禁忌に触れているような気もするが、好奇心という悪魔が暴走して聞かない。


「あの、河野さん?」

「ふーっ……ふーっ……」


 河野さんは俺を──というより俺の手を血走った目で見る。


「だ、だめ……それは、それは……っ!」

「……」


 ゴクリ。と生唾を飲む。どうなってしまうのだろう。これを開けたら。まだ間に合う。まだ引き換えせる。

 でも、これを前にそんな選択なんて出来ない。

 俺はちゅーるの封を、ゆっくりと開けた


「はむしゃぶまむもぉ!」

「うわ汚ぇ!」


 その瞬間、河野さんは俺の指ごと食ってしまうのではと思うほどちゅーるにかぶりついた。


「んばべばんまんまめらんみょ!」

「河野さん! もうない! もうないから!」


 河野さんはちゅーるを俺の手から奪い取り、袋菓子をパーティー開けするように開いて余すことなく舐め尽くす。

 ちゅーるは、ものの数秒でなくなってしまった。


「こ、河野さん……」




「というワケなんだよ」

「最悪だなお前」



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