第8話 またそれかよ!


「なー神代ー」

「なに?」


 帰りのホームルームも終わり、下校前。不意に話しかけてきたのは後ろの席の田崎超たざきこえる通所チョー。百八十を超える高身長のバスケ部だ。


「神代さぁ、坂下さんと付き合ってんの?」

「あー……」


 そう思うのも無理はない。あのいろいろあった日から数日、坂下さんは『監視』と称して主に下校時、くっついてきた。あんまり鬱陶しいから「もう一緒に帰ればよくね」と提案したところ、まさかの二つ返事でオーケー。


「そうじゃねぇんだけどなぁ」

「じゃあなに」


 何と説明したものか。俺は別に付き合ってると思われてもいいけど、すごくいいけど。ありのままを話すわけにはいかない。

 うーん。あ、そうだ!


「まぁ……腐れ縁ってやつだ」

「は?」


 一度は言ってみたかったんだよね、『まあ腐れ縁ってやつだ』。実際、この上ないくらいあってね?

 しかしチョー的に腑に落ちなかったのか癇に障ったのか、チョーは眉をひそめる。


「んだそれ。なんかムカつくな」

「なんかうまく言い表せなくてさ。でも付き合ってんないのは本当だよ」

「おい」


 噂をすれば影。早々に帰り支度を済ませた坂下さんは我が元へとやってきた。


「帰るぞ」

「はーい」


 俺たちのやり取りを見たチョーは、「マジで違うっぽいな」と漏らす。ドジ下さんは気付いていないのか気にも留まらないだけか、何も反応しない。


「さっさとしろ」

「飴いる? コーラ味好きでしょ」

「もらう。」


 この人、ほんと素直だよな。今度のやり取りを見たチョーは「あれ?」と首を傾げていたが、残念ながら違うんだよ。二人になると甘えてくるとかじゃなくて、単純にアホの子なんだよ。


「坂下さーん」

「なに」


 田んぼしかない道を自転車で並走しながら、なんだか沈黙が重たかったから話題を振る。


「吸血鬼とかハンターとか、そのへんの事教えてくれない? 俺何も知らないからさ」

「いいけど」


 この前、ダイアスの家にお邪魔したとき。吸血鬼のことを聞きたくて行ったのに、結局何も聞けなかった。だから、と思ったんだけど、俺の質問にドジさんはあっさり答える。


「じゃあ、そもそも吸血鬼って何」

「起源はギリシャ。太陽光もニンニクも効かないけどナイフで刺されれば死ぬし、蜂の巣にされても死ぬ。ただ人の血を吸うとその分強くなるから、大量に吸ったやつは簡単には死なない。」

「ほぉ。じゃハンターは?」

「私達は普通の人間だ。ただその家系で戦闘スキルが受け継がれてるだけ。」


 それなのにはじぽんはあんなに恐れられてたの? 意味わからんなあの人。

 ドジさんはそれ以上話そうとしなかった。きっと、細かい話になると亡くなった両親に関わってしまうのだろう。知り合って──というか話すようになったまだ少ししか経っていない。ドジさんだってきっと話したくないだろうし、深入りすべきじゃないな。


「あれ、ドジ下さんちょっとまって」

「ん、何……おい、今なんつった」

「あれ、なんだろう」


 五十メートルかそこら離れた位置。当然そこも変わらず田んぼなんだけど、そこに蹲る人がいた。俺と同じ制服、厳密に言えばドジさんと同じ。つまり同じ高校の女子だ。

 あんな場所にしゃがんで何をしてるんだろう。珍しい生き物がいて見てるだけ、とかならいいけど。


「ちょっと行ってみようよ」

「あ? 何でだよ」

「もしかしたら具合悪いのかもしれないじゃん。あれだったら先帰ってていいよ」

「じゃあそうす──おい、私の目的はお前の監視だからな!」


 さすがのドジさんでも目的は忘れてなかったらしい。しかしこうして俺にひっついてもなんの成果も得られていないし、さっきミスって『ドジ下さん』呼びしたことも忘れている。流石だ。

 正直ドジ下さんが何と言おうと知ったことじゃない。ついてくるなら勝手についてこいって話だ。

 結局ドジ下さんは着いてきた。田んぼに向かって蹲るひとは俺達に気付くことなく、ずっとそのままの体勢。

 ……いや、完全に固まっていたわけじゃない。なんだかもぞもぞ動いている。


「あれ? もしかして河野さん?」

「!」


 俺の声に驚いたのか、彼女の肩はビクッと跳ね上がる。あれ、なんかこれ、デジャヴュを感じるぞ……。

 彼女は少しだけ振り返り、横目で俺たちを確認する。


「ん、えっほ、はみひおふん?」

「……何か、食ってんの?」

「ッ! ひ、ひや、はひも……」


 おい、またかよ。

 また、顔と名前は知ってる程度のクラスメイトかよ。

 また、食事中かよ。

 河野さんの手には数匹の蛙が握られていた。彼女は口内の何かを飲み込むと、それらを慌てて放り投げる。


「うえっ、もしかしてそれ……」

「さ、坂下さん! ち、違うの、これはその、あの……そうです。食べてました。」

「諦めはや……」


 道端で蛙を食していたことを認める、女子高生。なぜそうも諦めるのが早いのか。言い訳できない状況だったから、ってのも多分あるが、一番の理由はおそらく……。


「河野さん、猫耳きゃらだったの〜!?」

「えっ……あ!」


 彼女の頭部からは、明らかな猫耳がはえていた。

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