第8話 またそれかよ!
「なー神代ー」
「なに?」
帰りのホームルームも終わり、下校前。不意に話しかけてきたのは後ろの席の
「神代さぁ、坂下さんと付き合ってんの?」
「あー……」
そう思うのも無理はない。あのいろいろあった日から数日、坂下さんは『監視』と称して主に下校時、くっついてきた。あんまり鬱陶しいから「もう一緒に帰ればよくね」と提案したところ、まさかの二つ返事でオーケー。
「そうじゃねぇんだけどなぁ」
「じゃあなに」
何と説明したものか。俺は別に付き合ってると思われてもいいけど、すごくいいけど。ありのままを話すわけにはいかない。
うーん。あ、そうだ!
「まぁ……腐れ縁ってやつだ」
「は?」
一度は言ってみたかったんだよね、『まあ腐れ縁ってやつだ』。実際、この上ないくらいあってね?
しかしチョー的に腑に落ちなかったのか癇に障ったのか、チョーは眉をひそめる。
「んだそれ。なんかムカつくな」
「なんかうまく言い表せなくてさ。でも付き合ってんないのは本当だよ」
「おい」
噂をすれば影。早々に帰り支度を済ませた坂下さんは我が元へとやってきた。
「帰るぞ」
「はーい」
俺たちのやり取りを見たチョーは、「マジで違うっぽいな」と漏らす。ドジ下さんは気付いていないのか気にも留まらないだけか、何も反応しない。
「さっさとしろ」
「飴いる? コーラ味好きでしょ」
「もらう。」
この人、ほんと素直だよな。今度のやり取りを見たチョーは「あれ?」と首を傾げていたが、残念ながら違うんだよ。二人になると甘えてくるとかじゃなくて、単純にアホの子なんだよ。
「坂下さーん」
「なに」
田んぼしかない道を自転車で並走しながら、なんだか沈黙が重たかったから話題を振る。
「吸血鬼とかハンターとか、そのへんの事教えてくれない? 俺何も知らないからさ」
「いいけど」
この前、ダイアスの家にお邪魔したとき。吸血鬼のことを聞きたくて行ったのに、結局何も聞けなかった。だから、と思ったんだけど、俺の質問にドジさんはあっさり答える。
「じゃあ、そもそも吸血鬼って何」
「起源はギリシャ。太陽光もニンニクも効かないけどナイフで刺されれば死ぬし、蜂の巣にされても死ぬ。ただ人の血を吸うとその分強くなるから、大量に吸ったやつは簡単には死なない。」
「ほぉ。じゃハンターは?」
「私達は普通の人間だ。ただその家系で戦闘スキルが受け継がれてるだけ。」
それなのにはじぽんはあんなに恐れられてたの? 意味わからんなあの人。
ドジさんはそれ以上話そうとしなかった。きっと、細かい話になると亡くなった両親に関わってしまうのだろう。知り合って──というか話すようになったまだ少ししか経っていない。ドジさんだってきっと話したくないだろうし、深入りすべきじゃないな。
「あれ、ドジ下さんちょっとまって」
「ん、何……おい、今なんつった」
「あれ、なんだろう」
五十メートルかそこら離れた位置。当然そこも変わらず田んぼなんだけど、そこに蹲る人がいた。俺と同じ制服、厳密に言えばドジさんと同じ。つまり同じ高校の女子だ。
あんな場所にしゃがんで何をしてるんだろう。珍しい生き物がいて見てるだけ、とかならいいけど。
「ちょっと行ってみようよ」
「あ? 何でだよ」
「もしかしたら具合悪いのかもしれないじゃん。あれだったら先帰ってていいよ」
「じゃあそうす──おい、私の目的はお前の監視だからな!」
さすがのドジさんでも目的は忘れてなかったらしい。しかしこうして俺にひっついてもなんの成果も得られていないし、さっきミスって『ドジ下さん』呼びしたことも忘れている。流石だ。
正直ドジ下さんが何と言おうと知ったことじゃない。ついてくるなら勝手についてこいって話だ。
結局ドジ下さんは着いてきた。田んぼに向かって蹲るひとは俺達に気付くことなく、ずっとそのままの体勢。
……いや、完全に固まっていたわけじゃない。なんだかもぞもぞ動いている。
「あれ? もしかして河野さん?」
「!」
俺の声に驚いたのか、彼女の肩はビクッと跳ね上がる。あれ、なんかこれ、デジャヴュを感じるぞ……。
彼女は少しだけ振り返り、横目で俺たちを確認する。
「ん、えっほ、はみひおふん?」
「……何か、食ってんの?」
「ッ! ひ、ひや、はひも……」
おい、またかよ。
また、顔と名前は知ってる程度のクラスメイトかよ。
また、食事中かよ。
河野さんの手には数匹の蛙が握られていた。彼女は口内の何かを飲み込むと、それらを慌てて放り投げる。
「うえっ、もしかしてそれ……」
「さ、坂下さん! ち、違うの、これはその、あの……そうです。食べてました。」
「諦めはや……」
道端で蛙を食していたことを認める、女子高生。なぜそうも諦めるのが早いのか。言い訳できない状況だったから、ってのも多分あるが、一番の理由はおそらく……。
「河野さん、猫耳きゃらだったの〜!?」
「えっ……あ!」
彼女の頭部からは、明らかな猫耳がはえていた。
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