第7話 すなおかよ!


「びっくりした。人んち訪ねる時にはピンポンを押す、って知ってたんだね」

「ほんと、どこまでも減らねぇ口だな。縫い合わすぞ」

「コマンドー語録じゃん」

「……?」


 ご存知、口の悪い坂下さんです。学校では静かなのに、慣れた相手には口数多いんだね! は、ちょっとやめとこう。流石にかわいそう。


「とりあえずあがってく? 日中は親いなくてさ、俺の城なんよ」

「正気か? お前のこと殺そうとしてんだけど」

「なんかそれさ。嘘くさいんよね。吸血鬼殺したことあるってもの嘘じゃないの?」

「本当だけど」

「うーん」


 こんなことを言いつつも、俺がドアを大きく開くと坂下さんは普通に入ってくるし、律儀に靴を並べてまでいる。なんなんだこの人。


「麦茶とコーラどっちがいい?」

「じゃあコーラ」


 五百ミリのペットボトルを二本見せると、坂下さんはコーラを手に取ってダイニングテーブルに腰掛ける。


「はいこれ、ポテチ」

「どうも。」


 ポテチをパーティー開けすれば、手を付ける。

 素直すぎない? 欲望に忠実すぎない? もうちょっと俺と対立しようみたいのないの?


「で、何で俺の家知ってんの?」

「尾行けてきた」

「うっそだろ。で、途中で見失って表札見ながら回ってきたとか?」

「なっ……! 気付いてたのか! この鬼畜!」

「うっそだろ……」


 テキトーに言ったドジっ子ムーブが大正解だったらしい。てか簡単に認めんなよ。この人腹芸とか絶対できないタイプじゃん。


「お前、カマ掛けたのか!? この……!」


 このぐぬぬ顔もいい加減見慣れてしまった。身の丈に合わねえキャラ作りすんな。ばか。


「何しに来たの? ポテチ食いに?」


 俺の言葉で我に返ったのか、ハッとした顔でポテチに伸びる手を引っ込める。坂下さんは指についたうすしおを舐めてからきりっとした目で俺を見据える。


「お前の真意を尋ねに来た」

「はいティッシュ」

「あ、うん……。お前、あのヴァンパイアとはどういう関係だ」

「どういう関係ってもなぁ……。」


 あのヴァンパイア。もしドジ下さんが本当にダイアスのことに気付いてないのなら、本当の出会いを話すわけにはいかない。暫くはダイアスのことを隠しておいたほうがいい……気がするから。


「ちっさい子いたじゃん? あの子が迷子なっててさ、それ送り届けたとこだったのよ。大して深い仲じゃないよ。」

「あの男のヴァンパイアは知り合いじゃないのか? 歳は近そうだったが」

「んくっ」


 危うく麦茶を吹き出しそうになる。

 ドジ下さん、本当に気付いてなかった! 顔デケェなとか丸いなとか、そんなふうに思ってたの!? 腫れてるのわかるだろ!


「? なんだ」

「ごめん、ただの思い出し笑い。お兄ちゃんらしいよ。」

「そうか。……学校は違うのか? 見かけない顔だったな……」


 ドジ下さんは俯いてぶつぶつと言いながら考える。本当にアホちゃんだった。常に顔が腫れてるやつなんて、そら見ない顔だろうよ。


「……とにかく。アイツらとの関係はそれだけなのか。」 

「え? まぁ、うん。」


 関係が浅いのは本当だ。昨日だって初対面だし。


「そんなんで、アイツらを信じられるのか?」

「あー……」


 そう思うのは無理もない。スルーしちゃったけど、この人は親を殺されてるんだもんね。


「俺があの子に血あげた時、あのお母さん倒れたんだよ」

「え?」

「今まで血の味を覚えないように育ててきたんだってさ。あの子が産まれてからの努力を俺というぽっと出の無知君が水泡に帰しちゃったからさ」

「……」


 よくよく考えたら俺、とんでもないことしちゃったな。

 ドジ下さんはまた暫く俯き。


「でも、それだけじゃ信じられない。叔父にも言われたから暫くは監視するだけにするが、許したわけじゃないからな」

「はいはい、そうですか。その叔父さん来てるけど」

「え!?」


 ドジ下さんから見えない位置の窓。その外ではじぽんが手を降っていた。




「はじぽんさん、昨日ぶりです。ところでなんでうちわかったんですか? あと何でド……坂下さんが居るの知ってるんですか? あと何者ですか?」

「はじぽんね、はは」


 はじぽんさんは俺の『はじぽん』呼びに随分機嫌を良くした。


「ここは田舎だからね。誰が越してきたとか、そんなのは大して調べなくてもわかるんだよ」


 ほんとかなぁ。そのレベルのド田舎ではないんだけど。てか質問一つしか答えてもらってないんだけど。


「お、叔父さん、私、今日は何もしてないよ……?」

「銃持って来てるのに?」

「は?」

「こ、これは護身用で……」

「出しなさい」


 護身用って、バカ! この国は交番勤務以外は警察でさえ拳銃携帯してないんだぞ!

 しかし、はじぽんに言われてドジ下さんがパンツの裾から引き抜いたのは。


「……水鉄砲?」

「……!」

「え! え! 坂下さん、護身用に水鉄砲持ってるの!? か〜わ〜い〜い〜!」

「……ッ!」

「何から身を守るの? ジャミラ?」


 俺にはわかる。坂下さんの顔が赤いのは照れよりも怒り。でも大丈夫。今ははじぽんがいるから、下手に動きはしない。

 ひとしきりドジ下さんをからかったあと、俺は本当に聞きたかった話題へと移す。


「はじぽんさん」

「はじぽんにさんはいらないよ」

「ほ〜……。はじぽんは、なんつーか……どういうつもりなんですか? 姪っ子さんは吸血鬼殺す許すまじって感じですけど」


 はじぽんは眉をハの字にしてため息をつく。


「僕はね、皐月にもう少し広い視野を持ってほしいんだよ。確かに兄夫婦は吸血鬼に殺された。でもね、だからといって吸血鬼を殲滅ってのは話が違う。」

「叔父さん! でも!」

「皐月。お父さんとお母さんを殺したのがもし人間だったら、人間を絶滅させるか?」

「そ、それは……話が違う……」


 はじぽんは厳しい口調で言う。確かにドジ下さんは両親を殺された被害者らしいが、身内を殺されたという立場ははじぽんも同じだ。


「違わない。だからね、少しは大人しくなってほしくて人の少ない──つまり吸血鬼も少ないだろう土地に連れてきたんだよ」

「えっ!? こういう場所にこそいる、って……!」

「あれ嘘」

「なにっ!?」


 どうしよう。ドジ下さんの話なのに、ドジ下さんには離席してほしい。なんかこう、どうして一挙手一投足で場を和ませにくるんだ。真面目な話してんだぞ。


「結果としては普通にいたんだけどね。でも気配消すのが上手かったり、そもそも全く血を吸ってない子だったから大丈夫かと思ってたんだよ。それがあんな急に大きい気配……下手したら隣町からもハンターが来ちゃうくらいだよ。ハンターもそんなにいるものじゃないから、大丈夫だったけど」

「スイマセン……」

「知り合ったばかりの吸血鬼に血を与えるなんて迂闊すぎるね。でもまあ、知らなかったんだし、仕方ないよ。過ぎたことだしね。それにあの吸血鬼と話した。多分彼女達は、大丈夫。」

「叔父さんまでそんな……! アイツらは──」

「皐月。何でも決めてかかるのはやめなさい。自分の未熟さを露呈させるだけだよ」


 どうやらはじぽんは昨日の経緯を母アスから聞いたらしい。この暴れ馬に首輪をつけてる人が居てくれてよかった。


「僕らのこと、少しは納得いった?」

「まあ、はい。嘘とかつかれててもわかんないけど。子供なんで。」

「はは、皐月も翔吾君くらい物分りが良ければいいんだけどね」

「……」

「それじゃ、そろそろお暇するよ」


 はじぽんは俺の出した麦茶の残りを一気飲みすると席を立つ。


「あ、そうなんですか? よければ一緒にゲームでもと思ったんですけど。ボードゲームだけど」

「えっ!」


 俺はビデオゲームには興味がない。が、ボードゲームとなると話は別。父親の影響で我が家にはかなりの量が取り揃えられている。ちょっとしたボドゲカフェだ。

 で。それに反応したのは案の定ドジ下さん。


「皐月、やりたいの?」

「えっ、あ……いや、まあ」


 本当にコイツ……素直な子なんだな。

 結果、二人は二時間ほどボードゲームを楽しんだあとに帰った。ドジ下さんに関してはコーラのおかわりまで所望する始末。


「……んー」


 結局。

 はじぽん、何者なんだよ。



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