第5話 かくうえじゃん!


 バタリと倒れる坂下さん。気が付けば、その背後には一人の男が立っていた。

 短髪をオールバックでガチガチにかためた、三十半ばほどの男。彼はぺこりと一礼すると気絶した坂下さんをファイヤーマンズキャリーの形で担ぎあげる。


「うちの子が大変失礼しました。今は手持ちがありませんが、窓は必ず弁償します」

「あなたは?」


 母アスは先のまま警戒の体制を崩さず──いや、さっきよりもより警戒心を高めた顔で問う。


坂下一さかしたはじめと申します。この馬鹿の叔父です。子供の戯れで済む話でないのは承知していますが、どうかお許し願いたい。あまり目立ちたくないのはお互い様でしょう。」


 母アスの沈黙を了承と受け取ったのか、坂下さんの叔父を名乗る彼は踵を返して開放的な窓から外に出る。現れた瞬間にも気付かなかったが、律儀に靴は脱いでいたらしい。ガラス片転がってるのに。

 意味がわからない。本当に坂下さんの叔父なのか、確認する術がない。女子高生を連れ去りたいだけの不審者かもしれない。この状況で? それはねぇか。

 少なくともこの男……『只者ではない』!


「恐ろしく速い手刀……俺でなきゃ見逃しちゃうね」

「おや」


 つい言いたくなっちゃった。全てを見逃した俺ですが。

 すると、そんな俺の戯言が聞こえたのか彼は振り返る。


「君、目が良いんですね。これは驚いた」

「えっ!」


 本当に手刀だったの!? 変なこと言ってごめんなさい! 嘘です!

 それだけ言うと彼は、そそくさと出ていってしまう。


「あれ、いいんですか? 帰っちゃうけど」


 俺の問に母アスは何も答えず、手刀さんが消えるまで彼の背中をじっと目で追う。

 彼が視界から消えると、母アスは大きくため息をついてへたり込んだ。


「あれは……無理。あの人が本気になれば私以外三秒で死体だよ。私でも一分持つかどうか」

「嘘でしょ……」


 それって、母アスが本気になれば俺も速攻遺体袋ってことじゃん! なんて冗談はぐっと飲み込む。


「今日はもう帰りなさい。また何かに巻き込まれたら申し訳ないから。」

「あ……ウッス。でも、掃除とか……」

「いいからいいから。気にしないで。」


 俺はガラス片散らばるリビングを後にし、りなちゃんに別れの挨拶も言えずすごすごと帰ることになった。

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