第4話 そうじゃねぇだろ!vol.2

 坂下皐月。クラスメイトで部活には所属してなかったはず。普段はおろしている黒髪のロングヘアーを後ろで一つに纏めた彼女は拳銃で穴を開けた窓に蹴りを入れ、リビングの大きな窓をより開放的にしてくれた。


「えっ……と」

「あれ……? 神代君? 離れて! そいつは──」

「ちょっと待てぃ!」

「!?」


 ツッコミどころが多すぎる。ちょっと、整理させてほしい。

 まず、坂下さんの服装。普段大人し目な印象を抱かせるような人だったけど、今は真逆と言っても過言ではない。

 英字でよくわからない文字が書かれた白のTシャツは丈が短く、ヘソが出ている。デニム生地のホットパンツからは細い足がすらりと伸び、足元はスニーカー。なんかあの、渋谷とか歩いてそ〜。

 とまぁ、服装に関してはまあ良い。もっと大きな問題がある。


「坂下さん、ヴァンパイアハンターだったの〜!?」

「えっ……そ、そうだけど……ソイツが吸血鬼って知ってるの!?」


 ソイツ、と彼女が指差すのは……あれ?


「うわ、いつの間に!」


 ソファに横になっていた筈のりなちゃんはいつの間にか消え、辺りを見回せばいつの間にかりなちゃんを抱いた母アスが背後にいた。


「これ、俺盾にされてね?」

「随分かわいいハンターさんだけど、何の用?」

「お前も……いや、親子か? 全員纏めて駆除してやるよ」

「聞いてます?」

「血気盛んなこと。私達、何も悪いことしてないんだけど」


 ガン無視されている。俺、位置的には二人に挟まれてるんだけど。よくこんなにシカトできるね。

 それどころか坂下さんは、母アスの言葉に目を見開く。


「『何もしてない』? ふざけるな! 今さっき吸血しただろ! 神代君の腕にある傷は何だ!」


 やっべ〜……。つい隠しちゃったけど、今更隠しても意味ないよね。


「あの気配は一人や二人吸血した程度じゃない! その子供、何人食った!」

「ちょっと待った!」


 気配とかわかんないこといいだした! それに、『何人食った』? え、吸血鬼って食っちゃうこともあるの? そういうタイプの吸血鬼? ただの言い回し? いや、とりあえずそれは置いといて。


「あの、俺が血あげちゃったんだよ! こんなになると思ってなくて!」

「な……!?」

「かわいかったから、つい。ついさ、知らなかったから!」

「貴様ァァ!」


 坂下さんの怒りを少しは収めようとした。無理やりじゃなければ考えも変わるかも、と思って。でもむしろ逆上させちゃったみたいで、俺に銃口を向けてきた。


「え!? ナンデ!?」

「吸血鬼と知ってツルんでたのか! この人でなしが!」


 俺も標的になってしまったからなのか、りなちゃんを床に寝かせた母アスが庇うように俺の前に出る。もしかして、さっきまでの俺は坂下さんにとって護るべき存在だったから盾にしてたのかな?


「いや、この人たち多分悪い人じゃないから!」

「そんな吸血鬼がいるものか! 私の両親は吸血鬼に殺された! この名も、そいつ等を許さない意志として両親がくれたものだ!」


 うわ急に重……。ん? この名って、『皐月』が?


「皐月……さつき。……! 殺鬼ってコト〜!?」

「ああ。両親に代わって、吸血鬼は一匹でも許さない!」

「うわ……」


 さいあく〜。坂下さんの両親がどういう人生贈ってきたかは知らないけどさ、娘の名前に『殺鬼』って、さいあく〜!


「あなたの御両親を殺したのは私達じゃないよ。人を殺したことはないから。それなのに私達を殺すの?」

「うるさい、黙れ。吸血鬼にまともな奴がいるはずない。そもそもお前が何を言おうと信じる気はない。……それにお前、気配誤魔化してるな。かなり吸ってるだろ」

「……昔の話だよ」

「えっ」


 エ〜〜!? 息子が猫の血吸ってただけであんなに怒ってたのに、御本人は昔ヤンチャしてましたみたいな!? ずっる!


「抵抗しないなら楽に殺してやる」

「そうはいかないねぇ……」


 緊張感が走る。一触即発、なにかのきっかけさえあれば一気に血腥くなってしまいそうだ。しかも、このままだと俺も血腥い塊になっちゃいそう! そうはいかない。せめて言いたいことを言わせてもらう。


「おい、坂下!」


 俺があまりにも突然大声を上げたからか、坂下さんの肩はビクリと跳ね上がる。

 怯んだ。チャンスだ。臆するな、俺!

 俺は母アスの制止を無視して坂下にずかずかと歩み寄る。


「あのなぁ、人の話を聞け!」

「な、何を……! あいつらは人じゃないし、信じられるわけないだろ!」

「俺は人! まず! 俺が言いたいのは!」


 アイツらを殺すな?

 違う。

 俺の話を聞け?

 それでもない。

 俺が一番に言いたいのは。


「なんでお前なんだよ!」

「……ん? え?」


 愚かにも理解の追いついていないらしい、坂下さん。あまりにも愚か。


「登場の順番は良い。俺が吸血鬼の存在を知って、その直後。テンポもいい。でもさ! こういうのは知らない奴がハンターとして来て! その場は流れたと思ったら翌日転校生として来るとか! もしくは旧知の仲の幼馴染が実はハンターでしたとか! そういうのでしょうが! そういうの、でしょうが……」


 なんだよ、顔と名前はわかる程度のクラスメイトって。関係性薄すぎるだろ。思いっきり初登場か既出メンバーか、はっきりしてくれ。


「そんな幼馴染、いるの?」

「いねぇよ!」


 いねぇよ! 越してきたばっかなんだから!


「俺のときは殴ったのに……」

「うるさい!」

「誰だアイツ? アイツも吸血鬼か?」

「俺の! 話! 聞け!」


 未だ顔をパンパンに腫らしたダイアスが背後から茶々を入れてくる。女の子殴るわけ無いだろ!


「お、おい神代! お前、ふざけてんのか!? お前ごと消すぞ!」


 と、俺の戯言を聞いていた坂下さんは我に返ったのか俺の顔に拳銃を向けてくる。

 でも、大して怖くなかった。

 拳銃を向けられるなんて実感がないから、かもしれない。死の間際でイキりたくなる男の性、てのもあると思う。

 でも、それ以上に。


「震えてるけど」

「……」


 拳銃を向けてくる坂下さんの手も、彼女の足も、ガクガクと震えていた。むしろ彼女の方が怖がっているように見えるくらいに。

 これは、あれだ。


「坂下さんさ、吸血鬼殺したことないでしょ」

「いや、あるけど」

「あっれぇ〜〜?」


 外した! かっこつけたのに! くっそだっせ! さいあく!

 でもだめだ、翔吾。ここで引き下がるな。

 考えろ、翔吾。感じろ。考えて感じろ。

 ここに現れたとき、坂下さんは息が上がっていた。走ってきたんだろう。状況的に、りなちゃんの暴走のときに『気配』とやらを感じ取ったんだろう。たぶん。やっぱ俺のせいじゃん。

 じゃなくて。

 あれから坂下さんが現れるまで、十分くらいたっていた。それだけ遠くにいたんだろう。十分ダッシュすれば結構な距離だし。そんだけ遠くにいても存在がわかるって、結構な大物なんじゃね? しかもママもかなりヤンチャ歴あるらしいし。


「もしかして、怖いの?」

「!」


 キタ! 正解だ! 巻き返すぞ!


「自分じゃ敵わないってわかってんじゃないの?」

「それ、でも……っ! みすみす逃すわけには……!」

「あー甘い甘い。そうやって武士道的な? 狩人道真っ直ぐな自分に酔ってんじゃないの? 今坂下さんがやろうとしてること、人種差別のうえ誇りとか銘打って返り討ちにあおうとしてる小物よ?」

「そんなんじゃ……っ!」


 後ろから風船顔野郎の「何様なの」とかいう声が聞こえた気がするが、余計なこと言わないでほしい。今お前の進退もかかってるんだからな!


「今は退いといてさ、今後見極めるみたいのでも良くない?」

「何かあってからじゃ、おそ──」


 そこまで言いかけて。

 坂下さんはバタリと倒れた。


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