第2話 そうじゃねぇだろ!
「!? ……!?」
状況が飲み込めず、ただ殴られた頬をおさえて混乱するダイアス。愚か者め。
「な、なんで……!? あ、猫、猫好きだった? だよね、怒るよね……」
「そうじゃねぇよ!」
「うわぁ!」
「避けんな!」
確かに猫は好きだ。猫が嫌いな人ってこの世にいないらしい。でも、重要なのはそこじゃない。
怒りで肩が震えることって、あるんだな。初めてだ。
「お前……吸血鬼だったのか……!」
「!? ……っそ、そんなわけ──」
「吸血鬼だったのかぁぁぁぁ!!!!」
「こ声でデカイデカイ!!」
ダイアスは俺の口を塞ごうと立ち上がるが、我が怒りのグーが脳を過ったのか躊躇って硬直する。
「お前、お前なぁ……! その見てくれにクオーターで、しかも吸血鬼とか……俺に申し訳ないと思わないのか!」
「えっ、も、申し訳なく!? な、なんで?」
「百歩譲って! アリとしてよぉ! こういうのは……」
こういうのは。
俺は、腹のそこからひねり出すように言う。辛すぎて言葉を紡ぐのも辛い。あまりにも辛い。まじで。でも、頑張って言葉にする。
「美少女であるべきでしょうが……」
「は?」
辛い。辛すぎる。異種族コメディもののチャンス。いや、バトルものか? とにかく。だというのに、そのきっかけが男なんて。そんなのってないよ。
「ダイアスのさ、容姿と血筋は素晴らしい。そこは文句なし。それでいて成績優秀文武両道、同級生の間でファンクラブまである『女の子』の! 学校のマドンナ的存在が、実は吸血鬼で……みたいのがさぁ……」
「そんな人、いる……?」
「い゛ね゛ぇ゛よ゛!!」
「暴力はぶべっ!」
思わず、空を仰いでしまう。嗚呼神様、ちょっと惜しいよ。性別が逆だよ。最後の一手、極大ミスだよ。
「じゃ、俺は黒板消し拾って帰るわ」
「え、ちょ、このことは──」
「あー言わん言わん。」
上を向いて歩こう。悲しみの涙が溢れないように。
あ、そうだった。ひとつ言い忘れ。
「その猫、なんとかしろよ。学校のマドンナならまだしも野郎の動物愛護法違反の隠蔽なんて手伝ってやる義理ないからな」
「具体的に言われると……なんかすごいやだ……」
と、さっきはダイアスを放置した俺だが。
時間をおいて冷静になったら、すっごい気になってきた。だって吸血鬼だよ? テンションあがるじゃん。
「こ、ここが、僕の家」
「はぁ〜〜ん。……普通だね」
「でっかいお屋敷とか期待してた? ごめんね」
「ダイアスのお姉ちゃんか妹にはまだ期待してる」
「……」
「いるな、これ」
先程二回ぶん殴った俺が、その十分後に手のひらを返してどうしてお家に招いて貰えるかって? かんたんな話さ。俺達……マブダチ、だからよ。
「おい!」
「わぁっ!?」
黒板消しを戻し、掃除を終え。俺はダッシュでダイアスの元へ戻った。よくよく考えたら、吸血鬼って滅茶苦茶魅力的だから。
「あの──」
と、その時。
「ん、何してんだ?」
心臓が止まりかけた。ダイアスは多分止まった。
声の主は体育教師の沼田、通称ステイサム。もともと飛び込みのトップ選手だった、ハゲ頭のマッチョマン。彼から見たら異質な光景だろう。息を上げる俺と、低木の中口周りが血塗れのダイアス。
「それ──」
「いい拳だったぜ、ダイアス!」
「は?」
俺はとっさの判断で低木の中にずかずかと入り込み、ダイアスと肩を組む。
「いやぁ見られちった。実はこいつが俺にタイマン挑んできて、こうなってんですよ!」
「え……と、実は……。」
「こいつこう見えて結構血気盛んで!」
「それは……」
幸い、猫の死体は足元に転がっていてステイサムからは見えない。顔の血を誤魔化すにはこれ以上の策が思いつかなかった。
さぁ、どう出るステイサム。
「時代遅れだなぁお前ら。でもそういうの好きだぞ!」
「へへ!」
「でもよぉ……今日は見逃してやるけど、やめとけよ? お前らは良くてもそういうの、親同士の喧嘩とかになるからよ。やなんだよ、そういうのの対応」
ぶっちゃけすぎだろ。
「わーりゃした! もーしゃーせんっ!」
「よし! じゃあさっさと帰れ!」
「はいっ!」
ステイサムはそれだけいって、さっさとどっかへ消えていく。
「神代……あ、ありがとう。おかげで誤魔化せたよ」
「俺こそさっき殴ってごめん。カッとなりすぎた。これでおあいこってことで」
そんなわけで、吸血鬼の話聞きたい! と言ったら家に招待してくれた。確かに洋風のでけぇ家を想像していたが実際は普通の一軒家。まぁそこに文句はない。重要なのは姉もしくは妹の存在だ。
「ただいま」
「おじゃましまーす!」
「おかえりー。あら……お友達!?」
玄関で俺達を迎えたのは見た目年齢30代前半の、茶髪の女性。トリートメントのコマーシャルに出られそうなくらいにさらさらの長髪だ。話口調から恐らく母親なのだろう。
なのだろう、が! ここでの正解はそれではない。
「お邪魔します! ダイアスのお姉さんですか?」
「あらちょっとお姉さんだなんてお上手! 母の翔子です。」
「お母さん!? マジすか!?」
「も〜そんな気遣わないで!」
大正解である。まずは母上から一定以上の親愛度を勝ち取った。実は俺、結構器用なんだぜ。
「幸太郎が友達連れてくるなんて初めてなの。ほら上がって上がって!」
実績解除、うちの子が友達連れてくるなんて初めてよ〜ってやつ。願わくば女の子が良かったけど。
「ダイアスとはマブダチなんで! 吸血鬼ってことも知ってますよ!」
「────」
瞬間、母アスの口が閉ざされる。
やってしまった。地雷も地雷、特大地雷を踏んでしまった。
俺だって考えなしじゃない。「実は、聞いたんですけど……」と小さくいくか、「いやー聞いちゃいましたよ!」とあっけらかんといくか。
後者にかけた。
外した。
「あ、あの……」
「あなた、お名前は?」
「神代、翔吾です。あ、似てますね……へへっ」
瞬間、場の空気が一転する。もしかしてクソつまんなかった? そんなキレる? これが吸血鬼たる者の風格なのか、単純にこの人の凄みなのか。
彼女は幾許か伏し目がちに考え込んだあと、まっすぐと俺を見て。
「幸太郎はね、今まであまり友達もできなかったんです。そんな幸太郎が話したのなら……きっと翔吾君は信頼できるんでしょう。でもこのことは軽々しく人には話さないでください。」
驚いた。そんなにも重たい話だったのか。いやそらそうか。重たいよな。吸血鬼が実在するとは思わなかったし。まだ心の中では『ただの中二病説』が残っていたのに。
でも、母アスの話には少し誤解がある。
「実は偶然見ちゃっただけなんですけどね。ダイアスのやつ、学校のはしっこで野良猫──」
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわびっくりした。ダイアスお前そんなデカイ声出るのか」
その時。
まただ。さっきと同じような空気。しかし、先よりも明確にトゲトゲしく、怒りが顕になっているような──そんな圧。
「幸太郎……?」
「あ、いや、あの」
「何、野良猫の血吸ってんのそんなまずいの?」
「ああああぁぁぁ……」
二人はそれ以上何も言わず、示し合わせたように別室へと消えていった。扉の奥からは怒鳴り声と平手打ちの声が響き渡る。
初めて訪れる友人宅で、リビングに一人取り残されてしまった。
手持ち無沙汰だから、なんとなくリビングを見て回る。ギリシャの何かしらであろう置物はあっても、『儀式に使いそうな何か』とか『吸血鬼っぽい何か』みたいな期待していた物品は見当たらない。勝手に物色するのも気が引ける。
意味もなくスマホを眺めていると、何か視線を感じた。ふとそちらを見ると。
「…………」
壁からひょっこりと顔を出してこちらを覗き込む小さき者。母親譲りだろう綺麗な茶髪が特徴的な──五歳児くらい、だろうか。
「お兄ちゃんのお友達?」
「……ッ」
小こき躰、小こき顔。しかし強く存在を主張する丸い瞳は大きく、青い。
「かわいいいいいい!!!!」
「わっ……あはっ、ひゃー! あひゃー!」
考える前に体が動いた。気がつけば我がもろ手は彼女を抱き上げ、振り回していた。
「海外の血が入った幼子というのはどうしてこうも悪魔的にかわいいのか! なんたる奇跡ッ!」
「ぴゃーっ! なにそれーっ!」
思わず声に出てしまった。思えば吸血鬼の家系に『悪魔的』とは失礼かもしれない。失礼なのか? わからんが気を付けねば。
「やべぇぇぇ! かわいいぃぃ! 欲しいぃぃ!」
「あははは! もっともっと!」
「おうともいくらでもやってやるわ!」
ひとしきり少女を振り回し、流石に疲れたから降ろして気持ちを逸らさせる。
「飴いる? コーラとサイダーとグレープあるけど。……あ? 吸血鬼って普通の食事すんのか?」
「わたしがきゅうけつきなの、しってるの?」
「あー、君のお兄ちゃんがそうだからまぁ、だろうなって。あ、そだ。俺の血飲みたい? なんちって」
と、軽くジョークのつもりで言ってみたら。
「いいの!?」
少女はしゃがむ俺の膝の上に乗り上がり、ヒくくらい食いついてきた。
「え、いや……」
いや、待て俺。さっきの母アスを思い出せ。猫の血を吸ってたことであんなに怒っていたじゃないか。今尚、扉の奥から怒号が聞こえる。もしかしたら、吸血行為そのものがいけないのかも。それが人の血になってしまったらもう──
「……だめ?」
「いいよぉー!!」
猫だったから駄目なのかもだし! 動物愛護法違反だしね! こっちゃ同意の上だから!
俺は左の袖口を大きく捲って二の腕を見せる。手首から肘までの、正しい意味での二の腕だ。
彼女は手首より少し肘寄りの部分を軽く舐めると、躊躇なく齧りつく。鋭い犬歯は俺の肌などいとも容易く貫通した。
「あ、舐めて消毒? するやつほんとに……ってぇー!!」
「ほひぃひゃん、はいひょふ?」
「かわいいいいいい!! 大丈夫! 超大丈夫!」
あれ? ってか吸血鬼に噛まれたら吸血鬼なるんだっけ? あれってほんとなのかな? まあいいや!
だってさぁ……
必死に腕にかぶりついて血を吸う少女。美味しいものを食べてる人は大人子供関係なくかわいいように、吸血鬼も例外ではなかった。
しかし口の端から血を垂らしているその姿は彼女が明らかに人間ではないことを証明していて、その未知を孕んだ姿は幼くともどこか妖艶ささえ感じさせる。
つまり
「かンわいいねぇー!」
「……っぷは」
ひとしきり吸血した後、腕から口を離した少女は異様に目を見開いていた。
「あれ……どしたの? あんまり美味しくなかった?」
「ううん……すっごく……すっごく……おいしかったぁぁ!!」
「うおおぉぉ! 良かったぁ!」
「ひゃーっ!!」
テンションが上がったのか、少女は部屋を駆け回る。
駆け回る。駆け回る。両手を広げて駆け回る。
駆け回り駆け回り、あれ……?
「ひゃー! ひょーっ!」
「あ、あの? お、お名前なんだっけ?」
「りなだよぉぉぉ! ほぉぉぉ!」
「りなちゃん!? あの、そんなに!? そんなに凄かった!?」
あまりに、駆け回りすぎ。子供のことだから、テンションが上がれば馬鹿みたいに暴れまわることはある。にしても、度が過ぎる。というか……速すぎる! この歳の……というか人間離れしたスピードになり始めた!
「翔吾君! どうしたの!?」
あまりの騒音を異質に思ったのか、母アスが駆け寄ってくる。後ろからは、風船みたいに顔を腫らしたダイアスも。
「いや、あの実は……」
最早、言葉は必要なかった。
薄く血が流れる俺の手首を見た母アスの顔からは血の気が引き。
「はふぅ……」
「お母さん!」
ばたり、と。
その場に倒れてしまった。
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