トラウマメモリー⑩
晃良はいつの間にか落ち着いていて静かな口調でそう言った。 警察の目を搔い潜りこっそり抜けてきたのかもしれない。
「全てって、何を・・・」
「悪いけどここを抜け出そう。 このままだと時間を取られてしまうから」
警察に事情を話さないといけないし、救急車も呼ばれたが、晃良がそう言うため抜け出すことにした。本人が大丈夫というなら大丈夫だろうし、もしそうでなくても真記自身、晃良のことを気遣う余裕はない。
正直まだ信用したわけではないが、助けにきてくれたことには少しばかり感謝しているのは事実だ。
―――警察のもとへは後で行こう。
そう思い二人は一緒に抜け出した。
「警察は追ってきていないよな?」
晃良は背後を何度も確認する。 二人はこっそりと抜け出すことに成功し、今は無言のまま歩いていた。
―――今は晃良と二人きり・・・。
―――だけど前よりも恐怖心は少ない。
真記としては自分の心に整理がついていない。 まだ許せないのは当然だが、ただお金がほしいだけで裏切ったとは思えなかったというのもある。
「・・・さっき」
「?」
「さっき、兄貴が亡くなった」
「・・・え!?」
晃良は突然兄弟の訃報を告げた。 真記からしたら晃良の兄がどんな状況だったのかも知らされていなかった。
自殺なのか他殺なのか、事故なのか病気なのか、真記は兄がいるということだけしか知らないのだ。
「結局兄貴よりも真記を選んだから、俺にはもう何も残らないんだろうな」
「・・・何の、話・・・?」
晃良はゆっくりと語り出す。
「三年前。 真記と付き合っていた時。 兄貴に真記を紹介できなかったの憶えているか?」
「・・・うん」
「兄貴に紹介できなかった理由は、兄貴がずっと病院で入院していたからだ」
「え・・・」
晃良は自嘲するようケタケタと笑った。
「本当に馬鹿な話なんだけどさ。 俺が中学生の頃はどうしようもなくやんちゃで、ふざけて階段で遊んでいたんだ」
「階段で、って・・・」
「・・・そう、危険だ。 まぁ誰でもできるだろうけど、馬鹿な俺はそこで足を踏み外した。 いや、どうしてそんなことをしていたのか今の俺からしたら理解に苦しむのは確かなんだ。
その時の俺が何を思ってそうしていたのかは分からない。 ただ憶えているのは、俺はやんちゃでそういったことを他にもしていたということだけ」
「・・・」
「話を戻すわ。 階段から落ちそのまま頭から転落すると思った瞬間、兄貴が俺を庇ってくれたんだよ。
おかげで俺は骨折程度で済んだけど、二人分の体重をその身に受け、頭を打った兄貴が無事に済むはずがなかった。 動かない兄貴の下から血だまりが広がっていくのを見て血の気が引いたよ。
あぁ、殺してしまった。 そう思ったのをしっかりと憶えてる」
「最低・・・」
「全く過去に戻れるならぶん殴ってでも止めてやりたいよ。 俺の親は放任主義であまり叱るようなこともなかった。 兄貴はしっかりしていたのに、俺は酷く傍若無人に育ってしまったんだ」
「付き合っていた時はそうは思わなかったけど」
「兄貴を病院送りにした時に俺は改心しようと思ったんだろうな。 そう、幸いだったのか兄貴は死ななかった。 いや、本当は綺麗に死んだ方がいっそのことよかったのかもしれない」
「・・・それは貴方が言ってはいけない言葉だと思うけど」
「悪い・・・。 兄貴は重体だったけど奇跡的に一命は取り留めた。 だけど重い障害が残り退院することはできなかった」
「お兄さんの入院のためにお金が必要だったっていうこと?」
「あぁ、その通りだ。 俺の両親は自由奔放主義だと言っただろ? 酷い怪我をしている兄貴を見ても、両親は何も思わなかったんだよ」
「そんな・・・」
「・・・本当に最低な奴らだ。 まぁ、俺も人のことは言えないけどな」
そう言って晃良は大きく息を吐く。
「両親は治療費すらも出そうとしなかった。 兄貴がこうなってしまったのは俺のせいだ。 だから俺が医者の先生と話して、金を集めて兄貴を治すしかなかった」
話を聞いて全てが繋がった。
「今俺がホストで働いているのも兄貴のためだし、真記を売ったのも全て治療費を払うためだ。 ・・・まぁ、全然足りなかったけどな」
真記は複雑な気持ちを抱えていた。 たとえ兄のためだったとしても、人を犠牲にしていいはずがない。 それを聞いたとしても許せるはずがない。 ただ怒りを爆発させることもできなかった。
「真記のことは本気で大切だと思っていた。 兄貴のことも本気で大切だと思っていた。
馬鹿だった俺は兄貴を助けるためには、本当に大切なものを捧げないと駄目なじゃないかって、屑みたいな発想をしてしまった。 それがはした金で真記を売った理由・・・。
もし戻れるなら昔に戻って、あの時の俺を殺してやりたい」
晃良の話を聞いて真記の心境は複雑だった。
―――・・・今更、そんなことを言われても・・・。
傷付いて項垂れる姿を見ていると悩んだ上でのことだったということも分かった。
―――・・・いや、駄目だ。
―――簡単に信じればまた裏切られる。
今までの経験上そう思い首を横に振ったその時だった。
「晃良!」
何故か裕香がそこに立っていたのだ。
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