トラウマメモリー⑪
大きな川にかかる橋の上、悲壮感漂う表情をした裕香がそこにいた。 周りには誰もいないため一人で逃げ出していたのだろう。 あの時感じた違和感は裕香がいなかったせいだったのだ。
―――どうしてここへ・・・。
―――晃良はまだしも、この女のことは絶対に許さない。
―――きっと地下から逃げ出した後、私たちを探していたのね。
―――また、苦しくなってきた・・・。
恐怖心が再び込み上げてきた。 晃良のことも完全に許したわけではない。 だが裕香は少なくとも自分には完全に敵意を持っていて、二度裏切り現在に至っている。
直接暴力には参加していないため対処しにくいが、憎しみがないはずがない。
「裕香・・・」
「晃良! どうしてソイツなの!? どうして私だと駄目なの!?」
―――何の話・・・?
「私がソイツの連絡先や住所を盗み取って、教えてあげたというのに!!」
そう言って真記を指差す。
―――連絡先が漏れたのは、この女の仕業だったの・・・?
どうやら同じ講義を受けている最中に、こっそり真記のスマートフォンを奪い情報を入手していたらしい。
全く気付かなかったのは真記が他に誰かと連絡を取ったりしないため、スマートフォンの使用が必要最小限だったためだ。 晃良はそれを聞いて言いにくそうに頭を掻いた。
「あー。 それは本当に感謝している。 またこうして真記と出会うことができたから」
「それって、私の彼氏にはなってくれないっていうこと?」
―――・・・彼氏?
その言葉に反応し晃良を見る。
―――もしかして、晃良とこの女は付き合うの?
別に二人が付き合おうと真記にとってはどうでもいい。 はずなのだが、何故か胸の内にモヤモヤとしたものが残る。 だが晃良は小さく首を横に振っていた。
「・・・いや。 元々裕香とは付き合うつもりもなかった」
「何よそれ!」
「俺の心にずっと残っていたのは、裕香じゃなかったから」
「ッ・・・!」
「それはもう裕香も分かっていたことだろ? 俺の今日の言動を見て」
裕香は涙目になって叫んだ。
「整形して可愛くなって、晃良のためにと思って色々やって、それなのに私は選ばれないの!? やっぱり・・・ッ! やっぱり、その女がいるのが悪いんだ!! 誰かに頼むだなんて生ぬるい。
私がこの手で殺してやらなければならなかった!!」
「はぁッ!?」
「こんな小さなナイフでは一思いには死ねないでしょうね。 苦しんで苦しんで、私と晃良の間に割って入ったことを後悔して死ねッ!!」
裕香はどこに持っていたのか、刃渡り5センチくらいの小さなナイフを取り出してニヤリと笑った。 そのまま真記の方へとナイフを突き出し突進してくる。
真記一人だったらこの程度でも対処ができなかったのかもしれない。 しかし、晃良がそれを黙って見ているはずがなかった。
「返しッ、返してよ!!」
晃良は裕香が持っているナイフを簡単に奪い取ると、川へ向かって投げ捨てた。
「あぁ、あぁぁあぁぁぁ・・・ッ!!」
手すりを掴み落ちていったナイフを見ながら裕香は嗚咽を漏らす。 その直後、彼女は信じられない行動を取った。
「ッ、もういい、死んでやる!! 私は死ぬ!!」
「ばッ! おま、何をやって・・・ッ!!」
裕香は気を取り乱しているのか橋から飛び降りようとした。 それを晃良が慌てて止めに入る。
―――何なんだろう?
―――この感覚・・・。
その光景を見ても真記は不思議と何も感情を抱かなかった。 ぼんやりとその光景を見つめていると晃良が腕を上げた瞬間、服が少し上がりズボンのベルトがキラリと光った。
―――・・・え?
そこには三年前に真記が手作りで渡したはずのストラップが付いていた。
―――そのストラップ・・・。
それは思い出のストラップだ。 本気で楽しいと感じていた日々に手渡した大切なもの。
―――私のことを好きなうちはそれを付けていると言っていたストラップ。
それを見た瞬間身体が震えた。
―――こんなことをしようとしていた間も、私のことをずっと好きでいてくれたの?
―――・・・ずっと私を助けようとしてくれていたのは、本当だったんだ。
涙が溢れてくるのは嬉しさからだ。 全身が歓喜の心で震えている。 だから真記は橋で落ちそうになっている二人の背中を押すことにした。
その時しっかりと握り締めた晃良のストラップのチェーンが弾けて飛んだ。
「え・・・!?」
晃良は振り返り真記を見ながら信じられないといった様子で目を見開いていた。
「・・・それが裏切られた時の気分なのよ」
絶対に許せない二人に仕返しをする最大のチャンスを逃すわけにはいかなかった。 乾いた笑いが自然と漏れる。
―――この女は元々許す気なんてない。
―――でも晃良は私を助けてくれた。
―――・・・酷い目にも遭ったし、許してもよかったのかもしれない。
それでもまだ足りないのは事実だった。 そう思いながら真記の頬に流れる涙が、嬉し涙から悲しい涙に変わるのを感じ取っていた。
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