「またオレ何かやっちゃいました?」

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話

「てめえら! そこから1歩も動くなよ! 動いたらコイツでズドンだぜ!」


 男がそう叫ぶ。

 彼の手にはピストルがある。

 まさに今、銀行強盗が行われているところだ。


 オレ?

 オレはしがない浪人生さ。

 試験のマークシートを1つずらしてしまうというミスを2年連続でしでかして、絶賛2浪中なんだ。


 オレの他、10人ぐらいの一般人が銀行内の隅でおとなしくしている。

 いざというときの人質も兼ねているのだろう。

 もうそろそろ、警察が駆けつけてもおかしくない頃だ。


「おらおらぁ! はやく金をこのカバンに入れろや!」


 男が女性行員にそう凄む。

 あんまりチンタラしていると警察が駆けつけてくるので、彼も焦っているのだろう。


「ひいっ! す、少しお待ちを……」


 女性行員は、怯えながらお金をカバンに詰めている。

 手が震えているので、なかなか作業が思うように進んでいない様子だ。


「ちっ! 俺が自分で詰めるか……」


 男がそうつぶやく。


「待て! よく考えてみてくれ!」


 オレはたまらず、そう声を掛ける。


「ああん!? なんだ、てめえは! 隅でおとなしくしてろや!」


 男がそう凄む。

 しかし、言うべきことは言っておかなければならない。


「あなたが自分で詰める場合、ピストルは横に置いておく必要がある。そうなると、オレたち人質は自由に動けるようになる。それはマズイのでは?」


「た、確かにそうだな。アドバイスありがとよ……。って、なぜそれをお前が言う?」


 男がそう疑問の声を挙げる。


「バカか! 黙っていれば脱出のチャンスだったでしょうが! このボンクラがぁ!」


 隅でおとなしくしていた少女がそう叫ぶ。

 彼女は、オレと深い因縁がある。

 何を隠そう、つい先ほどまでは部屋の隅で隣同士でおとなしくしていた仲なのだ。


「「そうだ! ふざけるなよバカ野郎!」」


 少女の言葉に、他の人質たちも同意の声を挙げる。

 おおう。

 総非難だな。


「またオレ何かやっちゃいました?」


 テヘッ。

 オレは考えなしに行動する癖がある。

 そして、うっかりミスも多い。


 でも、そんなこと気にしなくていいじゃないか。

 世界は輝きに満ちている。

 生きていれば、きっといいことがあるさ。


 俺は爽やかな顔で、上を向く。


「待てえぇ! お前のせいで、私たちの人生が終わるかもしれないんだよ!」


 少女がオレの心の声にそう突っ込む。

 確かに、オレたちにとっては、この銀行強盗があっさりうまくいって逃げてくれたほうがいい。

 もしくは、スキを見て脱出するかだ。

 下手にモタモタされてしまうと、オレたちの人質としての価値が増してしまう。

 最悪の場合、やけになった犯人が俺たちを撃ち殺さないとも限らない。


 それにしても、彼女はオレの心の声に突っ込んできたな。

 まさか、彼女は読心術が使えるのか?

 ゴクリ……。


「バカかあぁ! さっきから、お前は思っていることを全部口に出しているんだよ!」


「え? マジかよ。どこから?」


「『オレ? オレはしがない浪人生さ』のところからだよ!」


 おいおい。

 ほぼ最初からじゃねえか。

 俺の思考が筒抜けだったわけか。

 照れるね。


「だから、思っていることを口に出すのをやめろや! それも口に出てるんだよ!」


 少女が激怒している。

 そんなに怒ることかな?


「またオレ何かやっちゃいました?」


 テヘッ。

 オレはそう誤魔化しておく。


「茶番はそこまでだ」


 カチャリ。

 男がオレの頭に銃口を突きつける。


「アドバイスは受け取った。しかし、それ以上騒いで邪魔するつもりなら、生かしておけねえ」


 男が冷たい目でこちらを見てくる。

 突然のシリアス展開だ。


「おい……。緊迫したシーンのはずなのに、お前が全部実況するせいで台無しだぞ」


 少女が横から口を挟む。

 シリアス展開と言ったな。

 あれは嘘だ。


 仕方ない。

 ここからは、考えていること全ては口に出さないように気をつけよう。


「邪魔するなんてとんでもない。オレは、あなたの銀行強盗が成功するように全力でお手伝いさせてもらう所存でございますとも。ええ!」


 さすがのオレも、銃口を突きつけられてはマジメにならざるを得ない。


「ささ。まずは、そのカバンに現金を詰め込ませていただきましょう。……おいコラァ! とろとろしてんじゃねえよ! 兄貴が待っていらっしゃるだろうが!」


 オレは女性行員にそう怒鳴りつける。

 さっきから結構な時間が経っているのに、まだモタついているのだ。


「ひぃっ! あわあわ」


 女性行員が恐怖に青ざめ、あたふたしている。


「ちっ! 人をイライラさせるのがうまいやつだぜ! 痛い目を見ないと分からねえようだなあ!」


 ボキッ!

 ボキボキッ!

 オレは指を鳴らしながら、女性行員に凄む。


「あわわ……。お、お許しを……」


 女性行員が必死に許しを請う。


「いいや、許さねえ! お前は見せしめにぶち殺しだあ! ささ、兄貴。やっちまってくだせえ!」


 オレは兄貴をそう促す。


「話を勝手に進めんじゃねえ! 俺は銀行強盗はしても、人殺しになるつもりはねえ! それに、そんなにビビらせちゃ可哀想だろうが!」


 兄貴がそう怒鳴る。


「そうですか? 兄貴がそう言うのなら仕方ねえ。……おい! 兄貴の海よりも深い御心に感謝するんだなあ!」


 俺は女性行員にそう言う。


「どの口が言ってんだボケぇ! なんでいつの間にか強盗の仲間みたいになってんだよ!」


 少女がそう突っ込む。


「ゴチャゴチャうるせえ! オレは、強い者に付いていくと決めているのだ!」


 オレはそうビシッと宣言する。

 そんなことを言っている間に、女性行員がカバンに現金を積め終わった。


「へっ! よこしな! さあ行きやしょうぜ、兄貴。これはオレが持ちやす」


「ま、待て! さすがにそれは俺が自分で持つ!」


「いいえ、オレが!」


 オレと兄貴で、カバンを取り合う。

 そしてーー。


 ビリッ!

 ドサドサドサッ!

 カバンが破れ、せっかく詰め込んだ札束が床に散乱する。


「何やってやがる! ぶち殺すぞ!」


「え? 兄貴、さっき『人殺しになるつもりはねえ』って言ってたじゃないですか。そんな人が凄んでも、怖かねえですぜ?」


「こ、この野郎……」


 ピキピキ。

 兄貴のこめかみに、青筋が走っている。


 いかん。

 よくわからんが、怒っている。

 ここはなだめないと。


「またオレ何かやっちゃいました?」


 オレはお茶目にそう言う。


「バカかあぁ! それ以上挑発するんじゃねえ! 私たちも巻き込まれるだろうが!」


 少女が横からそう口を挟む。

 そんなやり取りをしているときーー。


「「「総員、突撃ーー!!!」」」


 ガシャーン!

 ドタドタドタ!


 建物の入り口を突き破って、武装した警察官たちが入ってきた。


「なっ!? くそ、お前らがモタモタしているせいで……」


 兄貴がそうつぶやきながら、とっさに拳銃を構えようとする。


「兄貴! 散乱した札束ですが、無事に詰め直しましたぜ! こちらです!」


 オレはそう言って、カバンを兄貴に渡す。


「今それどころじゃねえ! 見てわからねえか!」


 兄貴がキレ気味にそう言って、カバンを突き返す。

 そして、その一瞬のスキを突いてーー。


「「「今だ! 確保!!!」」」


「ぐあっ! し、しまった!」


 武装した警察官が兄貴を取り押さえる。

 ふう。

 これにて一件落着だな。


 オレは佇まいを正し警察官たちに向き直る。


「なかなかよい突入だったぞ。今後もその調子で励むといい。このオレを目指して、な」


 オレはキメ顔でそう言う。


「な……。ま、まさか、お前は全部計算して……?」


 少女が驚愕の表情でそう言う。

 ふふふ。

 オレの有能ぶりに驚いたか。


 男は拘束され、連行されていった。

 警察官の1人がオレのほうにやってくる。


「少年よ。君には署まで同行願いたい」


 ふむ。

 オレの功績を讃えてのことか。

 表彰とかされるのだろうか。

 まいっちゃうね。


「またオレ何かやっちゃいました?」


 オレは照れ隠しにそう言う。

 警察官は動じず、オレをジロリと見る。


「君の怒声は外まで響いていたぞ。あの男と共犯の疑いが持たれている。参考人として来てもらいたいのだ」


「あっ。はい」


 国家権力ににらまれたら、さしものオレとておとなしくせざるを得ない。

 オレは警察官たちに囲まれつつ、パトカーへと向かう。


「……って、全部適当かよ! バカかあいつは! いや、確実にバカだ!」


 最後に、少女がそう突っ込む声が聞こえたーー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「またオレ何かやっちゃいました?」 猪木洋平@【コミカライズ連載中】 @inoki-yohei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ