MoAのイレギュラー 初陽編
第10話 見た目は大人、中身は子ども
「ああ、俺は死んだのか」
アルモニア国の中心で尻餅をついた男は、周囲を見渡して言葉を漏らす。
すぐさまメモを見るためにステータス画面を開いた。
「(ゴブリンとオークの群れか。場所はちょっと遠いから、あの感じだと間に合いませんね)」
青年、
初陽がMoAの世界に降り立ってまだ三時間ほど。
しかし
スキル:〈ディスクロージャー-level1-〉
対象の、この世界におけるあらゆる情報を強制開示させる【鑑定系】のスキルである。
また、物体を対象とすることはできないが、人が関与している組織や団体の情報は可能。
情報の深度が高いほど、対象に鑑定されていることを気づかれるというリスクがある。
もっとも、群衆に紛れている一人の情報を深く覗いたところで、スキル主を特定するのは難しかった。
「(無知は罪。しかし、本当に人間の子どもがいない。僕と同じ境遇の人がいるのかもしれませんが、ステータスを覗いてもそれらしいものは見られない)」
「おい、何やっているんだ!!」
入国したばかりの小さな馬車の荷台から、小さな女の子が転がり落ちた。
手が縛られているため、顔を守るために肩から落ちている。
ギラギラした宝石類を身体中につけた脂男が、落ちた少女の胸ぐらを掴む。
唾を撒き散らして罵詈雑言を放った後、荷台にぶん投げた。
軽い体は、何度か小さくバウンドして奥の壁に衝突する。
「(神娘の奴隷か。酷いことをしますね。彼女たちの情報から推察するに、作り物ではないみたいですし)」
初陽は辺りを見回してから、カップルらしき男女が座っているベンチへと移動した。
二人揃って柄物の羽織を身につけた剣士風である。
「あのう、すみません。ちょっとよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
「さっきちょっと騒ぎがあったじゃないですか。あれってこの世界では当たり前の出来事なんでしょうか?」
「あら、今日が初ログインなのね。一人なんて珍しい」
基本的には、同い年の友人と同じタイミングでMoAの世界へ招待される。
そうでなくても、家族や近所の年上とログインをすることも珍しくない。
慣れれば一人でログインをすることはあっても、初日を一人で挑むのは珍しい。
いないわけではないものの、たいていは家族と疎遠かつぼっちという悲しい人間である。
彼女のほうはそれを悟ったのか、それ以上は何も言わなかった。
「普通っちゃ普通だが、この国では珍しいな。この国では奴隷を作れないから、たまにああして他国から売りにくるんだ。あそこまであからさまなやりとりは珍しいが。たいていはアルモニアを所属国にするけど、事前情報でこの国に奴隷が少ないと知ったやつは選ばないらしいな」
「あら、あなたは後悔しているのかしら?」
「んなわけないだろ。めんどくさいのはごめんだ」
「どうかしら。君も神娘に一目惚れする気持ちは分かるけど、慣れないうちは距離を置くことをオススメするわよ」
「なぜですか?」
「神娘といるだけで厄介ごとが舞い込むからよ。女の立場でも複雑だから」
「なるほど」
彼女の言う意味はすぐに理解できた。
この国で初陽は、まだ神娘をそれほど見かけていないものの、一人を見つけるとみんながその姿を目で追っている。
見た目はもちろんのこと、雰囲気ですら人間を圧倒する妖艶さを持ち合わせていた。
男からは注目を浴び、肩身の狭い女からは恨まれる。
平穏が難しいのは想像に難くなかった。
「ご忠告痛み入ります。最後に質問なのですが、ギルドってどこにあります?」
「ソロだとギルドを頼るのが無難ね。いいわ、案内してあげる」
「えー、めんどくせえ」
彼氏が彼女の方にもたれかかってアピールをする。
周囲は舌打ちをし、初陽は苦笑いを浮かべるしかない。
「いえ、場所だけ教えていただければ充分です」
「いいのよ。私たちも行かなきゃいけないのを、こうしてダラダラしちゃってただけだから」
「お前のせいだー」
彼氏は力ない声で抗議をする。
流れに身を任せるといった感じで、本気で初陽に対して怒っているわけではないようだ。
「はいはい、行くわよ。そいつは放っておいていいから、ついてきて」
「ありがとうございます」
このやり取りが二人の日課なんだと気づいた初陽は、柱がなくなってベンチに倒れた彼氏に一礼して、彼女についていった。
初陽がギルドに興味を持ったのは、ソロだからではない。
奴隷を連れた御者の情報を覗いたら、『ギルド登録者』が共通して表示されていた。
そして、転げ落ちた少女と目が合ったのだ。
まるで最初から初陽がそこにいると分かっていたかのように。
目を合わせるために、わざと転げ落ちたかのように。
初陽は本来、事なかれ主義である。
しかもあの奴隷イベントがこの世界のあるべき姿であるのなら、なおさら首を突っ込む必要はない。
だが初陽が行動を移したのには、初回ログイン時の案内人の言葉を思い出したからだった。
「まさか本当に入れるとは……………………」
真っ白な空間に、自身が立つ地面だけが円状に真っ黒く染まっている。
「待っていたぞ、少年」
ちょび髭シルクハットの紳士。
時代錯誤な風貌であるのに加えて、この世の者とは思えない雰囲気を感じる。
さらには宙に浮いている様子が、普通の人間ではないことを決定づけた。
「噂では女神様だと聞いたのですが…………」
どう見ても男である。というよりおっさんだ。
「神であることに変わりはないぞ」
「はあ、随分と精巧にできているんですねえ。あ、ご挨拶が遅れました。初陽と言います」
「クロノスだ。少年が私の前に立つのは、これで二回目だな」
「僕は十四歳ながらも特別に大学生の資格を有していますが、そのくらいは少なからずいると思います。でも子どもがMoAに入れたなんて話は全く聞きません。なぜなのでしょう? その一人目も僕と同じ年齢ですか?」
「ふっ、情報好きだな。少年なら、私の様子から情報を読み取れるのではないか?」
「残念ながら、クロノス様からは何も感じられませんよ。それにしても、さすがは神様といったところなのでしょうか。どういう原理で知れるのかも知りたいところですね」
初陽は今、目の前の存在に戸惑っていた。
常識で考えれば、彼はクロノスというキャラクターを演じている人間である。
しかし、初陽の感覚がその常識を否定していた。
「いずれ知ることになる。さて、私の役目は二つだ。本来はこの世界についての説明をするべきなんだが、私は実戦派でな。余計な先入観なしで、とにかく体験するといい」
「僕、十四歳の子どもなんですけど……?」
「ハッハッハ、子ども扱いをしてほしいのか?」
「嫌な質問の仕方をしますね」
「そういう返しができるなら子どもではあるまい。一つはアドバイスだ。躊躇うな、行動しろ!」
「……………………それは、僕の性格を把握したうえでのアドバイスですか?」
「捉え方は少年次第だ。だが一つ言えるのは、少年のような世渡り上手で頭の良い人間は、行動する前に理解してしまうところがある。だが、失敗も経験。行動も経験だ。理解する前より、行動してから能力が向上しているかもしれん」
「耳が痛いですね」
まるで長いこと初陽を見てきた師のような物言いをする。
MoAは、第二の人生がコンセプトである。
今までの自分と違う行動をすることこそが目的であるものの、なかなかそう簡単にいかないのが人間だ。
初陽はそこまで考えると、MoAにやってきた多くの人間を見てきたゆえの言葉なのかもしれないと、素直に受け止めることにした。
素直なのは子どもならではである。
「ふむ。まあ後悔のない選択をすればいいさ。では、私の最後の仕事だ」
クロノスはすぅっと滑るようにして、初陽の目の前にまで移動する。
近づいてきた、というのは視覚情報で認識できても、存在が感じにくくて幽霊のようだった。
クロノスが左手を初陽の左眼にかざす。
一瞬、眼球全体が熱を帯びたように感じて初陽が左眼を手で覆うも、すぐに元に戻った。
クロノスが左手を下ろし、初陽が視線をクロノスに戻そうとした時には、眼前からは消えていて初期位置に戻っていた。
「少年が行動しやすいようにおまけも付けておいた」
「はあ、スキルというやつですか?」
「あっちに行けば分かる。習うより慣れろ、だ」
クロノスとは相性が悪いなと、初陽はいろいろと諦める。
むしろ早くMoAに行かせてくれとすら思っていた。
「まあそう怒るな。少年なら、行けば私の言った意味が分かる」
初陽の視界が薄れていく中、クロノスはニヤリと笑みを浮かべながらも、どこか憂いを帯びているような気がした。
目が覚めると広場にいて、初陽の体は成長していた。
人生でベストを着たことはなかったが、ジャケットのない黒のスーツスタイルである。
「ここよ。不良の溜まり場にしている人たちもいるから気をつけて」
彼女の声で我に返った初陽は、目の前にそびえ立つ建物を視界に収めた。
近隣の飲食店よりも土地が広く、ギルドの看板が路上、中央、サイドと三つもある。
MoAでは、看板は基本一つ。
ここまで歩いた中で、路上に看板があったのはここだけだ。
「分かりました」
中に入ると、アメリカの酒場のような雰囲気が目に飛び込む。
中は綺麗であるため、自由に酒と雑談ができる役所の待合スペースに近い。
「あー、混んでいるわね」
確かに混雑している。
窓口にいる職員も、皆忙しなく働いていた。が、一人だけジッとしている職員がいた。
「あそこは空いてそうですけど……?」
「うーん、まあ、君なら大丈夫かな? 丁寧な人ではあるから安心して」
だいぶ言い淀んでいたが、初陽に躊躇いはなかった。
「すみません。登録をお願いしたいのですが」
「かしこまりました。初ログインから一週間以上経っていますか?」
「いいえ。今日が初ログインです。もっと言うと一時間前」
「でしたら、ギルドに関しての説明が必要ですね。お聞きになりますか?」
「お願いします」
確かに丁寧な対応だった。
しかし、機械的な応対と話し方で、とても好感が持てるものではない。
冷たい瞳、冷たい声、冷たい感情。
しかも、このギルド内で一番美人なんじゃないかと言える程の美貌であることから、その冷たさは際立っていた。
初陽は〈ディスクロージャー-level1-〉を発動させる。
「神娘………………?」
思わず漏らしてしまった小さな単語。
あまり目にしなかった神娘が目の前にいたことの驚きと、外見的特徴が人間と全く変わらなかったことに疑問を持ったためだった。
だが初陽以上に、目の前の職員が怒りと焦りを瞳に宿して驚愕を表していた。
「その眼……鑑定したのね……………………そう、初ログインが一時間前と言っていたものね。常識として覚えておきなさい。鑑定は、無闇やたらと使うものではありません」
MoA内における個人情報を、一瞥しただけで確認できるのだ。
しかも初陽の〈ディスクロージャー-level1-〉は、本気を出せば丸裸にできてしまう。
「すみません。僕も配慮に欠けていました。察するに、神娘であることを隠しているんですよね? 誰にも言いませんので安心してください」
「お願いします。それと一つアドバイスをすると、そのスキルは公言しないほうがいいでしょう。私の防壁を無視するなんて、脅威でしかありませんから」
この世界での情報は、勝率を変動させる武器である。
だから情報に対する防御も怠らない。
そして神娘とは、あらゆる面で攻撃力と防御力が人間よりも優れている。
神娘以上の武器を持っているとなれば、初陽の平穏がなくなるのは必至だった。
「ご忠告痛み入ります」
「では、ギルドに関する説明をいたします。ギルドの役割は、主に三つです。臨時パーティの作成補助、信頼できるパーティ・同盟への斡旋、情報の閲覧。よく質問されるので先にお答えしますが、冒険者ランクといった制度はございません」
スラスラと澄んだ声で説明する。
「つまりはシーカーのサポート機関というわけですね。しかし、それであれば捻くれた人以外、全シーカーが参加しても良さそうなものですが……」
初陽は、ギルドにどのくらい登録者がいるのかを知らない。
だがこの程度の内容であれば、わざわざ登録制度を作る必要はない。
初陽の疑問を理解した有能な職員は、すぐに回答した。
「デメリットはあります。あなた方にとってのこの世界は、地球の法に縛られず、物理的な制約もスキルによって緩和される、自由な世界という認識だと思います。ですがギルドに加入することで、その自由性が少し失われます」
「ああ、要するに、ギルドでシーカーの管理体制を敷くってことですか。完全な自由は無法地帯と変わらないですからね」
「賢いですね」
ほんのわずか。口角が数ミリ上がっただけだったが、無表情・無感情な職員に笑みが浮かんだ。
職員が説明した制約は二つ。
パーティを組んだ際は
斡旋された業務の完了後、所定のステータスを提示しなければならない。
「分かりました。一つ、質問をいいですか?」
「どうぞ」
「あなたや他の職員を見ると、ここは良いギルドみたいですが、オススメしないギルドは存在しますか?」
「…………ギルドは本来、利益を求めることをしません。しかし、ギルドを運営しているのは人間です。ここ、アルモニアには支部がいくつかありますが、登録したギルドでの利用をオススメします」
「ーー了解です」
「では、こちらに記入を」
それからは無言で淡々と登録の手続きを済ませる。
最後に職員から「完了しました」と告げられると、初陽のステータスに『ギルド登録者』が追加された。
氏名:初陽(ギルド登録者)
尊号:
熟練度:50
スキル:〈ディスクロージャー-level1-〉
称号:
「ご丁寧にありがとうございました」
「あなたは戦闘系のスキルを持っていないので、誰かとパーティを組んだほうがよろしいかと思います。お気をつけて」
これまでと変わらない声だったが、最後の一言だけ、初陽には強い感情を感じた。
軽く一礼してその場を離れようとすると、職員が立ち上がる気配を感じて足を止める。
「私の名前はサクラメイト。サクラで構いません。ご用があれば、またいらしてください」
シンと、周囲が静まったのは、初陽の思考が停止しているからではない。
職員ーーサクラがやや恥ずかしそうに咳払いをしたことで、一時停止から解放される。
初陽が何かを言う前に、サクラは奥に引っ込んでしまった。
「あなたやるわね。彼女が自ら名乗ることなんて滅多にないのよ」
「優しい方でしたよ。そういえば、お姉さんには名乗っていなかったですね。初陽です」
「
「大人の女性はすぐそういう話に持っていきたがりますね」
「彼氏ができると余計に好きになるものよ。あ、ぐうたらがきたわ」
「なんだ美玲。そっちに乗り換えるのか?」
「それも悪くないわね。あなたよりしっかりしていそうだし、優しそうだし」
「初陽です」
「レイだ。確かに大人びているな」
「お二人とも、兄妹みたいな名前ですね」
「よく言われる」
欠伸をするレイと、背中の砂埃を払う美玲。
兄妹というより、幼馴染みの関係に近かった。
「んで、いい案件は見つかったのか?」
「ここから少し離れたところに、ゴブリンとオークの群れがあるみたい。ついさっきパーティが失敗したらしいわ」
「今さらゴブリンとオークの討伐かよ。もっと効率のいい案件はなかったのか?」
「文句言わない! ゴブリンとオークが手を組むなんてレアケースよ。その調査もできたら報酬が上がるんだから」
「あの、僕も同行させていただけませんか? 戦闘系のスキルがないので、サクラさんにも誰かとパーティを組んだほうがいいとアドバイスされましたし」
「坊主、サクラのフルネームは聞いたか?」
「サクラメイトさんですよね。本人から伺いました」
美玲からフルネームの重要性は聞いていなかったが、初陽は本人から聞いたことを強調して答える。
「へえ、面白いな。だが、戦闘系スキルがなくて今日が初ログインだろ? 早々にリタイアするのが目に見えている」
「戦闘に関してはなんとも言えませんが、僕は洞察力と分析力には自信があります。調査にはお役に立てるかと」
「この世界のいろはも知らないのにか?」
「この世界は初めてですが、お二人に会ったのも初めてです」
「というと?」
「美玲さんはレイさんに、もう少し自分に優しさを向けてほしいと思っています。しっかりしてほしい気持ちは諦めているみたいですけど。でも、顔は僕よりレイさんのほうが好み、というくらいはすぐに分かりましたよ」
一瞬で顔を真っ赤にした美玲の反応は、初陽の読みが当たっていることを示していた。
一方で、レイは目の色を変える。
「自前スキル持ちか…………」
「自前スキル?」
「物作りや催眠術、交渉術やメンタリズムなど、地球でも高い技能として通用するスキルのことだ。ステータスにも表示されないから、この世界では隠し球にもなる。坊主と付き合っていれば俺たちに得がありそうだ」
「正直ですね。黙って利用すればいいのに」
「お前にはすぐバレそうだからな。それに、互いに益のない関係は長持ちしない」
初陽は生来、人を疑うタイプであり、滅多に信用しない。
直感と分析を信じ、たいていは出会ってすぐに判断を下す。
「よろしくお願いします」
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