第9話 異形という名の“はぐれ”

「改めて礼を言わせてくれ。民を守ってくれてありがとう」


 早く部屋に行きたいとく終夜を、キヒメは礼と称して豪勢な料理を振る舞った。

 終夜にとって、この世界で初めて口にする食事。

 休息と同じくらい魅力的な提案だったため、ブツブツ漏らしながらも体は素直に席についた。

 機嫌が悪く、千草以外には毒舌な終夜が、文句なしと即答できる出来であった。

 キヒメと千草曰く、この世界の料理は総じて美味しいとのこと。

 レパートリーを増やしたりさらに美味しくしたりするのは、やはりスキル依存である。


「そういうのには慣れていない。礼なら千草さんに言え」

「ふふ、それもそうじゃな。千草殿、わっちら神娘を想ってくれて嬉しく思う」

「困った時はお互い様ですよ。終夜くんのおかげで安全に終わりましたし」

「ご謙遜を。あの程度なら千草さんでも危うげなく倒せたでしょう?」

「野暮なことを言うでない。女が褒めたら、男は素直に受け止めるものじゃ」


 昔似たようなことを千草にも注意されたことがあったなと、終夜はキヒメの言葉に押し黙る。

 害がないからとキヒメの行動を許していたものの、女が増えるだけでめんどくさいなと少し後悔した。


「疑問がいくつかあるのですが、聞いてもいいですか」

「【異形なる者】のことね?」

「それもそうですが、千草さん、俺がスキルを習得したって言った時に中身を当てたじゃないですか」

「ふむ。主様の中で、その理由には検討がついているのではないか?」

「スタイルによって、一般的なスキルはある程度共通化されている、か?」

「ええ。この世界は、シーカーの望むスキルが発現する傾向にあるの。終夜くんのように前に出て戦う人は、〈オーラ〉か〈分析眼〉が一般的ね。終夜くんの性格から〈分析眼〉だと予想していたのだけど…………」

「対象の戦闘力を測るスキルの中で、〈オーラ〉は最も使い勝手が悪い。まあ主様は〈威圧〉を先に覚えておったから、火力特化なのかもしれぬな。そもそもにして、主様はスキル発現の順番がおかしい」


 一般的には、【身体能力強化系】→【鑑定・感知系】→【攻撃・防御系】→【特殊系】→【固有スキル】の順に習得していく。

 多少上下することはあっても、逆から習得することはかなり稀である。


「順番で言えば、【特殊系】→【固有スキル】→【特殊系】→【鑑定・感知系】かの。ぶっ飛んどるわ」

「俺みたいな戦闘スタイルが【攻撃系】を覚えないのは変なのか?」

「変じゃな。発現している主様のスキルは補助でしかない。決定打に欠ける」


 終夜と同じ意見であった。

 終夜の性格をよく知っている千草が推測を口にする。


「考えられるのは二つね。一つは、終夜くんがあまり必要としていないこと。私のバフスキルが決定打を埋めているので、強く必要性を感じなかった、と解釈できるわ」


 終夜はその可能性は低いと思っていた。

 終夜が戦うのは、千草を守るためである。

 その千草を頼る、または自身で完結できない決定打の低さは、終夜の求める強さに反しているからだ。


「もう一つは、終夜くんが強くなることを拒絶しているからーーーーーー」


 実に矛盾する話だが、終夜は否定できない。


「まあ問題はありません。【原典】や、さっきの【異形なる者】みたいなイレギュラーしか当たっていないから困っていただけ。現実世界に必要なスキルではありませんから」

「まあよい。して、【異形なる者】についてじゃったな。あれは本来、“端”にしか生息せず、“端”から出ることもない。じゃが稀に、通常のモンスターが“端”に迷い込むことがある」

「なるほどな。【異形なる者】が取り込むわけか。そうするとモンスターの本能に従ってかは知らんが、“端”から出てくると」

「正解。でも、町にまで入ってくることはあまりないのだけど…………」

「シーカーがこの辺にいるわけでもないんですよね? 神娘はシーカーほど討伐をするわけじゃないし、そもそも死のリスクがあるから手を出さない。本能で動いているのなら、町に引き寄せられるのはむしろ自然だと思いますが?」

「そんな頻繁に入られてしまったら、わっちらはとっくにこの場所から移転しておる。とはいえ、ついこの間も入ってきてな。幸い死傷者はいなかったが、今回のことでみな怯えるだろう」

「いや待て。普段町へ向かわない理由は分からないのか?」

「言われてみると分からぬな」


 いつ襲ってきてもおかしくない殺人鬼が近くにいるのに、なんの対策もしていないに等しい行いである。

 終夜からしたら頭を疑う事実であった。

 千草がそのことに気付いていないことにも違和感を覚えずにはいられない。


「まあお前らがいいなら構わんが」

「主様は優しいのう。そんなもんじゃと心配せんでよい」

「ふん。コックに食事はうまかったと伝えといてくれ。そろそろ休ませてもらうぞ。相変わらずスキルによる疲弊はないが、さすがにいろいろと疲れた」


 五時間も成人女性を二人背負い、休む間もなく緊迫した状況でモンスターを討伐。

 出発前に数時間強制睡眠をとったものの、【原典】と死闘を繰り広げてドブ薬も飲んだ。

 そこから腹いっぱい食事をしたら、さすがの終夜も疲労をその身に感じる。


「今日は本当にありがとう。終夜くんがいなかったらーーーーーーーーゆっくり休んでね」

「はい。おやすみなさい」


 終夜が部屋の扉を開けると、ヴィオレが一礼して出迎える。

 キヒメ同様に先ほどのお礼を告げると、終夜は「分かった分かった」と受け止めて部屋へ向かっていった。

 残った千草とキヒメは、互いにカップを啜ってから視線を交わす。


「「何をさせたいの|ですか〈じゃ?〉?」」


 相手の言葉に二人は一瞬だけ固まる。

 先に口を開いたのはキヒメだった。


「わっちはあやつを気に入っておる。【原典】を誘導したのは事実じゃが、【異形なる者】は本当に偶然じゃ。そしてスキルのイカれ具合といい、イレギュラーな存在そのものじゃないか。わっちが捨て置くわけなかろう」


 否定できないキヒメの内容に、千草が見せたのは躊躇いだった。


「あやつは良くも悪くも純粋。今の見た目に相応しい。のう、千草殿? 主がそうなるように育てたのじゃろ?」


 今まで終夜に見せていたいやらしい笑みとは違う、冷たい笑みを向ける。


「違います!」


 こちらも、滅多に見せない怒気と共に感情を剥き出しにする。


「あの子にはーーーーあの子には自信を持ってほしいだけです。この世界でなら、終夜くんは活躍できるはずですから…………」

「あやつは察しておるぞ。主がこの世界で、ロクな思いをしてこなかったことを」

「きっかけはなんでもいいんです。あの子が私以外の人に感謝をされて受け止めたのは初めてですから」

「押し付けにしか思えんがな」

「それでもです。そうでなければ、あの子は数年以内にーーーーーーーー」

「ふむ。わっちの知らぬ事情があるということか。まあよい。どちらにしても、わっちの目的は一つ! 主様に好かれることじゃ!!」


 真面目な空気を吹き飛ばすように、ビシッと指を差して大声で宣言をした。

 千種は内容に驚くよりも、その本気度の高さを感じて目をパチクリとさせる。


「なんじゃ? 神娘が人間を好くのは奇妙か?」

「い、いえ、そういうわけではありませんが、それは神娘がよく使う意味での好意を指しているのですよね?」

「もちろん人間としても好きじゃぞ。素直じゃないところも愛おしく思うが、わっちも一人の女として、あれだけ尻を揉まれたのじゃから夢中になってくれないと納得がいかぬ!」

「もっ! 揉んだのですか!?」

「わっちは神娘じゃ! あからさまではなかったが、移動の振動やわっちを持ち直す時を利用して、それとなく感触を楽しんでいたのは間違いない。主様には、神娘とはどういうものかをしっかりと教えておいたほうがよいぞ。まあムッツリなところも可愛いがの!」

「ま、まあ素直じゃないところが可愛いのは同意しますが、私にはそういうことをしてこないのに…………」


 過去に事故で触れられることはあっても、終夜の意思でそういうことはなかった。

 とはいえ実は一度、そういったラッキースケベ的な事故が多かったために疑ったことはある。

 しかし千草の友人から、千草が隙だらけなのが悪いと怒られてしまった。

 終夜にも同じことを言われていたため、自分の問題だとさして気にしないようにしていたのだが…………。


「千草殿の姉とも母とも取れる対応をやめればいいと思うが」

「私と終夜くんは家族ですから」

「家族なら恋人でもよいではないか」


 その発想はなかったと、千草は目を見開いて戸惑いを見せる。

 それを見て、キヒメは本物の天然なんだなと思った。


「でも今さら変えるのは難しいですよ…………」

「その悩みがもう答えみたいなもんだと思うが…………まあわっちは遠慮せんからな」


 しばらくの間、二人のお茶を啜る音だけが部屋を支配していた。
























「【原典】が出たらしいな」

「別に珍しいことじゃないでしょ」


 凛々しくも透き通る声で話題を投げた刀を抱える男に、若い女が冷静に返す。

 男はフカフカなソファにもたれながら、隣をポンポンと叩いた。

 女は無視をして、立ったまま壁に背をもたれさせる。


「出現自体は特に騒ぐことではありませんが、誰も名乗り出ていないのが気になりますね」


 メガネをかけた狐目の男がワイングラスを片手にやってくる。


「まだ不明なままか」

「神娘が倒したのかしらね。あいつらならわざわざ公言なんてしないだろうし」

「シーカーなのか神娘なのかも気になりますが、問題は討伐の早さです。たまたま目の前に出現したにしても、討伐隊が向かうまでに一時間もかかっていません。にもかかわらず、目撃者すらいないのですから」

「それだけ強いチームだったとも言えるがーーーー」

「その可能性は低いわね」

「そうですね。チームであれば、時間よりも確実性を選びます。短時間で倒せる者の前にたまたま現れた可能性はありますが、だいぶ低いですよ。主要なシーカーの居場所は把握していますが、全てを把握できているわけではありません。ですが、なんとなくそうではない気がします」

「あなたの勘は無視できないわね。でもこれ以上の探しようがあるの?」

「ちょうど同じ時期に起きた事件を知っていますか?」

「ああ、例の壊滅したやつか」

「我々人間からしたら、“彼ら”に手を出すなんてデメリットしかありません。それなのに手を出したということは相当なお人好しです。我々の作戦に介入してきてもおかしくはない第二のイレギュラーですよ」


 情報収集には徹底して今まで動いていたのに、半日で二つも理解不能な事件が起きた。

 狐目の男の情報に、刀を抱えた男は頭を抱える。


「二つとも昨日今日来たやつができる所業じゃない。今まで目立たずに動いていたやつが急に活発になった理由はなんだ?」

「神娘、かしらね。ただどんな理由にしても、今日まで私たちから隠れていたのは相当なスキル持ちよ。やらかしたことから考えてもね」

「【神の領域】、ですか……?」


 時間操作、空間操作、特殊に強制力を働かせる能力。

 これら三つのいずれかの要素を含んだスキルを、【神の領域】と称している。


「そこまでは言わないわ。でもそれくらいの可能性はあると思ったほうがいいんじゃないかしら?」

「スキルはなんでもありだ。俺らと出会って時を戻した可能性すら否めない。特定する手段はあるのか?」

「一つ、情報を掴んでいます。二人のうち一人は正体が掴めると思います」

「ならそいつはお前に任せる」

「ありがとうございます」


 まさか初日ログインの者だとはカケラも思わない三人は、慎重に慎重を重ねる手段を選んだ。

 それが、思わぬ誤解を招くことになるとは知らずに。


 一つの組織と二人のイレギュラーが交差する。


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