第8話 神娘の街

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「村というか、ちょっとした町だな」


 目的地が視界に入った段階でなんとなく思っていた終夜だが、改めて目の前にすると想像と違ったことに驚きを隠せない。

 国ほどではないものの、先がぼやけるくらいには左右に町の囲いが広がっている。

 外から見える建物も、アルモニア国の建物と遜色がないくらいに立派だ。


「人との共存を拒んだ神娘が集まっていると言うから、集落みたいなものを想像していたんだけど」

「神娘が住むのじゃから最低限の環境はないとな」


 腑に落ちない回答に疑問を持つが、出迎えが来たことで終夜の思考がキャンセルされた。

 そして次の言葉に、終夜は数秒前よりもさらに驚くことになる。


「キヒメ様、お待ちしておりました」


 やや幼い顔立ちながらも、キヒメよりは年上に見えるクールな女性だ。

 感情を感じさせないのが冷たい印象を与えている。


「お前、偉いの?」

「単なるまとめ役なだけじゃ。人間の王ほど絶対的なものではない」


 あまり突っ込まれたくないらしい、ということは分かった。

 終夜もさして興味がないため、それ以上の質問はしない。


「お連れ様の一人は千草様でしたか。ご無沙汰しております」

「お久しぶりです。ヴィオレさん」

「来たことがあるんですか?」

「前に何度かお世話になったことがあります」


 まとめ役であるキヒメとは顔見知りでもないのにと、またもや疑問になる。

 しかもキヒメはまるで知っているかのように反応を見せていない。

 千草の過去には興味のある終夜が質問を続けようとすると、ヴィオレが遮るように言葉を発した。


「そちらが例の少年ですか。確かに、人間なのは間違いないみたいですが、子どもとするにも違和感がありますね」


 この世界には電話、メール、写真、動画撮影、簡易検索といった携帯電話と同じ機能が人間には備わっている。

 しかしこれらは人間側のシステムであるため、神娘には備わっていない。

 その代わり、特定の相手との念話ができる。

 読んで字の如く、念じるだけで会話ができるスキルだ。


「不動終夜だ。よろしく頼む。立ち入ることを許可してくれるのであれば、だが」


 ダメならダメで別に構わないという態度を見せる。

 ヴィオレは数秒、値踏みをしているかのように見つめた後、特に疑問を抱くことなく頷いた。


「あなたなら問題ないでしょう。それに、キヒメ様を【原典】から救ってくださった時点で、我々の選択肢は一つです。千草様も信用されているようですし」


 歓迎ともとれる言葉で、神娘の住処へと立ち入りの許可が下りた。

 もっとも、終夜個人をというより、キヒメと千草の連れとして、といった意味合いが強そうである。


「ヴィオレは相変わらず愛想がないのう。主様は女らしい子が好みゆえ、ちと厳しいか」

「人間に好かれるメリットがありません」

「そうかな? 主様と仲良くなるに越したことはないと思うぞ」

「本人を前に変な画策をするな。俺もお前らに興味はない」

「つれないのう」


 ヴィオレに対する時と終夜に対する時とで、キヒメの態度がだいぶ違う。

 まるで子どものような、後輩のような振る舞いをする姿を見て、ヴィオレは少し興味を持つ。ほんの少しだけ。

 ヴィオレの先導で、終夜たちは神娘の町へと足を踏み入れる。

 入り口には門番もいて検査もあるのだが、キヒメの権限により顔パスで入れた。

 人間がいないことを除けば、街の中はアルモニアとそれほど変わらない。

 だが、ほんの短い間にしか滞在していなかった終夜でも、雰囲気の差は明白だった。

 とにかく静か。神娘同士の会話もあまり見られない。

 終夜が通るとしばらく凝視するも、キヒメに気づいて視線を逸らす。

 終夜が奇妙に思ったのは、時折何人かが終夜たちに向かって軽く会釈する者がいること。

 最初はキヒメに対してだと思っていたが、すぐに違うと気づく。


「千草さん、人気者ですね」

「人気かどうかは分かりませんが、心を許してもらっているのは嬉しいですね」

「神娘はなかなか人間に心を許さぬが、一度許すと全幅の信頼を置く。自ら従者を名乗り出る者もいるくらいじゃ」

「………………」


 重そうだな、と終夜は思ったが、さすがに口には出さない。


「ヴィオレさん、空いている宿はあるのかしら?」

「ご安心ください。一番良いお部屋をご用意しております」

「この世界で宿泊するんですか?」

「ふふ、ど忘れしちゃっているわね。外とこちらとでは時間の流れが違うのよ?」

「あー、そういえば。確か外での一時間が、こっちでは二時間でしたね」

「ええ。なのでお休みの日はだいたいこちらで一晩を明かすものよ」

「だから連日で暇な時期を聞いてきたのか…………」


 めんどくさいのもさることながら、終夜は知らない場所で寝ることに若干の抵抗を持つ。

 透明になるスキルや壁をすり抜けるスキルなんてものがあってもおかしくはない。


「一応教えておくが、町中での戦闘スキルは原則禁止じゃ。正当防衛以外はな。まあ鑑定などの覗きは問題ないが」

「スキル発動の感知システムでもあるのか?」

「私たちには、いわゆるログが取られているのよ。なので町中で不正使用があれば、警備員に知らされてしまうわ」

「…………ふーん」

「安心せい。主様の不安は杞憂じゃよ」

「あっそ」

「着きました」


 ヴィオレが立ち止まり、他三名も足を止めた。

 終夜は間抜けにも口を半開きにしたまま、奥の建物を視界に収めながらも目の前の門を見つめる。

 どう頑張って見ても、ホテルや宿屋には見えない。

 豪邸。

 日本の有名な高級ホテルですら霞んでしまうほどである。

 日本のホテルは縦に長いが、こちらは横と奥行きがあった。

 入り口から建物に向かうのも時間がかかりそうだ。


「ここは王様の家か何かか?」

あたらずといえども遠からずじゃな。わっちも初めて見た時はちと引いた」

「中に入ったらもっと驚くわよ」

「馬車を準備しておりますので、そちらへ」

「いや、わっちは少し用があるので席を外すゆえ、馬車よりも速い方法で行くとよい」


 キヒメは悪戯っぽく口角を吊り上げながら、背伸びして終夜に耳打ちをする。


「ヴィオレは貧相な体つきじゃが、胸ではなく瞳を見つめるとよいぞ」

「うるさいっ! さっさと馬車の準備をしてくれ!」

「なんじゃ、つまらんのう」


 キヒメがひらひらと手を振りながら去っていく。

 一礼だけしてそれを見送るヴィオレを見て、従者だというわけではないんだなと終夜は理解する。

 建物までの路面が舗装されているのはもちろんのこと、馬車の質もかなりのものだった。

 まず馬が屈強だ。

 見ただけでも分かる筋肉が凄まじく、艶のある黒い毛並みが高級感を思わせる。

 御者が座っていなくても求められた行動をしていた黒馬に、さすがの終夜も感嘆の声を漏らしていた。

 馬車も西欧の王族が乗るような煌びやかな装飾が施されていて、中は三人が乗ってもまだ余裕があった。

 窓から外を覗くと、手入れの行き届いた庭が広がっている。

 やはり王族にのみ許された空間、という印象は拭えなかった。


「エントランスもすごいものだな。一発目がここだと、一般的な宿が苦しくなりそうだ」


 エントランスだけでパーティが開けそうな広さに、光が照らされているというより、キラキラしていると思えるシャンデリアの数々。

 驚きはあったものの、ここまで連続して続くとさすがに薄れていく。


「繋がってはいますが、この屋敷は便宜上、A棟、B棟、C棟、D棟に分かれています。本日はお客様が他にいらっしゃいませんので、B棟を好きにお使いください」

「五階建てで好きな場所って言われてもなあ。二階の中央寄りでいいか?」

「ご案内します」


 これだけ素晴らしい外観とエントランスであれば、部屋も相当なはずだ。

 ベッドと枕の質も期待ができるというもの。

 終夜は特に疲労を感じていないものの、五時間も二つの重りを背負って移動したのだから休む権利を与えてくれるはずだと、少し楽しみにしていた。


「こちらの二部屋をお使いください」

「どうも」


 久しぶりのワクワク感。

 終夜が嬉々として取っ手に手をかけると、


「大変です!」


 ピクッと、終夜のこめかみが動く。










 聞こえなかったフリをしてかけた手に力を込めると、


「大変です、ヴィオレ!」


 声の主が息も絶え絶えに階段を上り切っていた。

 ここまでくると、終夜が無視をしても千草が黙っていない。


「何かあったのですか?」

「こ、これは天城様、お久しぶりです」


 この屋敷のメイドらしき犬耳メイド娘が、千草に一礼する。


「内容は?」


 千草の登場で落ち着きを取り戻した神娘に、ヴィオレが声をかける。


「はっ! い、今報告がありまして、町に“はぐれ”が入ってきたそうです!」

「何体?」

「一体です!」

「(はあ、“はぐれ”なんて言っているくらいだから、どう考えてもまたイレギュラーなんだろうなあ)」

「私が討伐に向かいます。場所を教えてください」


 終夜は悩みに悩んだ末、取っ手から手を放した。

 千草を見つめて、無言で「なんで?」と問う。


「先ほど“端”について話したけど、“はぐれ”とはその“端”からやってきたモンスターのことよ。そして“はぐれ”は【原典】と同じで、神娘にとっては脅威そのもの」

「つまり、システムが働かないと。人にとっては安全なんですよね?」

「このエリアであれば、私たちにとっては通常のモンスターと同じね」

「なんかタイミングが良すぎる気もしますけど、千草さんが戦うのに俺だけ休むわけにはいきませんね」

「ありがとう、終夜くん」

「今は裏門でなんとか押し留めています!」

「俺のスキルでいきましょう。千草さん、失礼します」


 無意識である。

 他意は全くなかったものの、終夜は千草をお姫様抱っこする。

 しかも五時間もキヒメをお姫様抱っこしていた影響で、お尻をしっかりと支えながらだ。

 ヴィオレの無表情で冷たい(気がする)視線と、「はわぁ」と漏らしながら頬を染めるメイドの様子で終夜も気づく。


「っと、すみません!」

「構いません。それよりも早く!」

「裏門はあちらの方角へ真っ直ぐ行ってください。同胞を、よろしくお願いします」


 ヴィオレが指差した方向にある窓を開けて、終夜は千草を抱えたまま飛び出した。

 外に出るとすぐに、眼下に広がる人々の慌てようが見て取れた。

 正門方向へ必死に走っていく様は、まるで無差別殺人鬼から逃げているかのようである。


「俺のスキルは便利ですねえ」


 終夜の服を握る千草を見て、終夜は軽口を叩く。

 千草が少し笑って「感謝しているわよ」と答えると同時に、目的地に着いた。

 地面に足をつくとすぐに、神娘に猛威を振るおうとしていた物体を蹴り上げる。

 腰が抜けている神娘に千草が手を引っ張って起こし、逃げるように促した。


「あれが“はぐれ”か。ブラックウルフに似ているけど、雰囲気というか、感じるオーラがあれとは違いますね」



 条件が満たされました。

 スキル:〈オーラ〉を習得。



「あれ、なんかスキルが増えました」

「もしかして、〈オーラ〉か〈分析眼〉?」

「〈オーラ〉です」

「それは対象の脅威が可視化されるスキルね。目を凝らしてあれを見て」


 ブラックウルフの形に似ながらも、不定形に揺らめいている異形なウルフを見る。

 揺らめくそれの体の周囲から、紫色のオーラが吹き上がった。


「三倍くらいの大きさですかね。それ以外の情報は分からないのですが」

「〈オーラ〉は、終夜くんの実力に合わせて大きさが変化するのよ。感覚的なものなので、実践を繰り返して理解するしかないわ。終夜くんにとって、目の前のオーラに恐怖感は感じる?」

「いや、全然」


 ブラックウルフとは比較にならないことは理解できている。

 しかし、【原典】を知っている終夜からしたら、目の前の敵はたいしたことなかった。

 終夜は日本刀を取り出して、試しに〈威圧〉を発動してみる。

 ピクッと、わずかに異形なるウルフが硬直したように見えた。

 その隙を突いて、終夜は〈その名は“むそう”(仮)〉で一気に近づいた。刀を右から左に振るうが、軽やかなステップでサイドに躱される。

 しかしそのくらいは想定していた終夜は、振り下ろしたまま刀を左手に持ち替えて逆手に振り上げた。が、異形なるウルフはすでに攻撃に転じていた。


「〈聖女の加護〉!」


 千草による一点特化のバフ。

 約二十八倍の攻撃力が加わった一撃は、異形なるウルフを軽々吹き飛ばした。


「(ふむ。俺のスキルは戦闘を優位にする土台はあるが、決定打に欠けるな)」


 〈その名は“むそう”(仮)〉で異形なるウルフの正面に移動したのち、すぐさま背後へとスキルで移動する。

 正面への攻撃に転じようとしていた異形なるウルフは、虚を突かれて背後から切り裂かれた。


「さすがに【原典】を討伐しただけあって、危うげなく倒せたわね」

「千草さんのサポートがあってこそです」


 実際、単独でも負けることはないが、長期戦は避けられなかっただろうと終夜は推測していた。

 終夜はなんとなくステータスを確認する。



 氏名:不動終夜

 尊号:

 熟練度:96305

 スキル:〈その名は“むそう”(仮)〉、〈威圧〉、〈オーラ〉

 称号:【亜音速を極みし者】、【原典を制し者】、【拳人けんじん】、【異形を討伐せし者】

 固有スキル:【無相(制限)】



「一つ質問なんですが、この異形ってやつは【原典】と同じ立ち位置なんですか?」

「なぜそう思ったのじゃ?」


 終夜の問いに口を開いたのは、どこかに行っていたキヒメだった。


「相変わらず狙ったようなタイミングで現れるな」

「【異形なる者】から民を守ってくれたこと、感謝する。【原典】を初日で倒した主様じゃ。【異形なる者】についても知っておいたほうがいいじゃろう。よいか、千草殿?」

「ええ、そうですね。その前に、メモをしてください」

「なんのメモですか?」

「この世界で死んでしまうと記憶を失うのは話したわね? 神娘の村はセーブポイントではないから、ここで倒れるとアルモニアへ戻されることになる。だから、アルモニアを出てからここまでの記憶を一気に失うことになるのよ」

「めんどくさっ」


 例えるなら、時間をかけて攻略した末に振り出しに戻り、また一から攻略するようなもの。

 やる気が一気に削がれる事態だ。


「なので、メモを記憶のセーブ代わりに残す癖をつけなさい」

「この後する、【異形なる者】の説明はメモる必要はないぞ。失う記憶は経験だけで、知識は残るからの。まあもっとも、直近の記憶は消えるから、箇条書き程度はしておいたほうがよいが」

「(めんどくさい世界だなあ)」



 説明よりも休みたい。

 そう主張したい終夜だったが、屋敷へと辿り着くまで、まるでパレードの主役になったかのような気分にさせられた。

 全員じゃないかというくらいに町は神娘で溢れ、脅威を退けた終夜へと口々に感謝を述べた。

 このまま祭りでも開きそうな空気だったので、終夜はキヒメに、これで終わりにしろと何度も念押しをする。

 少し離れて後ろから見ていた千草は、嬉しそうに終夜とその周囲を見つめていた。

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