第6話 アルモニア国
「まずは国について簡単に説明するわね」
宿を出ると、千草は方向を指し示しながら横に並んで説明を始める。
未だ【原典】の噂話がそこかしこで耳に入ることから、自身の成果が偉業であることを終夜は改めて認識させられていた。
「国や街はたくさんあるけど、ここファミリア王国は最もメジャーな地点ね。初回ログインをした国が所属地域となるから、私を含め、終夜くんはファミリア王国に所属する【
「シーカー?」
「私たちプレイヤーの総称みたいなものね。もちろん、生産者や経営者になることも可能だけど、神娘と分けるために用いられている用語ってところかしら」
「わっちらも戦える者も非戦闘員はそれなりにおるが、スキルを覚えんのじゃ。人間たちは熟練度というやつも上がりにくいそうだしの」
「生産者は己の技術のみでしかやっていけないってことか?」
「そうではない。アイテム作成や鍛冶スキルなどはあるのじゃが、それは戦闘していく過程で身につけるもので、終着点にはなりえん。あくまで人間たちの目的は戦いということじゃな」
「随分と人間の事情に詳しいんだな」
「そこはいろいろと複雑なんじゃ」
千草も複雑な笑みを浮かべるだけで捕捉に口を開こうとしないため、終夜は先を促す。
「この国に所属している人たちは、精神力が他国よりも向上しているという恩恵が受けられるの。反面、モンスターが強く、【原典】が出現しやすくもあるのだけど」
「そうなると、他国にもその国特有のメリットがあるんですか?」
平均より強い肉体で強いモンスターと戦え、レアモンスターと遭遇する確率が高い。
それだけ見れば、MoAを求める人間の多くが望む特典だ。
「ないわ」
終夜の言わんとしていることが分かっている千草は、言葉を続ける。
「ファミリア王国は大地から恩恵を受けている影響で、他国から常に狙われている状況にあるのよ。ここは先住民である神娘の世界だけど、設定を人間たちに広めたのは運営よ。だから侵略成功時には大きな特典が受けられるはずだと、躍起になる人が多いのよ」
「神娘からしたら迷惑な話ですねえ」
「国同士の戦争は、主らからしたらイベント扱いじゃからな」
迷惑そうな発言をしながらも、態度はそれほど迷惑そうに見えない。
ファミリア王国はもともと神娘の国で、他は人間が勝手に作った国だとキヒメが説明を加える。
これも複雑な事情に該当するのだろうと、ツッコミ待ちを期待してチラチラ見てくるキヒメを無視することにする。
「防衛戦はめんどくさいな。まあどうでもいいけど」
「主様が【原典】を単独撃破したと知ったら、王室から熱烈な勧誘がくるじゃろうがな」
「…………マジでやめろよ?」
「主様の嫌がることはせんよ。じゃが、わっちが何かしなくても、主様は巻き込まれそうな気がするがな」
「不吉な予言をするな」
「終夜くんは、この世界を楽しもうと思わないの? 強制とはいえ千時間を滞在しないとならないのだから、その時間だけでも自由にしても良いと思うのだけど…………」
終夜は硬く口を閉ざして数秒黙った後、全身の力を抜いてなんてことないように答えた。
「変に目立ちたくないだけですよ」
「奇怪な解じゃな。まるで主様がその気になれば、目立つような結果になると聞こえるぞ? この世界で目立つとなれば、強力なシーカーとして活躍するとしか思えんのじゃが?」
「お前は嫌なところばかり突いてくるな」
「お褒めに預かり光栄じゃ」
「私は、この世界でぐらい、終夜くんの好きなことをしてもいいと思っているわ。もし一人で大変なら、私もできる限り手伝うし」
「千草殿は優しいのう。主様にはもったいないほどに良妻賢母な
「キヒメさんーーーー私、まだ独身です」
「す、すまぬ」
高校の頃から大人びている、お母さんみたい、理想のお嫁さんと言われ続けていた千草は、身に余る評価として受け取っていた。
だが歳を重ねるにつれ、その評価は老けているからなのでは? と気にするようになる。
今では過敏になり、過剰に落ち込むようになってしまったのだった。
しかし終夜は知っている。
確かに包容力があるため、同性からは頼りになる人として評価を受けているが、異性からは性の対象として見られていることに。
男からしたら終夜とは違った意味で近づき難いタイプであるため、視覚情報や妄想からそういった話題が絶えない。
キヒメが女だったから終夜は同行を許可したが、もし男だったら、【原典】から千草と共に逃すという選択肢はなかった。
すでにキヒメは死んでいただろう。
「そうですねえ。正直言うと、千時間をぼうっと過ごすのはなかなかキツいです。体を動かすのは嫌いじゃないですし、スキルには興味があります」
「ふむ。ならば、神娘の集落へ行ってみてはどうだ? 神娘は人間ほど騒がぬし、その集落は人間に辟易している者たちが集まっておるから閉鎖的ゆえ、希望に沿えると思うぞ」
「人間の俺が行っても大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃろ。主様は嫌われぬよ。もちろん千草殿もな」
根拠のない自信にやや納得がいかないものの、神娘が人ほど騒がないというのはなんとなく納得できていた。
終夜たちが少し歩いているだけでも、神娘は【原典】の噂話にほとんど参加していない。
そして人と神娘が共にしている姿もほとんど目にしていなかった。
「そこに住む神娘は、あまり人間に対して友好的でない。主様の考えは神娘のそれと近いから、ここよりは住みやすいはずじゃ」
キヒメの理由にも納得ができなくはなかった。
もっとも、子ども姿である終夜のことを神娘だと思っている人も少なくはない。
奇妙な三人組、目を引く容姿の団体に遠巻きから視線を送られていた終夜たちであったが、神娘・人間っぽい子ども・美人の奇妙すぎる組み合わせに近づけないでいた。
「よう姉ちゃんたち、俺たちと楽しいことしねえか?」
だがそこに、漫画に出てくるような酔っ払いの男が絡んでくる。
「ん、このガキは神娘か……? まさか姉ちゃんの子どもとか? ギャハハ、尻尾は隠してるのかあ? まさかハーフってことはないだろーーーーーー」
千草のロングスカートにも見える白いローブを下から捲ろうとした男が、一瞬にして街の動線から消える。
「千草さんに触れるな。殺すぞ」
子どもの放つ迫力ではないドスの利いた声。
スキルの〈威圧〉を発動させていたこともあって、酔っ払いは吹っ飛ばされた先の細い路地から動けずにいた。
終夜はナイフを取り出して酔っ払いに近づこうとする。
「待て待て待て! 殴るところまではいいが、それ以上は主様が犯罪者になる。千草殿を悲しませることになるぞ」
「ちっ。さっさと失せろ!」
スキルを解除すると、酔いの醒めた男は一目散に背を向けて逃げていった。
「守ってくれてありがとうございます、終夜くん」
この柔らかな笑顔でお礼を言われては、終夜であっても無心ではいられない。
ごまかすために素っ気ない態度で、「たいしたことありません」と答える終夜。
そしてふと、千草は笑みを引っ込めた。
「それにしても、キヒメさんもいるのに、私には子どもがいるように見えるのかしら…………………………………………? しかもこんなに大きいのに」
子ども姿に無意識なのか、なぜか終夜の頭を抱えて抱きしめる。
さすがの終夜も固まってしまい、されるがままとなっていた。
「に、人間と神娘の子が希少とはいえ、わっちも小さいからの! 酔っ払っておったし、正常ではなかったんじゃろう!」
「そうですか?」
「当然じゃ! 千草殿は若々しいしスタイルも抜群じゃからの!」
「(抜群だな)」
まさにその根拠に触れている終夜は、さすがに気恥ずかしくなってやんわりと千草から体を離す。
「と、とりあえず、その集落とやらに行きましょう! そこにはどうやって行くんだ?」
「徒歩じゃ」
「まあ戦闘に慣れるついでと考えれば悪くないか。どのくらいの距離なんだ?」
「うーん、千キロくらいかのう」
「は?」
「隅っこにあるゆえ、通常は集落にいる転移持ちの者に運んでもらうのじゃが、基本的に人間は運ばんからな。途中まで馬車で行くより、主様ならスキルを使ったほうが早いじゃろう」
亜音速であっても、インターバルがあるために五時間はかかる計算である。
「さすがに五時間も連続で使ったら、精神力とやらが尽きるんじゃないか?」
冗談じゃないとばかりに、終夜はその案を拒否しにかかる。
「そうかもしれぬが、限界を知る良い機会じゃと思うぞ。それに、千草殿がいたら回復できるじゃろうしの」
「そうね。戦闘中に急に枯渇したら、私を守れなくなるわよ?」
いたずらっぽく言われたら、終夜には断る手段がない。
「それにわっちらをおんぶに抱っこするなんぞ、貴重な体験じゃぞ」
こちらもいたずらっぽく言うが、終夜はあからさまに嫌そうな顔になる。
「は? 手を繋ぐだけでいいだろ」
「それでもよいが、かなり目立つぞ? 実際は高速移動でも、端から見たら瞬間移動じゃからな。空間系の能力は希少じゃし、連続で瞬間移動など狩りの手も止まるほどじゃろう」
「あのアイテムか…………」
【原典】アンドレアルフスを討伐した報酬に得た〈羽翼の外套-level1-〉。
〈その名は“むそう”(仮)〉は推力のような力によって移動するため、斜め上や上空にも連続で使用することができる。
おんぶに抱っこが効率的な体勢であるのは道理だった。
「そうね。少し恥ずかしいけど、仕方ないわね」
「神娘であるわっちがいないと入れぬし、まさか千草殿を置いていくわけじゃあるまい? 千草殿も行ってみたいじゃろ?」
「はい。貴重な体験ですから、ぜひ行ってみたいです」
あらゆる逃げ道を封じていく。
千草は行ったことがありそうな気がしたが、終夜には断る手段がなかった。
「(なんだこのご褒美は)」
前にキヒメ。後ろに千草。
どちらも豊満な脂肪をお持ちのため、呼吸が止まりそうなくらいの圧迫がある。
しかも終夜の体が小さいことから、全身を女が包んでいるような感覚に近い。
首の両サイドから吐息が当たり、それぞれの匂いが終夜を惑わし続ける究極の状態と言っても過言ではなかった。
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