第5話 制限スキル

〈【原典】が討伐されました。討伐者二名。被害数ゼロ。国を救った英雄に賞賛を!〉






 【原典】の出現は、すぐに各国へ知らせが入るようになっている。

 通常のモンスターは、生態系の破壊や第三者の手による誘導がなければ国に攻め入ることをしないが、【原典】はこの法則に当てはまらない。

 神娘や人を襲うことを第一の行動としているため、出現後すぐに討伐しなければ、近隣の国が壊滅の一途を辿ってしまう。

 ゆえにすぐに討伐隊が派遣されるのだが、アンドレアルフスのもとへ駆けつけた討伐隊がその姿を確認することはできなかった。

 出現情報はすぐに判明するものの、討伐者は公開されない。


「熟練度は九万五千百五か。八二万がわりと近くに感じるなあ」


 終夜は運び込まれた宿屋のベッドで仰向けになりながら、ステータスを確認してぼやいた。

 ベッドの隣に座っている千草は、リンゴの皮を剥きながら答える。


「今回みたいなことはそうそうないわよ。【原典】を倒したパーティには熟練度十万の付与と、アイテムが与えられるの。十万を参加者の貢献度によって分配されるから、九万五千ももらえることは普通ないわ。アイテムは最も熟練度が高く与えられた者のみにだけど、同時に【尊号持ち】になりやすいそうよ」

「尊号はなかったですけど、称号は増えましたね」

「それもすごいことよ。称号がスキルや尊号へと派生するし、数が多いだけでも箔がつくから」

「箔ねえ」


 今回の相手は運が良かったとしか言えない。

 アンドレアルフスの攻撃パターンから考えるに、多対一に特化した戦闘スタイルだったと推測できる。

 乱戦になればなるほど動きも制限されただろうし、相手も動き回っていただろう。

 そして何よりも、致命打を受けるまで終夜を侮っていたのが最大の勝因と言えた。

 初心者であり、支援型の千草がいて、狙ったようなタイミングで適したスキルが解放された。

 どれか一つでも欠けていたら、一太刀も与えられずに全滅していただろう。


「リンゴ、食べられる?」

「腕が上がらない。たぶん固有スキルとかいう、よく分からないものの反動だと思います」

「やっぱりあの姿は、固有スキルだったのね……」


 今でこそなんてことないように装っている千草だが、初めて目にした瞬間は驚愕に目を見開いていた。

 あまり大きく驚く様子を見せないレアな一面だったため、あの状況下にもかかわらず終夜の記憶に強く印象づいていた。


「なんか制限付きらしいですけどね」

「固有スキルは本来、尊号持ちにしか発現しないものよ。順序は逆だけど、それほど遠くないうちに尊号も手に入りそうね」

「いらねー」


 のんびり千時間を過ごすつもりが、初っ端から激動の二時間を体験してしまった。

 皆が血眼になって求めている【尊号持ち】になんてなったら、安穏とした時間を過ごせないのは目に見えている。


「体は起こせる?」

「無理」

「それは甘えているのかしら?」

「無理なもんは無理です」

「…………はあ、しかたないわね」


 全身筋肉痛に似た症状のため、わりと本気で厳しかったのだが、甘えることにした。

 千草は終夜の上半身を抱き起こす。

 柔らかい。

 いい匂いがする。


「あーん」

「あーん。(おいしい。蜜が大量に含まれている気がする)」

「じー」


 わざわざ声を発して主張しながら、女が開いたドアから半身を出して睨んでいた。


「誰だ?」

「キヒメじゃ!」

「ああ、そういえばいたな」

「自分で言うのもなんじゃが、わっちはかなり印象に残るタイプだと思うぞ?」


 面倒ごとに巻き込んだ張本人だと、記憶を抹消していたにすぎなかった。

 元凶を冷めた目つきで一瞥するだけで、終夜は視線を外す。


「まだいるの?」

「まだとはなんじゃ! せっかくわっちがお遣いに行ってやったというのに、いちゃいちゃなんぞしおって」


 面倒ごとに巻き込んでおいてと悪態をつきそうになるが、得難い体験もさせてもらったから文句も言いにくい。


「あの子どもは?」

「気づいたらいなくなっていたわ」


 まあそんなもんだろうと、終夜は特に気にしなかった。

 千草がキヒメから紙袋を受け取ると、中から濁った小瓶を取り出す。


「…………キヒメ、買い物ができないからってドブを汲んでくるのはどうかと思うぞ?」

「主様はどれだけわっちを阿呆呼ばわりすれば気が済むのじゃ!?」

「違うわよ。これは痛み止め。スキル使用のリバウンドで筋肉が悲鳴を上げることはよくあるから、これを服用して治すのよ」

「千草さんのスキルでは…………」

「一時的に和らげることはできるけど、完治はできません」

「ざまみろなのじゃ」


 通称〈ドブ薬〉は、数多の薬師が味の改良を目指したものの、どうやっても味が変わることはなかった。


「はい、あーんして」


 千草の「あーん」に、条件反射で口を開けてしまった。

 非常に粘性の強い液体が、舌の上にボタ、ボタと垂れ落ちる。

 舌に触れた瞬間、得も言われぬ食感と味に口を閉ざしたくなるも、千草が再度「あーん」と言うと自然と開いてしまう悲しい性。

 全部注がれても喉に流れていかないので、仕方なく舌を動かして流そうとすると、上顎にぬちゃあとくっついて動かない。

 何度も飲み込む動作を繰り返してなんとか喉に流し込むが、上顎や舌に粘液が残ってしまう。

 エンドレスに苦しみを味わうハメとなってしまった。


「臭うのう」

「おえっ」


 大の大人でも最初は吐き出すものなのだが、終夜は何度かむせるだけで飲み干した。

 予備に複数買い込んでいたキヒメは、つまらなさそうに紙袋の中の小瓶を見下ろす。


「た、確かに、効果はさすがなものですね」


 多少の重さは残りながらも、ホーンラビットぐらいなら余裕で倒すことができるほどには回復した。


「主様は不思議よのう。初回二時間でスキルが発現し、称号が複数どころか、【原典】までほぼ一人で討伐してしまうのじゃからな。〈ドブ藥〉も完飲しよったし」

「盛り上がっているところ悪いけど、俺には何が凄いのか実感がないんだがな」

「ふむ。不躾な要求であることは承知しておるが、ステータスを見せてはくれぬか?」


 称号は、その人の戦闘スタイルを示していることが基本である。

 スキルの個数が判明するだけでも貴重な情報となるもの。

 終夜が千草を見ると、微妙な表情をしていた。


「まあいいよ。騒ぎ立てないなら誰にバレたところで困ることもない」


 そもそも争うつもりがないからだ。

 スキルの〈その名は“むそう”(仮)〉も、観光で他国へ行く時に便利だなくらいの認識である。


「うむ。騒ぎ立てないし、ここにいる者以外に話すつもりもない。わっちに向かって『ステータス公開』と念じてくれればよい」

「はいよ。ついでに千草さんにも」



 氏名:不動終夜

 尊号:

 熟練度:95105

 スキル:〈その名は“むそう”(仮)〉、〈威圧〉

 称号:【亜音速を極みし者】、【原典を制し者】、【拳人けんじん

 固有スキル:【無相(制限)】



「なんじゃこれは…………?」


 未確定や制限と、短期間公開されたβ版のような仕様に大量のハテナが浮かぶ。


「バグかしら……?」

「ああ、やっぱり正常ではないんですね」

「称号だけ見ると、廃人プレイヤーな感じがするのう」

「(仮)は、かつての上位プレイヤーに見られていたものね。その上位プレイヤーが言うには、本来はもっと後に覚えるはずのスキルを、先出しで一部を使えるようになっている、と」

「まあなんとなくですけど、亜音速はなんか中途半端な感じがするから、もっと速くなるのかもしれませんね」


 終夜は、自称女神との会話を思い出す。

 自身が祈ったこととはいえ、過剰な反映な気がしてならなかった。


「それにしても、主様はなぜ最初に武器を用いておったのじゃ? スキルでもないのに、あの最後の一撃は凄まじかったぞ」


 終夜は嫌そうに眉間にシワを寄せて、己の拳を見つめる。


「好きじゃないだけだ。【拳人】なんて称号は嬉しくないね」

「ふむ。なら聞かぬ。じゃが、わっちを守ってくれた拳じゃ。わっちは好きじゃぞ」


 キヒメが両手で終夜の拳を包むように握ると、終夜は照れ臭そうにそっぽを向いた。


「別に、君を守ったわけじゃない」

「それでもよい」


 屈託のない笑みを浮かべながら握る手を強めるキヒメに、終夜は振りほどけないまま話題を逸らす。


「それよりも、固有スキルが制限になることはあるんですか?」

「聞いたことがないわね。だけど過去に、相手のステータスを覗き見るスキルを持つ人が、ある人のステータスが何も見えなかったと騒いでいたことがあったわ。当時は熟練度の差か、スキルを無効にするスキルなんじゃないかと言われていたけど、唯一読めたのが『制限』という単語だったと」

「〈ドブ薬〉というデメリットはでかいですからね。今回はオートでしたし、詳細が分からないのは面倒だな」


 体感としての効果は、身体能力向上であった。

 もっとも、〈聖女の加護〉で通常の二十五倍になっていたため、それと比べてさらに何倍なのかの感覚なんて分かるはずもなく。

 攻撃力以外でも、スピードはスキルの影響だからなんとも言えず、防御はまだ試せていない。


「ぼうっと過ごす予定の主様には関係ないのでは?」

「…………確かにそうだな」


 痛いところを突かれて悔しかったのか、終夜は冷たく手を振りほどいて掛け布団の中に隠した。

 

「くふ、それで、主様はこの後どうするのじゃ?」

「終夜君はこの世界をまだよく知らないだろうから、まずは一通り回ってみない?」

「いろいろすっ飛ばして【原典】の討伐を成してしまったからのう。わっちは賛成じゃ」

「千草さんの案に反対はないですけどーーーーーーお前はいつまでついてくるんだ?」

「ダメ…………なのか?」


 か弱そうに、悲しそうに。

 瞳を潤ませて懇願するような上目遣いに、終夜はイラッとする。


「ダメというより、お前は何がしたいんだ? そもそもなぜ俺にコンタクトをとった?」

「わっちら神娘は、人間のオーラを見ることができる。主様のオーラはわっちの好みじゃったゆえ」

「チュートリアルじゃないのか?」

「違うぞ。あれはかの少女の役目じゃ。もっともあやつの役目は、主を外に出してモンスターと遭遇させるところまでじゃがな」

「最初のうさぎさんの時点で終わっていたのか。本物の神娘が担当したがゆえの事故、か」


 チュートリアルで【原典】とは、糞ゲーもいいところである。


「まあ好きにしろ。俺の邪魔にならなければ構わない」

「さすが主様じゃ! わっちがいたらご利益があるぞよ〜」

「【原典】がご利益ならお前を突き出して逃げるからな」

「それがよいじゃろう。あの【原典】はさして強くなかったゆえ」


 千草が嫌う以上、もちろん適当に言った言葉だったのだが、キヒメの予想外の返しに終夜は固まった。

 終夜が千草に無言で正誤を問うと、躊躇いがちに頷かれる。


「【原典】である以上、もちろん初心者が倒せるものではない。ベテランだったとしても、容易に倒せるわけでもない。じゃが、強者が数人で組めば倒せるレベルではあった。強いて言うのであれば、知らずに多くの者を率いていたら大惨事だったというくらいじゃ」


 【原典】とは通常、何十人と組んで戦う相手だ。

 だが多対一に特化していたアンドレアルフスにその戦法をとると、本当の強者以外は簡単に倒されていただろう。


「まあそれでも、単身は普通ありえぬがな。街へ侵入される前に討伐したのじゃから、主様はわっちら神娘からしたら英雄じゃよ」

「英雄ねえ。ちなみに、誰が倒したとか公開されるの?」

「それはないので安心しなさい。ここに運ぶ間にも、誰が倒したのかみんな不思議がっていたので、誰かに見られていたこともないでしょう」

「普通は自ら言いふらすもんじゃからな」

「言いふらすといいことがあるのか?」

「モテる」

「アホか」


 このままここにいても疲れるだけなので、リハビリも兼ねて終夜は起き上がろうとする。

 フラつく体をすかさず支えにきたのはキヒメだった。


「意外にこいつ胸があるなと思ったじゃろ?」

「あ?」


 態度ではキレながらも、終夜はふとネット情報を思い出す。

 神娘は胸の形が崩れない。

 そしてMoA内では、乳首が透けるような装備なんてない(一部除く)。

 特に意味はなかったが、終夜は急にそんな情報が脳裏に浮かんだ。


「体調は大丈夫?」

「まあ歩くくらいならなんとか。千草さんにずっとついていてもらうわけにもいきませんからね。案内お願いします」

「別に気にしなくていいのに…………でもそうね。案内は早いほうがいいだろうから」


 終夜は胸を押し付けてくるキヒメを突き放して、一行は宿を出た。

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