第4話 【原典】アンドレアルフス
〈アルモニアの領地に【原典】が出現しました。メールに添付された座標へ向かい、力を合わせて討伐しましょう〉
アルモニア国内で音声によるアナウンスが響き、全シーカーに出現ポイントが記されたメールが送られる。
「【原典〈アンドレアルフス〉】」
孔雀のような羽を閉ざしている巨大な青い鳥が、視界の大半を映していた。
「初心者用の狩場にボス? が出るとは、これも初心者殺しの一貫かな。厳しい現実を突きつけるわけか」
「違う! あれは【原典】。この世界の理から外れたイレギュラーな存在よ!!」
【原典】は、この世界に突如として現れる。
過去には街中にも出現したことがあり、プレイヤーの誰にも予測できないイレギュラーそのものだ。
「【原典】は【尊号持ち】か、多数のスキルを持ったパーティじゃないと太刀打ちできない相手よ。なによりも、【原典】は管理されたモンスターではないから、【原典】に倒された神娘は復活しない。つまり死んでしまうのよ」
暗に逃げるしか手はないと言ってた。が、逃げられる相手ではないことも理解させられる。
「千草さんはどの程度戦えるのですか?」
「時間を稼ぐことはできる。今優先すべきは、この子とキヒメさんを逃がすことよ」
【原典】とは、神娘にとっての災厄そのものであった。
人間たちが訪れる前より存在しており、神娘を捕食するための存在であると言ってもいい。
「なら俺が一緒に逃げるより、千草さんが逃げながら守ってくれたほうが安全です。俺が時間を稼ぎます」
あの感触を忘れるのは非常に、非常に惜しかったが、また揉める機会はある。
だが、小さな子どもに死の実感を与えるわけにはいかない。
死なないことが分かっている終夜でさえ、傷口の痛みで気を失いそうになっているのだから。
「〈オーバーヒール〉」
直訳すると過剰回復。
怪我、体力、状態異常、精神力のすべてを完全回復し、かつ身体能力向上、自然治癒、状態異常無効のバフを与える。
「これすごいですね。ネーミングと実感している効果から、おおよその効力が分かります」
「効果は五分。それに即死の攻撃までは回復できないから気をつけて」
千草が戦ったほうが確実なんじゃないかなと一瞬思いつつ、あの痛みを一瞬でも味合わせるわけにはいかないと思い直す。
時間にして十秒ほどだが、アンドレアルフスは見つめるだけで動きがない。
「【原典】は出現してから十秒から三十秒ほど、混乱しているのか、こちらから手を出さなければ動き出さないのよ。だから今のうちに行くわね」
千草は去り際、「初日にごめんなさい」と言ってから、少女を抱き上げてキヒメの手を引っ張る。
一方で終夜は、意外にも自分が不幸だとは思っていなかった。
少女やミズハと出会って、ここまでが『神の意志』なんだろうとなんの気なしに思っていた。
「さすがに速いな」
熟練度が八二万なだけあって、すでに百メートルは進んでいた。
それでも障害物のない草原では、三人の姿がしっかりと視認できてしまう。
やがて、微動だにしなかった巨体にわずかな動作を感じた。
「死ぬ時と同じ痛みを味わうのも、貴重な経験と考えよう」
アンドレアルフスは、首をブルッ、ブルッと何度か動かしたのち、上を向いて羽を広げた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
鳥類の声ではない。
マイクのキーンというハウリングのような高音が耳をつんざいた。
羽だと思っていた巨大な正体は、複数の剣であった。
巨大な七本の剣が上尾筒の役割をしており、中サイズの三十を超える剣が尾羽として覆っていた。
それが扇状に広げられると、本体のサイズとほとんど変わらない規模感である。
「ゲームだとあれ、飛ぶよな…………?」
数多の剣が射出されるイメージしかない。
「同時にきたら即死だな」
その予想は当たった。
十の剣が飛び上がり、そのうちの八つが終夜に飛びかかる。残りの二つが千草たちのもとへと飛んでいった。
「メチャクチャな射程距離だな!」
この時点で、終夜は絶対に逃げられない。死が確定した。
もう二百メートルは離れているはずなのにと、終夜は目の前の八つに集中する。
二本を追いかける術はないし、千草なら大丈夫だろうとの投げやりな選択であった。
幸いにして、八本が同時ではなかった。一秒の間隔を空けて順に射出される。
一本目。
「お……もいっ」
反応はできる。だが刀で弾くのに一秒強を要した。
バフによって強化されてこれだ。通常ならば防げなかっただろう。
二本目もギリギリ弾く。
三本目は間に合わなかった。
「ぐうッ!!」
肩が外れそうになるくらいの衝撃で突き刺さった。
体勢が崩れ、四本目がくる前にあえて転がって回避する。
五本、六本とそのまま回避すると、空に残りの二本が待機しているのが見えた。
同時に飛ばすこともできるだろうと予想はしていたため、すぐに反動を利用して起き上がると、二刀をクロスして器用に弾ききーーーーろうとして、傷口側が耐えきれずに脇腹を掠めた。
「はあ、はあ、さて、こいつは何パターンの攻撃があるんだ?」
獣は飛びかかってくるだけだった。
ボス級以上の存在であれば、剣を飛ばすだけなはずはない。
もっとも、剣を飛ばされ続けても死ぬ未来しかないのだが。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
アンドレアルフスが再び奇声を発すると、傷口に異常に響いた。
単純に振動して響いているのではない。
あの奇声そのものが、受けたダメージを増長させるスキルのようだ。
〈オーバーヒール〉の効果で掠めた脇腹は完治している。
しかし剣が貫通した肩は、刺さった状態のため治らない。
無理やり抜いても完治には時間がかかりそうだった。
「っ!?」
耳がキンキン鳴っていたから止んでいたことに気づかなかった。
自分を覆う大きな影の存在で気づかされる。
速い。
そう思った時には、終夜の体が地面から離れていた。
凄まじいGに意識が飛ばされ、岩山に激突して意識を取り戻す。
頭の中がグヮングヮンして焦点が定まらないながらも、終夜は遠くに見える巨大な青い鳥を視界にはめる。
追撃がきたら死ぬ前に一矢報いようと思っていたものの、アンドレアルフスはブルッブルッと首を動かしたまま動かない。
やがて、終夜とは反対の方向を向いた。
千草のほうへ飛んでいった二本の剣が戻ってきていない。
今、アンドレアルフスの羽(剣)は三本足りていない状態である。
二本は千草に向かって戻ってこず、一本は終夜の肩に刺さっているからだ。
「いか…………せるか……! ぐぅぅぅぅぅっ」
終夜は刺さった剣を引き抜いて投擲する。
当たった! と思ったが、視界が歪んでいたからか本当に生じていたのか、残像を突き抜けただけだった。
アンドレアルフスにはもう、終夜に対する敵意が消失していた。
そして、姿が消える。
何かが千草たちのほうへ向かったという認識には至れたものの、人間が銃弾を捉えるようなもので、決して常人には太刀打ちできない速度だ。
「(なんなんだこの世界は…………また守れないのか。不動としても未熟。男としても未熟。皮肉なことに、また間に合わない)」
目の前で神娘が死んだら、千草は悲しむだろう。
千草ならば、己の身を挺して守るだろう。
刻々と死が近づいている中、終夜は後悔に埋もれていく。
「(そういえばカオスが言っていたな。想いと覚悟が力になるだったか? なら力をよこせ! 守るための力を! 今までの自分ではない、新しい自分を!)」
終夜からしたら、少女もキヒメもどうだっていい。
だけど千草に死と同じ痛みを味合わせたくない。
気に入っている神娘たちを忘れてほしくない。
条件が満たされました。
スキル:〈その名は“むそう”(仮)〉が解放
称号:【亜音速を極みし者】が解放
固有スキル:〈無相(制限)〉が解放
突如として終夜に変化が訪れた。
体が銀膜に包まれて、心地よい風がまとわりつく。
「痛みが引いていく……?」
千草のオーバーヒールの効力はとっくに切れている。
だが、理由なんてなんでもよかった。
「千草さんは無言でスキルを発動していた。そしてここは、想いが力に変わる。タイミングから考えても、気持ちを強く、そして念じれば使えるはずだ」
速く。
アンドレアルフスを追い越し、千草のもとへとかけつけられるスピードを。
速く!
終夜が走り出すと、景色がザッピングするように切り替わっていく。
一度に移動できる距離はせいぜい五十メートルほどだが、連続使用しても疲労感はない。
直線移動ながらもワープのような感覚で、インターバルは0.5秒である。
「見えた!!」
千草がアンドレアルフスの接近に気づいたところだった。
バリアのようなものに二本の剣が突き刺さっていて、アンドレアルフスはその回収を優先しているようだ。
バリアを蹴破って回収していなかったら、間に合わなかったかもしれない。
だが結果的に、
「間に合った!!」
「終夜くん!?」
突然間に入ってきた終夜に、千草は驚きを隠せない。
しかも全体の雰囲気どころか、銀膜の影響で明らかに強化された風貌に変わっている。
「話は後です。千草さん、もう一度〈オーバーヒール〉をかけられますか?」
「え、ええ」
千草は穴の空いた肩に手を触れて〈オーバーヒール〉を発動する。
全身の傷が完治し、体が軽くなった。
「武器を全部出してください」
千草は言われたとおりに手持ちの武器を床に散らばす。
数本のナイフ、槍、弓矢、刀と、二十ほどの刃物が広げられた。
終夜は持っていた刀を地面に突き刺し、十二本のナイフと弓矢を手にする。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
アンドレアルフスの叫喚が合図となって、終夜はスキルを発動させた。
〈その名は“むそう”(仮)〉
円状に移動してナイフを投げ続けると、結果的にナイフが全方位から飛びかかる。
背後から槍も投擲してすべてが刺さるも、武器が弱いのか腕力の問題なのか、アンドレアルフスの外皮に深々とまでは刺さらない。
眼球めがけて矢を射ると、真横へと高速移動して避けた。
「なるほど、理解した。防御力は高め。動体視力は弱く、危機察知能力は並。少し臆病なところもあるな」
敵の分析を終えると、終夜の中で作戦が組み上がった。
「私も戦うわ」
「二人を守りたいのであれば、参戦は結構です。ですが、今以上のバフはありますか?」
「バフは攻撃、防御、スピードのどれかに特化させることなら可能よ。私の防壁ーーーー【聖女の御手】は、百の力を分配するのが特徴だから、終夜くんも同時に守るわね」
「それで構いません。バフは攻撃特化でお願いします」
「分かった。リジェネと状態異常無効以外のバフは上書きされるから注意してね」
千草のバフスキルである〈聖女の加護〉は、一点特化。
三分間、使用者と対象の熟練度に応じて倍率が変化する。
熟練度一万につき0.3ずつ上昇し、二で割った数値が加算される倍率となる。
1+{(n/10000×0.3)+(n/10000×0.3)}÷2
八二万の千草で二十四.六。
一万以下の終夜で○.三なので、約二十五倍がバフとして乗っかった。
ちなみに、〈オーバーヒール〉は一律五倍のバフがかかっている。
「クワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
明確な怒り。
しかし胸を張って見下ろしている様から、実力差を理解している節もある。
三十の刃が飛び上がり、その全てが終夜に飛びかかった。
〈その名は“むそう”(仮)〉
今度は弾く必要はない。
軌道を見極めれば今の終夜なら避けることは容易い。
そして高速移動であることから、終夜の一撃には勢いがつく。
移動時に刀を添えるだけで、三本までなら難なく弾けていた。
「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
アンドレアルフスの鳴き声が低くなる。
残りの七つの大剣も展開した。
終夜を囲うように広がり、地面に突き刺さる。
「ぐうっ!?」
終夜が地面に突っ伏される。
凄まじい重力場が形成され、終夜の体が地面に縫い付けられた。
そして上を見ると、三十の剣が頭上に待機していた。
「いけない!」
〈聖女の領域〉
空間が静止する。
生物は動いけているが、環境そのものがリセットされた。
〈聖女の領域〉は、様々な事象によって変動したあらゆる環境をリセットするスキルである。
過剰に背負わされていた重力が通常の重力に戻ったため、終夜は急いでその場から脱出した。
終夜は一度、アンドレアルフスの四十メートル後方に移動する。
そして中途半端に突き刺さった槍に向かって、〈その名は“むそう”(仮)〉を発動した。
「おおぉぉあああああああああああっ!!」
アンドレアルフスが気づいて、ほんのわずかに体が捻りかけているのが見える。
少しでもズレたら勝ち目はない。
「この…………チキンがっ!」
スキル:〈威圧〉を習得。
「クア…………」
弱々しい呻き声とともに、アンドレアルフスの体がビクッとして止まった。
その隙に終夜は、槍の
だが巨体に対して槍が細すぎるため、致命傷とは言い難い。
「あまり披露したくなかったけど、仕方がない————【
終夜はのたうち回るアンドレアルフスの腹に拳を添えると、眼球、鼻、口から血が噴き出して巨体が静止する。
「千草さん、防壁を足場に」
地面に突き刺した刀を回収すると、今持てる限界の脚力で跳び上がる。
千草の作った足場を使って三段ほど跳び上がり、アンドレアルフスの頭上高くへ到達する。
そして上空の足場の下部に足をつけると、バネのように膂力を使ってアンドレアルフスの脳天に刀を突き下ろした。
「グワア………………」
ドスンと、砂埃を巻き上げてアンドレアルフスは地に伏した。
アンドレアルフスを討伐。
称号:【原典を制し者】、【
アイテム:〈羽翼の外套-level1-〉を入手
効果:滞空時間が延び、緩やかに降下する。
「原典を倒しちゃうなんて…………」
千草は倒れた終夜をしゃがんだ状態で抱き上げる。
薄れゆく意識の中、側頭部に触れる柔らかな感触を実感しながら、終夜は忘れなくて良かったと心底喜んでいた。
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