第3話 コンダクター・キヒメ
「頑張って!」
「え?」
まさかの展開だった。
「私、戦闘職じゃないから」
戦闘職じゃなくても、熟練度八二万が初心者用モンスターを倒せないわけないだろと思いつつも、終夜には八二万の価値に相変わらずピンときていない。
「俺、武器がないのですが…………」
「そんな終夜くんにデビューのお祝いよ」
日本刀をどこからか取り出した。
なぜ日本刀? どこにしまっていた? そんなに戦わせたいか?
などと様々な疑問が飛び交ったものの、終夜は諦めた。
千草は一度決めたことを譲らない性格をしている。
この世界に来たのだって、千草に押し切られたのだから。
「分かりました。この子をお願いします」
「頑張ってください」
終夜は少女を預けて、少し離れた位置からホーンラビットと対峙する。
一メートルの日本刀には、ずっしりとした重みがあった。
タイミングを見てから振ったらワンテンポ遅れるなと予想した終夜は、初撃を躱そうと決める。
「うおぅっ!」
ホーンラビットが飛び出したと思ったら、すでに眼前まで凶器が迫っていた。
なんとか体を捻らして交わしたものの、カウンターの選択をしていたら目玉をくり抜かれていた。
相手が近くに着地したのに対し、終夜は崩れた体勢をなんとか戻そうと焦る。
しかし、ホーンラビットの二撃目はなかった。
「これが初心者用?」
「現実にない動きだから慣れていないだけよ。それにホーンラビットは、次の動きに入るまでが遅いから」
あと十秒早く伝えてほしかったと心の中で文句を言う。
千草は意外にスパルタだった。
「まあ理解はしました。次で仕留めます」
この時の『理解』を、千草は自分の言葉に対して言ったのだと思った。
だが次の終夜の動きで、それが勘違いであったと気づく。
飛び出したホーンラビットを終夜は首を横に反らすだけで躱すと、刀を半回転して逆手持ちに変えた。そして振り返らずに背後を突き刺す。
胴体の真ん中に刃が突き刺さり、ホーンラビットが脱力した。
「飛距離が分かればなんてことないですね」
「どうして後ろ向きに刺したの?」
「特に意味はありませんよ」
刀が軽くなったことを確認すると、刀を前面へと持ち直す。
「すぐ消滅する仕様か。素材は…………ああ、やっぱり念じると頭に入ってきますね」
ステータス同様に『持ち物』と念じたら情報が頭に入ってくる。
・アイテム
うさぎ肉×1
・所持金
9950円
「順応性が高いわね」
「そうですか? ゲーム世代だからですかね。それよりも、この刀ってどうやってしまうんですか?」
「空間に入り口をイメージして、『収納』と念じながらその空間に入れればしまえるわよ。取り出す時もそのアイテムを念じながら手を入れるだけ」
言われたとおりに行うと、刀が虚空の中に消えていった。
「これ、上限はあるんですか?」
「ないわ。でも、家具や人間など、戦闘に必要ないものや生き物は対象外ね」
上限なしとは、これもゲームとは異なる要素だ。
あくまで終夜の推測だが、経験に繋がらない要素は緩い設定になっているのかもしれない。
「ん!」
まるで「強いね!」とばかりに少女は声を上げて称賛する。
「あまり期待しないでくれ。さっきのも下手すれば死んでいた。ああそういえば、この世界で死ぬとどんなペナルティを受けるんですか?」
「記憶を失うわ」
「はい?」
「街を出てからの記憶を失うの。この世界風に言い換えると、経験がリセットされるってところね」
確かにゲームで死ぬと、それまでに得た経験値やアイテムを失うのが基本だ。
ストーリー上でも、主人公や敵が二度目の再開という流れになることも稀である。
それを忠実にリアルで再現するとなると、記憶を失うというのが最適であるのは間違いない。
「周りが教えることはできるけど、経験にないことを言われてもイメージしにくいからね。私が今、この先に現れる敵の詳細を伝えて対策しても、予想外のスピードや威力だと瓦解するでしょ?」
「なるほど。だからさっきも教えてくれなかったわけですか」
「あら、根に持ってる?」
「べっつに〜」
現実の千草は毎晩夕食に誘ってくれたり、買い物に付き合ったりと世話焼きなところがある。
それがMoAではスパルタになるのだから、余計にMoAが嫌いになりそうな終夜だった。
「それよりも、あと十分も歩けば目的地よ」
「意外に距離が短いですね」
「山も難しいとは言っても、この世界全体では比較的簡単な部類に入るから、戦闘に慣れた複数人でなら攻略が可能よ。だから国から山を含めたエリアが、ルーキー用として近場にあるのでしょうね」
裏を返せば、一人だと厳しく、この辺の戦闘に慣れたからといって調子に乗ると、初見殺しにあうとも聞こえる。
「そういえば、称号にルーキーがありましたね」
なんの気なしに発言しただけなのだが、千草はそれを興味と受け取った。
終夜としては、事前の選択式じゃない時点でどうこうしたいとは思っていなかった。
「『称号』とは情報の一種。終夜くんの行動によって、自動で適切な称号が決まるの。尊号と違って比較的簡単につくし、複数持っているのが普通ね。中には自分に合った尊号を手に入れるために、意識した行動を取る人が多いみたい」
討伐数千体、総プレイ時間千時間など、予め設定された条件を達成すると手に入る、やり込み要素みたいなものかと終夜は予想する。
しかし後にそれが、大きな間違いであると知ることになる。
「ん!!」
「るーるーるーるー」
少女の声の指す方向を見ると、和服の女の子が奇妙な動きをしていた。
まるで小鳥を集めるかのように、踊りのような動きで黒犬やツノ付きうさぎさんを誘っている。
「ブラックウルフ…………ね」
「嫌な反応。ウルフもゲーム序盤では基本ですけど、その様子だとあれは強いんですか?」
「この世界では初心者殺しの代名詞よ。ホーンラビットはワンパターンだけど、ブラックウルフは動きも攻撃力も段違い。本来はこの先の山に出現するモンスターなのだけど」
初心者殺しが多いなと思いつつも、果たしてあの女を助ける必要があるのだろうかと終夜は考える。
どう見ても終夜のためにかき集めたようにしか見えない。
「るーるーるーるー」
「ん!」
女の人がモンスターに囲まれて大変! とでも言うように、少女が終夜の袖を何度も引っ張る。
「あれは囲まれているというより、囲わせているように見えるけど」
帰りたいなあ。
でも誰一人として帰してくれないんだろうなあと、心の声。
「む、そこの少年、よいところに!」
和服姿の女が、ものすごく棒読みのようなセリフで声をかける。
「ん! ん!」
笑顔で少女が和服の女に声を出す。
あとは任せたとばかりに、小さな手が終夜を押し出した。
「なんだこの茶番は」
「終夜くん、気をつけて! あの子はたぶん、チュートリアルの関係者じゃないわ。明らかにチュートリアルを逸脱しているから!」
千草が緊張感のある声で忠告する。
ああ、今回も千草さんは参加してくれないんだねと、終夜は心の中でため息をつく。
和服の女がこちらに意識を向けると、黒犬三体、うさぎさん七体が一斉に終夜たちを向いた。
「危ない!」
気づいたのは同時。ブラックウルフ三体が有無を言わさず飛びかかってくる。
終夜は少女に向かって飛び出し、千草は終夜に飛びついた。
三列に並んで飛びかかってきたため、二人とも大きく体を突き飛ばす。
「うおっ」
終夜はミズハを左脇に、千草が上に乗っかってきたから右手で支えて背中から着地する。
終夜はダイレクトにぶつけた背中の痛みを感じながら、顔面にクッションがあることに気づく。
「(胸やわらかっ。てかブラしてなくね!? いや、前面を覆ってるだけでサイドにまで達していないのか)」
あまりの感激に得意の分析を行なっていると、隣からの唸り声が娯楽の邪魔をする。
抱えていた右手でサイドをタップすると、予想外の反発で手が跳ねた。
癖になる感触である。
顔面の感触も捨てがたいが、こちらはいつまでもやっていたい。
跳ねた手を押さえつけて、接触状態で手を上下する。少し埋もれたから、今度は揉んでみる。
完全に無意識であった。もはや本能である。
「しゅ、終夜くん…………揉みすぎ」
指摘されてやっと認識できた。
尻だ。
非常にしっかりとした形を持った尻であった。
「す、すみません!」
「ウウウヴァウッ!!」
「伏せてください!」
千草が左手を前にかざすと、不可視の壁がブラックウルフの体を阻んだ。
ちなみに、千草が上半身(胸)で起き上がりかけた終夜を押し倒したため、後頭部を思いっきり打ちつけていた。
でも前面のクッションのおかげでノーダメージ。
むしろ回復すらしている気がしている。
「ごめんなさい!」
「いえいえ。いえいえ」
怒る理由がない。
「ん!」
「おっと、うさぎさんもきたか!」
終夜はすぐに体勢を立て直して、カウンターの要領でホーンラビットを一刀両断する。続けざまに三体飛ばしてきたが、振り下ろした刀を切り上げ、回転して横薙ぎに切り裂き、そして再び振り下ろした。
テンポ良く、すべてをジャストヒットさせて返り討ちにした。
「ヤバイね」
直感する。
三体のブラックウルフに囲まれた自分は、無傷で倒すことはできないと直感する。
早く慣れてギリギリで倒し切るか、見切る前に死ぬかであると。
「死んだら記憶を失くすか…………」
得た知識を再度聞くのはいい。
千草なら喜んで教えてくれるだろう。
だがーーーーーーだが!
あの素晴らしい感触を忘れるわけにはいかない!
「千草さんはその子を守ってください」
千草の防御性能は証明されている。
仲間を気にせず、終夜はブラックウルフとその後ろで様子を伺っているホーンラビットを見据えた。
「っ!」
一体のブラックウルフが飛び出した。
先ほど一度経験したから、今度はなんとか刀で弾く。しかし二体目、三体目と続けて襲ってきた攻めまでは間に合わなかった。
中途半端に避けたから肩が三つの爪で抉れる。飛び出した瞬間が見えたら反応できるが、一秒でも遅れると対応が間に合わない。
「リアルの痛みか…………!」
現実では経験できない傷の痛みに自然と涙が出る。
血を失っている感覚もあり、命が消えていく感覚に恐怖した。
ここで死ぬほうが楽だろう。
だが!
「記憶を失くすわけにはいかない!」
終夜は意味もなく手をニギニギしてから意思を強めた。
終夜はあえてブラックウルフとの戦闘で隙を見せて、ホーンラビットの突進を誘う。
だが上位のブラックウルフを優先しているのか、見つめるだけで一向に動く気配がない。
この状態がさらに、終夜を苦戦させる。
「千草さん! 小刀は持っていませんか?」
「投擲用のナイフなら!」
「ください!」
千草はすぐに二本のナイフを取り出したが、渡せない。
先ほどの防御で千草を攻める気はないようで、六体のモンスターは終夜から視線を逸らさない。
「俺に向かって投げてください!」
「えいっ」
可愛らしい掛け声とともに、なんと両手で同時に投げた。
まさかの行動になんとか二本指で挟み込むことで一本をキャッチ。
千草の利き手じゃないほうが大きく外れ、一体のブラックウルフの近くに向かった。
それが好機に変わる。
ブラックウルフからしても予想外の危機だったらしく、異常なほど大きく後ろに飛んだ。
乱れた陣形の隙を突いて、終夜は離れたブラックウルフに向かって走る。
相手もすかさず向かってきたが、刀でガード。拮抗したほんの一、二秒の時間の間に、ナイフで腹部を切り裂いた。
刀を振って投げ捨てると、ブラックウルフはガラスが飛び散るようにして消滅する。
続けてすぐ近くにいた一体のホーンラビットも切り裂いた。
「うん、もう理解した。悪いけど記憶を失うわけにはいかないんでね。腕を失ってでも勝たせてもらうよ」
相手のスピード、膂力、攻撃パターンが把握できれば、終夜にとって獣程度は敵ではなかった。
牽制があると大袈裟に反応するという敵の癖を利用して、難なく残りの四体を討伐した。
「すごいわ終夜くん!! 初日でブラックウルフの団体を倒せるなんて!」
「死んだら戻りませんからね」
お尻とおっぱいの記憶が。
「見事じゃ」
千草の陰でジッとしていた和服の女が、奇妙な口調で賛辞を述べる。
「で、お前は誰…………いや、何者なんだ?」
「わっちの名はキヒメ。何者と言われたら……そうじゃのう。コンダクターとでも言っておこうか」
「コンダクター《案内人》? 消極的な俺を争いの場に誘導したってことか?」
「…………まあそんなもんじゃ」
自称コンダクターは、逡巡した後に適当な感じで答えた。
「MoAってこんなに第三者の意図を感じる世界なんですか?」
「管理されている世界だからないわけじゃないけど、チュートリアルの段階からというのは聞かないわね」
「まあいいや。早く記憶のセーブをしないと。もう帰っていいよね?」
念のためコンダクター・キヒメに確認を入れる。
不意打ちでイベントに強制参加させられたらたまったものじゃない。
「帰れるならのう」
「なにそのフリ」
「ん! ん! ん!」
ミズハが何度も大声を発した途端、終夜たちは言い知れぬ悪寒を感じた。
「まさかこれは…………!!」
千草の予感を聞いて、ロクでもないことは分かった。
何もない草原の空間が捻れるように大きく歪む。
背景が捻じ切れたと錯覚すると、捻れた空間よりも大きな大型の何かが出現した。
「【原典】」
呟くような言葉だったが、今もなお実感している脅威の塊であることは理解できた。
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