第2話 チュートリアルの幼女


 eスポーツ。

 かつてテレビゲームがオリンピックの種目として採用され、スポーツ同様に競技スポーツ種目として一斉を風靡した。

 現代ではさらに進化し、SP(Secundum Pugna)競技として、MoAの中で人気を博していた。

 リアルであれば喧嘩や決闘だと受け取られる戦闘行為でも、MoA内ではあくまでゲームの対戦という認識になる。

 ソロ対戦、チーム戦、さらには国単位での戦争と、幅広い戦略とリアリティの追求がなされていた。

 戦績によって評価制度はあるものの、よくあるランキング形式ではない。基準は公開されていないが、戦闘スタイルや活躍内容によって唯一無二の尊号が与えられる。

 この【尊号持ち】が、良くも悪くも有名になれる肩書きとして、全プレイヤーの目指す目標となっていた。


「盛り上がっているな」


 どっかでやっていたであろう対戦リプレイ映像を流しながら、解説者が時間潰しにそんな説明をしていた。

 終夜はリンゴジュースを飲みながら、適当に探して見つけた広場の椅子に腰掛けている。

 そこかしこに半透明の映像が空中展開されていて、体の向きに困らない。

 ちなみにこのジュースは五十円。

 MoA内でも普通にお腹が減って喉が乾くのだが、金銭を気にしていちいちログアウトをしないようにと、空腹や渇きを満たす最低限の飲食は一律五十円に設定されていた。

 この辺の仕組みが、VRMMOの理屈に反していると騒がれている。


「毎日流れているだろうこの映像だけで、千時間を過ごすのも苦じゃないように思えてきた。いや、さすがに飽きるか」


 カオスによって暗転させられてから、わずか一秒後には別世界が広がっていた。

 よくある西洋風の街並みや西部劇のような開拓地などではなく、都会のど真ん中が近未来化したような石造りの建物によって形成された街である。

 ところどころに自然を意識した広場が点在してあるようで、窮屈さは感じられない。

 晴れ晴れした天候ということもあって、実に気持ちの良い空間だった。

 風の冷たさや草木の匂いなど、リアルと遜色ない再現がなされている。

 もっとも、騎士甲冑だったり侍だったりガンマンだったりと、市民の服装に統一性はなく、時代錯誤とも取れるチグハグな様子が印象的である。


「終夜くん!」

「千草さん」


 白いローブ姿の女性が、手を振りながら早足で駆け寄ってくる。

 天城千草あまぎちぐさ

 終夜をMoAに誘った人物で、普段から何かと終夜が世話になっているお姉さんである。

 長い髪を後頭部に全部まとめ上げたアレンジをしており、全体的に落ち着いているという印象が強い。およそゲームの世界とは縁遠く感じる。


「終夜…………くん?」


 普段は終夜を見上げる千草が、戸惑った顔で見下ろしている。

 むしろ遠目から、よく自分を見つけてくれたと終夜は感謝していた。


「なんで縮んでいるの? まさかもうスキルを使いこなしているとか?」

「俺にも分かりませんよ。本人のままでプレイするはずですよね?」


 カオスの言っていたおまけはこれなのだろうと、終夜は怒りを覚える。

 普段冷静なはずの千草が戸惑っているのが終夜には新鮮だった。


「中学生くらいかしら? 可愛いわよ。昔を思い出すわね」


 にっこりと子どもに向ける笑顔を見せられても、終夜からしたら複雑でしかない。

 大学生に可愛いは嬉しくない


「それにしても、初回ログインにしては早かったわね」


 こんな一大事を「それにしても」と一蹴されたことに、やや悲しくなる。


「そうですか? 女神の話が長かったのですが」

「運営の話が長かったの?」

「あ、やっぱりあれは運営なんですね。すごくリアルで驚きました」

「私の時は淡々と説明されて終わったけど、いくつかパターンがあるのかもしれないわね」


 やはりアンケート回答数二名だと判断がつきにくいなと、終夜は詮索をやめて隣の席を空けた。

 「失礼します」と千草が横に座ると、シャンプーのような女性特有の良い匂いを感じてドキっとする。

 

「(この世界でシャワーを浴びたのか……?)俺たち、少し浮いていますね」


 終夜の服装は白い漢服であり、千草は白いローブと一般的には普通じゃない。

 しかし周囲の格好と比べたらだいぶ浮いていた。


「昔はカジュアルな装備が多かったのだけど、今はみんなこの世界に馴染んだから」

「そういえば千草さんは、すでに千時間を達成していましたね。すみません、付き合わせてしまって」

「構わないわ。それにみんなMoAの話ばかりで、私も久し振りに入りたくなっていたから」

「まあ、その気持ちには少し同感です。時代に置いていかれていましたからね。千草さんは、SP競技に参加されたことはあるんですか?」

「若い時にチーム戦なら何回か。基本的に後方支援だったけど、それなりに力になれていたと思うわ」


 要領がいいからなあと終夜は思いながら、殺伐としたフィールドで戦闘に参加する千草を想像して、似合わないなと心の中で苦笑する。


「まだお昼過ぎだけど、今日はどうする? 公園デートでもいいけど、せっかくだからこの世界を見てみたらどう?」


 千草との公園デートは魅力的だ。

 だが、おそらくこの先も何度かMoAに付き合ってくれるだろうことを考えたら、甘えるのも申し訳なくなってくる。

 さすがに千時間の公園デートはマンネリが過ぎる。


「うーん」


 間断なく流れる動画の情報をもとに方針を模索していると、クイクイと控えめに終夜の袖が引っ張られた。


「…………誰?」


 今の終夜よりも小さな少女だった。

 猫耳に尻尾と、ザ・ゲーム世界の住人って感じである。

 瞳に子ども相応の感情が感じられないものの、悲しげな印象を受けた。


「ふふ、やっぱりきたわね」


 千草が少女を抱き上げて膝上に乗せ、頭を撫でながら終夜の疑問に答える。


「初回ログインをした人には、必ず困っている人がコンタクトをとってくるみたいなの。この世界のチュートリアル代わりみたいなものね」

「また運営が演じているってことですか?」


 この世界には、神娘ジンと呼ばれる異種属が生活している。

 地球人である人間は、その世界にお邪魔しているという設定だ。

 神娘側も人間たちが別の世界から来訪していることを知っており、共存を承認している。

 そのため、ゲームでよくあるNPCやAIという概念は存在しない。


「そのパターンもありますが、運営からのアルバイトとして流れを作る場合もあります」


 袖から手を放さない少女を見ると、こちらの言葉を待っているようにも見える。

 中身が大人なのかは分からないものの、かなりの演技力だ。尻尾もヘタって、千草の足の間で風に揺れていた。

 人間の子どもはログインができないため、神娘か運営であるのは間違いない。


「ちなみに私の時はママと言われたわ。当時は大学生だったんだけどね………………………………………………………………」


 千草はものすごく悲しそうにつぶやく。

 今でも充分若いものの、落ち着いた大人の雰囲気が強い。

 お姉さんと言われればそうだし、母親だと言っても違和感はない。


「俺はパパって柄じゃないから無言なのかな?」

「そう? 終夜くんも大人びているから、イクメンに見られても不思議じゃないわよ。もっとも、今は厳しいけど」


 それなら今の自分たちは夫婦じゃんと一瞬思った終夜だったが、お互いに恥ずかしくなるだけだと思って飲み込んだ。

 それ以上に、千草にイクメンに見られて喜んでいた。


「まあ無視するのも気が引けるので、とりあえず話を聞きましょう」


 千草は少女を終夜の膝上に移して向かい合わせる。

 少女は抵抗なく受け入れた。


「俺は終夜。名前は?」

「…………」

「言葉が分からないのか?」

「………………………………………………………………」


 終夜は千草に視線で助けを求めた。


「袖から手を放さないから、この子に引っ張ってもらうといいかも」


 終夜は渋々と立ち上がって少女を下ろす。

 すると袖を引っ張りながら歩き出した。

 後ろ姿を眺めていると、奇妙な違和感を覚える。

 大人のシャツを着たかのような真っ白なワンピースを着ており、履いている靴も、今終夜が履いているスニーカーと全く同じである。

 デフォルト感がすごい。


「外ですね」

「チュートリアルだから」


 MoAは第二の故郷、第二の人生と言われているが、その本質は戦いである。

 モンスターと戦うことで成長を促し、人々との協和を生み出すのが目的だ。


「外のどの辺なんだ?」


 基本的な知識として、町の付近であればそれほど敵は強くない。

 終夜にもその程度の事前知識はあった。


「ん」


 少女が指さしたのは、遠くに見える山。

 どこまでを町付近と呼べるのかは不明だったが、およそ近いとは言い難い。


「おそらく山の麓ーーーーの手前辺りのことを言っているんだと思う。山自体は難度の高い地域だけど、そこに至るまでは初心者向けよ」


 先輩である千草が軽く答えた様子から簡単なチュートリアルだと予想した終夜は、「案内してくれ」と伝えて少女を先行させる。

 袖を決して放さず軽く引っ張る様子は、なんとも可愛らしかった。


「街の外に出ても、モンスターらしきものは見えないですね」


 RPGでよく見るような草原が広がっていた。

 草木があり、風が吹き抜け、遠くでは山だけでなく丘のようなものまで確認できる。

 障害物らしい障害物がないから、敵が弱いなら初心者向けなのも頷ける。


「国の周りは弱いモンスターしかいないし、こちらから敵意を見せなければ積極的には襲ってこないわ。まあ、外部からの影響で国まで押し寄せてくることはあるけど」


 随分と抽象的な言い回しだけど、過去にあったのだろうと話半分に聞き流す。

 一連の流れに導いてくれる少女に経験者の解説と、丁寧なチュートリアルだなと終夜は思う。


「現実なのかゲームなのかよく分かりませんね」

「いろいろと検証している人が言うには、この世界はほぼ間違いなく現実とのことよ。肉体専用の世界が地球だとしたら、精神世界専用がMoAなのだとか」

「それなら、この世界で死んだら精神が消滅するのでは?」

「いえ、モンスターは人為的な操作をしなければ決まった動きしかしない。だからモンスターが起こす事象はすべて偽物だとされているの。擬似的に本物であるかのように見せているだけだと」

「こじつけな気がしなくもないけど。そこら辺の岩を投げつけても死なないのは、岩もプログラムされた物体だからで説明はできるのか。高所から落ちたら………いや、そもそも肉体をベースに考えるのがダメなのか。精神が傷つくって考え自体がファンタジーや神智学の世界観だし」


 ブツブツと思考を巡らせる終夜の様子に、少女は見上げながら首を傾げ、千草は苦笑した。


「相変わらず分析が好きなのね」

「否定はしませんが、この件はどうやっても仮説の域は出ませんね。やはり経験できないとどうにも」

「それなら、この世界の解明を目的にしたらどう? 終夜くんなら、千時間もあれば真相に近づけそうな気がするし」

「街の中にいるだけで近づければいいんですけどねえ」


 興味はあるけど気乗りしない。

 千草は残念そうに目を伏せた。


「俺たちの強さの指標って、何を基準にしているんですか? レベルという概念がないと耳にしたことはありますが」

「現実とは違う要素として、スキル、熟練度、尊号、称号の四つがあるわ。レベルに該当するのは、熟練度ね」

「熟練度というと、戦闘スタイルや武器、技の使用頻度によって変動するとか?」

「いえ、言い換えると、経験値のほうが近いかも。戦闘中に行った行為や貢献度、成果などによって自動的に蓄積されていくから。これらに指標はないし、前衛後衛などに差はないから、とにかく数をこなすしかないと言われているわ」


 なんだその漠然としたシステムはと思わずにいられない。

 完全にリアルとも言えないが、ゲームとしても中途半端だ。


「ちなみに千草さんはどのくらいなんですか?」

「…………八二万くらい?」

「それは高い…………のか?」


 基準を知らない終夜には、それが高いのか低いのかが分からない。

 だが千草の躊躇いがちな様子から、それが高いほうであることは想像できた。


「その熟練度ってどうやって確認するんですか?」

「心の中でステータスと念じてみて」


 終夜は歩きながら軽い気持ちで念じてみる。

 

 氏名:不動終夜

 尊号:

 熟練度:5

 スキル:

 称号:ルーキー



 頭の中で、自分が心の中で話す感覚で読み上げられた。

 試しに目を瞑ってみると、情報が瞼の裏で視認できる。


「戦ってもいないのに、熟練度が五になっていますね」

「それはおそらく、その子に気に入られたからでしょう。なにも戦闘だけが上がる条件ではないのよ」


 いろいろな経験をしてほしいというのが、MoAのコンセプトだったことを思い出す。

 終夜は尊号と称号は何が違うのだろうと聞こうとしたところで、終夜たちの行く手を阻む者が現れた。


「ん!」

「うさぎさんね」

「一羽? ここでは一匹が正しいのかもだけど、あれはうさぎさんって可愛いものじゃないな」


 一角本のウサギをうさぎさんとは言えない。

 最初はジッと見つめるだけだったうさぎさん(仮)が、次第に明確な敵意を表に出してきた。

 少女がビクッとして終夜の陰に隠れる。


「名称はホーンラビットね。真っ直ぐに飛んでくるだけだし、敵意を向けてから飛びかかってくるから安全なモンスターよ」

「はあ」


 リアルで獰猛な猪に出会ったようなものなのに、終夜は落ち着いた様子でぼうっと見つめる。

 熟練度八十二万の仲間がいるのだから、軽く追い払ってくれるだろうと高を括っていた。


「頑張って!」

「え?」


 まさかの展開だった。

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