暁のダブル輪舞曲
@koukouz
MoAのイレギュラー 終夜編
第1話 見た目は子ども、中身は大人
現代の日本では、VRMMOへの参加が義務付けられている。
参加資格は大学生からで、三十歳までに終える必要がある。
合計千時間のログインが完了すれば義務達成となるが、ログイン中はぼうっとしているだけでもいい。
千時間を超えれば一生ログインをしなくてもいいものの、大多数はそのまま続けることが多いほどに人気を博している。
義務付けをしている理由としては、様々な経験を蓄積して地球に貢献してほしいから。
実際、多くの出会いとコミュニケーション、協調性、困難に立ち向かう精神など、成長性の高いシステムであることが証明されている。
「ふう。千草ちぐささんに言われなければ決心がつかなかったけど」
大学二年生になった不動終夜ふどうしゅうやは、ご近所さんの勧めで避けていたVRMMO−Memoriaメモリア ofオブ Arsアルス、通称MoAモアボックスの中で深呼吸をした。
東京だけでも四百ヶ所以上に点在している施設内には、MoA世界に行くためのボックス型の機器が一万台ほど設置されていると言われている。
腕を伸ばせば簡単に壁にぶつかる懺悔室のような広さで、人が入ると自動で扉が施錠される。
また、外から内部を見るための窓もない完全密閉型のボックスだ。
大学一年生年齢、または十八歳になる年の一月一日にチケットが届けられ、最寄りの施設が登録施設として利用できる。
登録施設かつ三十歳までなら二十四時間いつ訪れても百パーセント利用できるように振り分けられており、登録施設以外でも利用することは可能だ。
終夜はとある理由から、この施設には初めて足を運んだ。
「まあぼうっとしているだけでいいって言うし、千草さんも一緒に来てくれるからさっさと千時間をクリアするか」
一般的に、大学に入学してすぐにMoA漬けになり、勉強会や友人とのコミュニケーションもMoA内で行う。
大学の授業はリアルで行われるものの、友人との会話は決まって、「続きはMoAでな!」で終わる。
だから終夜はロクに友人もできず、ただただ単位を取るためだけに大学へ通う一年を過ごしていた。
社会人になっても周りがモアを利用するため、千時間を達成するのはそれほど難しくない。
だがこのままではいけないと、ご近所さんの千草が無理やり誘った次第である。
「ゲームと違って初期設定がないのは楽でいいね」
目の前にあるタッチ式のパネルでログインコードの入力を求められ、その後に転移先を選択するだけ。
初めて利用する終夜でも、この作業だけで準備完了となる。
『転移可能』と表示されている画面を見て、終夜は再度大きく深呼吸をした。
「転移」
このワードが始動キーとなり、終夜の意識が強制的に落とされた。
◇◇◇◇◇
意識が落とされたのは一瞬だけで、次の瞬間には真っ白な世界が広がっていた。
否、真っ白いのは半分だけで、もう半分は真っ黒な世界が広がっている。
「聞いていたイメージと違うな」
近未来的な機械と半透明のパネルがそこかしこに設置されていると耳にしていたのだが、終夜には白と黒以外の単語が見つからない。
「この世界は主らの精神を反映しておるゆえ、人によって世界が変わるのじゃ」
古風な話し方だなと思って上を向くと、目のやり場に困る肌色が視界に飛び込んできた。
半分Tバックなんじゃないかと思うくらいの下半身に、二分の一くらいしか隠れていない胸元。
下半身の前面はサイドから広がっている中途半端なスカート(終夜目線)で、際どい部分だけがなんとか誤魔化せている感じだ。
少し動いたら意味がなさそうだけど、空気椅子の格好で足を組んでいるからとりあえずは問題ない。
空気椅子の格好でというのは、完全に宙に浮いているからだった。
まあゲームみたいなものだしと、終夜は特に気にせず質問する。
「お前が女神か?」
初めてログインをした時に、案内役として女神が現れるというのは有名な話だ。
「女神? そんな呼び方をするのは主だけじゃが、まあそのようなものじゃな」
「話に聞いていた女神は、感情のない話し方をするって聞いていたんだが…………」
もっとも、アンケート回答数は二人なので、ランダムだと言われればそれまでだ。
見た目や話し方からして変わっているものの、これが当たりかと問われれば当たりと言えるだろう。
綺麗だし、会話のキャッチボールができる。
黒と銀色のオッドアイの瞳がなんとも神秘的だった。
目に毒なのは終夜からしたら困りものだけれども。
「ふむ。視線が泳いでいるのは気になるが、さっさと必要な説明をしようかの。ここが主らの言うげーむと違うのは理解しておるか?」
「キャラクターメイキング、つまりはアバターという概念がなく、本人そのままの姿や名前で行動することになるって話のことか?」
「むむ、なんだか難解な単語でよく分からぬが、主本来の姿から変わらないというのは正解じゃ」
AIだと思っていたが、どうにもAIらしくない。
もしかしたら中の人がいるのかもしれないと、終夜はアナログな人を相手にしていることを意識して、言葉を選ぶことにする。
ゲーム世界でアナログ知識というのも奇妙な話だが。
「ゲームのようでゲームじゃない、というのが謳い文句だったな。つまり、世界観や能力以外はリアルに準ずるということか?」
「そのとおり! げーむ? とやらのワードを使ったのは、現代っ子に合わせるためだとか。第二の現実として生活してほしいということじゃな。まあそんなことはすでに知っておるか。妾に出会った主は、ぼーなすたいむなのじゃからな!」
「(ものすごく人ごとのように言うな…………リアルを追求したAIなのかな)」
時代は進化しているんだなあなどと思うと同時に、江戸時代から現代にタイムスリップをしたかのような設定に、不覚にも可愛いなと思ってしまう。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。妾はカオス。偉大な神じゃ!」
痛い設定も盛り込まれていた。
もしも自分のプレイヤーネームがカオスだったら、ガチの引きこもりになっていたところだ。
「不動終夜」
「む、不動とな?」
組んでいた足を崩して、覗き込むように浮かびながら顔を近づける。
バーチャルなはずなのに暖かな吐息が感じられ、少しフラついただけでキスしてしまいそうな距離に終夜はドギマギする。
しかし呼吸は感じられるのに、なぜだか存在が希薄に感じられた。
やがて満足のいく回答が自分の中で得られなかったらしく、しかめっ面のまま離れる。
「まあよい。いくつか質問があるゆえ、気軽に答えよ」
「分かった」
「主はあちらの世界で何を成したい?」
「特に何も。義務である千時間をさっさと終えたいだけだ」
「ソロと集団、どちらがタイプじゃ?」
「ソロ」
「リーダーとサブでは?」
「サブだな」
「二人の大切な者が共にピンチになっておる。一人なら確実に助けられるが、主はどうする?」
「どちらも助ける」
性格診断のような設問に、終夜は全て即答する。
カオスは「ふむふむ」と言いながら、どの回答にも反応することなく淡々と進めていく。
「自身や他者を守るためには、破壊的な力、強固な防御、最速の回避のうち、どれが最強だと思う?」
「回避……かな」
「では攻撃、防御、速度の中で、主が最も劣っていると思うのは?」
「速度」
ここでカオスは初めて、微妙な表情を見せた。
銀色の瞳がわずかに輝いて見えたような気がして、吸い込まれそうなくらいに凝視される。
「神である妾には、お主の能力値が視認できる。どちらかといえば速度に特化しており、防御が薄く見受けられるのじゃが?」
「速度と技術があれば防御はカバーできる。だが、大切な人を守るにはもっと速くなければ意味がない」
「ふむ。たいていの人間は己の力のみを求めるものじゃが、お主みたいな思考を持つのは珍しい。特に不動の血筋ではありえぬ考えじゃ」
「神を自称するだけあって、さすがに物知りだな」
「まあの。変わり者じゃとよく言われんか?」
「異端児だと言われたことはあるな」
「はははははは! なるほどな。まあでなければ妾が当たることはないか。うむ、面白い!」
全知であろう神はすべてを悟っているようだが、終夜には意味の分からない納得をされていることに疑問しかない。
「質問はあと二つじゃ。主は、困難が目の前にあった場合、どのように行動する?」
「ケースバイケース。基本的には避ける。俺の許容を明らかに越えていたら、妥協ルートを模索するといったところかな」
「ほー」
ニヤニヤとした笑みでカオスはうんうんと頷く。
面白おかしくてしょうがないといった感じだ。
「では最後じゃ。この質問は、過去全員に必ず行なっている。その回答が今後を左右することになるから、心して答えよ」
「ああ」
まだ瞳の中を覗き込むような視線に終夜は戸惑いながらも、カオスの言葉を待つ。
カオスも笑顔は崩さないながらも、緊張した面持ちで口を開いた。
「主はこの世界で、何になりたい? または何をしたい?」
「随分と漠然とした質問だな。たいていの人は、強者になりたいとか言うんじゃないのか?」
「無論そうじゃが、回答は具体的にしてほしい。何をするために、何を成すために、それを欲するのか」
一般的に、この回答に要する時間は平均して皆長い。
VRMMOを利用したゲーム世界という認識上、この回答がMoAでの能力に関わってくるのだろうと、イメージに認識の齟齬が発生しないように伝える言葉を考えるからだ。
カオスはあえて伝えなかったが、例えば神の如き力で人々を蹂躙したいなどという薄っぺらい言葉だと、MoAでは全く反映されない結果となる。
神の如き力とは具体的になんなのか。
何のために、どのように蹂躙したいのかなど、さらなる深掘りが必要となる。
逆に言えば、その深掘りが本人でもできていなければ、それは薄っぺらい内容だということになるからだ。
しかし終夜は、十秒ほど黙考した後に口を開いた。
「まあお前は赤の他人だから言うがーーーーーーできるなら変わりたい……! 不動に縛られていた俺から、不動に捉われず、他人にその力を使うために脱却したい!」
「ほう。これは今回の主旨とは関係のない質問なのじゃが、先ほどから自身のことは二の次のように聞こえる。変わりたい理由も他者が理由にな。お主自身は良いのか?」
「神なら分かるんじゃないのか? 俺は不動だから。戦う力には特化していても、守る力は弱い。だが不動だからそんなことは許されない。でもせめてこの世界なら…………と思っただけだーーーーーーーーーーはっ、俺らしくないな」
「はははははははは!! そうか、そうじゃったな。良いぞ! 妾は主を気に入った!」
「それはどうも」
もはやどこまでがマニュアルのやり取りで、どこからがカオス個人の意見なのかが分からない。
中の人がいるのであれば、こういう反応が自然でリアルなのかなと、終夜は疑問に思うことを放棄した。
それよりも、腕組みした上にある二つの球体がプルプル揺れていることに困っていた。
「む、相変わらず視線が泳いでおるな。主は不動としての自信はあっても、お主自身に対する自信はないと見た。捉われておるのじゃな」
「まあ、否定はしない」
「よしよし。ではこの美貌ある万能な女神様直々に、お主に神なる力を授けよう。目を瞑るがよい」
まるでキスをするためのフリみたいだなと思いながら、終夜は素直に目を瞑った。
カオスが近づいてくるのが分かる。
カオスそのものの気配は感じられないものの、何かが動いているのはなんとか分かる。
ガッツリ両手で顔を固定され、躊躇っているのか数秒間動かない。
様子を見ようか迷っているのが瞼の反応として表れたらしく、カオスが「目を開けるな!」と怒鳴った直後に、柔らかな感触が右瞼に触れた。
「め、女神様の接吻じゃ。ご利益があるぞ」
目を開けると、すでに初期位置に戻っていた女神様が別人のように真っ赤な顔をしていた。
瞼へのキスよりも、服装に羞恥心を持てと突っ込みたい気持ちを抑える。
「良いか? その力は強大じゃが、同時に主の欠点を克服しなければ真価を発揮することはできぬ。本当は妾の口から言ってはならぬのじゃが、一つのアドバイスを授けよう」
真剣な面持ちをしているのに、まだ仄かな朱色の残っている顔が緊張感を下げてしまっている。
思いなしか、少し早口になっているような気もした。
「あの世界は、想いや覚悟が力に変換される。というより、主ら本来の能力に気づかせてくれるのじゃ。主の欠点に通ずるところでもあるゆえ、そのことをゆめゆめ忘れぬようにな」
「分かった」
「(なんか俺が大冒険することを前提に話している気がするけど、千時間をぼうっとすることは許されないのだろうか…………?)」
個人的な期待を感じるがゆえに聞きづらかった。
というより、質問の中でハッキリと答えたはずである。
「よろしい。ではおまけに、主らの通貨と同じ一万円を贈与してやろう」
他にもいくつかのアドバイスを十分以上休まず説明すると、カオスは満足そうに手を叩いた。
「うむ! そろそろ送ろうかの。久方ぶりの人間に舞い上がってしまったわ」
AIにも数が多いようだと、終夜はどうでもいい推測をしながら息を吐く。
「待ち遠しそうじゃな。転移は専門ゆえ、妾のは速いぞ」
時々自慢が入ってくるのは、神ゆえなのだろうか。
もはや終夜は言葉を発することはせず、カオスが満足し終わるのを待つ。
「ああ、主がやりやすいように、もう一つおまけを加えておいた。また会える日を楽しみにしておるぞ」
ぼうっとしていると、締めの言葉を伝えてカオスが手を振った。
おまけを聞き出すことができず、最初に飛ばされた時と同じように視界が暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます