#12.オリジンソフィア

「……もう疲れました」


「ギブアップかい、サゴリン君?今は4615回目だ…まだあと約24000以上の候補が残っているよ」


「さすがに……あはは」


体にどっと降りかかる疲労、なぞの吐き気、立つのもままならない震える足。そして、僕より先に寝てるヤギさん。


「いいのさ、君はよくやってくれた。ほら、横になって」


ソフィアさんは僕の背中をさすって、いつの間にか用意されていた手術台のような所に誘導しようとしている。


「小さな体だね……君は何歳なのかな?」


「いちおう……九歳」


「ふぅん、これは驚いた。九歳……なら精液は無理か……いや、刺激は与えてみるだけ試すか」


範囲選択デニスエード自分自身エーゴ


「なんだまだ余力が残っ」


我を隠せハイデラル


変な実験をされてたまるか、僕は……逃げるぞ。


我を隠せハイデラル?それは語りかける魔法ロクアミニの透明化魔法……なぁ、君…いったい何者なんだ?」


「んん~はっ」


ヤギさんが起きた。


「あっれ~寝てたんか。ん、サゴリンは?」


「あぁ、ヤギくん。おはよう、君の連れが消えちゃったよどうしよう」


「ん~」


「なんでも語りかける魔法ロクアミニなんていう神話の魔法を使うもんだから、ボクは悪しき魔力よりも君たちの存在に傾きそうなんだ」


「はぁ、寝てたけどなんなくわかるよ。疲れてるサゴリンに無理やり実験しようとしたからでしょ?そりゃ嫌がるよ」


ヤギさんは立ち上がり、見えないはずの僕の襟首を掴んだ。


「帰るよ~サゴリン。んじゃあな、ソフィアちゃん」


「ま、待ってくれ…せめて泊まりがけでさ。何もしないと誓うよ」


「夜這いするき満々でしょあんた。いっとくけどね、子供相手に趣味悪いよ~せっかく端正な顔立ちしてんのに台無しだわ」


「ボクは研究が全てなんだ。頼む、知らないことがあると気が触れてしまいそうでさ」


「もう触れてるよ、それに……悪しき魔力?ならもう完成してるじゃない」


「…は?」


え?


範囲選択デニスエード……さっきサゴリンが唱えたこの呪文からは全く別の匂いがしてたよ。その匂いで起きたんだけど……まぁ、語りかける魔法ロクアミニってやつが鍵になってるんじゃないの?いままで匂いの違いなんて全く気にかけてなかったけどね」


そんなはずが……


「適当なことをいっているのか?そうであるならボクは決して笑わない。むしろ不愉快だ」


「あんたが死ぬほど絶賛してたアタシの五感がいってんの、信用しないなら別にいいよ~」


「いや、違う。そうであるなら、ボクの研究は、今まで無駄だったって、ことになる。ボクら、人間は、語りかける魔法ロクアミニなんて、唱えられないから、死ぬまで、違っていた、ことになる」


「なにいってんの?ってか姿表していいよサゴリン」


「うん……」


魔法を解除した。


「3年の年月は、ボクにとって重かった……。代償としてオリジナルまで死んだというのに」


3年……そうだ、ハンケイン区で出会ったソフィアさんも同じことを言っていた。


「"ボクは悪しき魔力を研究して三年経った。まだまだ甘ちゃんだろうけど、何一つ解明できてないんだ"」


たしか、こういっていた。


「……?」


「3号さんの方が現実的に自体を把握していたみたいですよ」


「……そんなこといっていたのか?」


「はい、記憶してます」


「ふふ、ふふふふふ。あはは、そうか。そうなんだね。ボクは……いつまで研究家気取りでいるつもりなのだろうか。3号に甘えてたよ!いつも現地調査は彼女に行ってもらっていた。状況を把握する力も、研究に対する純粋な熱意もなにもかもボクは負けていたんだね」


「……」


「2号が優秀だと、2号が偉いと、いったい誰が勝手に決めつけていたのだろう。年功序列ってそんなに偉いのか?……ボクは何も変わらぬ存在であるのに2番手を気取っていたのか」


「あの…」


「いいんだ、大丈夫。少しひとりにしてくれ。不当に拘束しようとして悪かった。心より謝罪する」


「なーにいってんのあんた!!」


ヤギさんは僕の襟から手を離し今度はソフィアさんの肩を強く叩いた。


「早く生まれた方がえらいに決まってんじゃない!」


え?そうなの?


「なにを…」


「だからこそ、本来あんたが導かないと行けない立場だったんでしょうが。そんなやつが一度の失敗くらいでクヨクヨすんな」


「いや、でも一度と言っても三年は長い……」


「オリジナルのことを鑑みて同じことが言えるの?あんたは三年、オリジナルは一生よ?」


「……」


「あんたに出来ることをやりなよ、3号ちゃんはそれでもあんたに従って現地まで行ったんだろ?」


「…そうだね、はは……9歳にわからせられてしまったよ」


「歳なんて関係ねーよ!」


「んっ」


ヤギさんはもう一度強くソフィアさんの背中を叩く。


「んじゃ、今日一日で色んなこと知れてよかったね。あと、色んな課題も見つかったね。あんたの研究人生はこれからも山あり谷ありじゃない。精進しなよ、ソフィアちゃん」


「お、お疲れです」


「うん、頑張ってみるよ」


「サラファンに帰るぞ、サゴリン」


「わかった」


そうして僕らは、無事になんの研究もされることなくソフィアさんの研究室から脱出した。






ボクのオリジナル、そして3号へ……ボクがヤギという女の子から肩を強く叩かれた時、言葉にできないような感情が込み上げてきた。

これから当分はそのことで頭を悩ませそうだ。

おおよそ、この感情について検討は出ているが、どうもまだ信じたくない。

つまるところ、悪しき魔力はボクら一般人には手が出せない領域であったわけだ。

だから僕の当面の研究対象はこの感情についてにしようと思う。


ボクはこれを恋と仮定する。


だが、種の保存を目的とした恋ではない。同性だからね。


ってことはつまり、論理的な言葉では語れない崇高なものをボクはこの心で感じているのだ。


ボクらしくないと笑ってくれ、だけどね、この研究は悪しき魔力や語りかける魔法ロクアミニなんかよりよっぽど難解なものだと思うんだ。

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