#11.マッドサディスト
【イアストラ王国_ハンケイン区_王立図書館テラス_過去】
僕らはいま、いつもの特等席ではなく王立図書館のテラスにいる。
「今日は天気がいいわね、ごめんなさい。無理言ってしまって…」
「いえ、僕も…外で本を読むことは趣があって好きです」
あの時の膝枕から、僕とアメリさんの距離は妙にぎこちない。
もちろん彼女は意識などしていないだろう、僕が少し過剰になっているだけだ。
「風が涼しいわ……ねぇ、あなたは小説なんて書いたことある?」
「僕…ですか?僕は……感想ばっかりでそんなことはした事ないですね」
「そう、私もなの。読むことばかりに取り憑かれて一度も創作的なことをしたことがない」
「はは、でもまぁ……僕は一生読み手の様な性分ですし」
「悲しいこと言うわね、私もなのかしら」
「アメリさんは……何か創れるんじゃないですか?」
「さき創作的なことはしたことがないと言ったばかりよ」
「してみたら……案外なにか出来るのかもしれないですよ?その…失礼かもしれませんが、僕より人生経験は豊富そうですから」
「そうね、いっそあの人のことを書き綴ろうかしら。自叙伝みたいにね」
……あの人。
「自叙伝なんて人気でないですよ、読書はもっと大衆を引き付けるべきです」
「そうかしら……でも、大衆に見せるつもりもないわよ」
「まぁ、そうですね」
「あの人のことなら何万文字でも書ける気がするの、できたらあなたにも見せようかしら」
「……いいんじゃ、ないですか?」
何を言ってるんだ、"いいんじゃないですか?"じゃない。ちゃんと"ぜひ読ませてください"だろ。
僕はいったい、何を考えているんだ。
「あからさまに元気が無くなったようだけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「そうよね、自分語りされても反応に困るわよね」
彼女は苦笑いした。
違う、そんなことを言いたかったわけじゃないんだ。
「いえ、僕は興味ありますっよ。その自叙伝……」
「どうしたの?ぎこちないわよ」
なにか……なにか僕の体で化学反応が起きている。
いったい、僕はどうしてしまったんだ。
「最近いつもおかしいけど、今日は特段に変ね、どうしたの?」
「……その、僕にも分からなくて」
「そう、そうね」
彼女は閉じた本にかけている僕の手を握った。
「……」
「ぁ、の、ぃかがなさいましたかっ、アメリさん」
声が、おお、僕の声がなんて滑稽な。
「うふふ、そういう事だったのね」
彼女は静かに手を離した。
「あなたは今私に恋をしている……どう間違ってる?」
「いや、その……なんていうか」
この動揺した返しが答えだろう。
「大丈夫よ、小さい子によくある話なの」
彼女は僕の頭を優しく撫でる。
「背伸びしているだけ、あなたのような10にも満たない子は大人への憧れを恋として認識してしまう。はっきりいえば私もまだ大人では無いのだけれど」
「……」
そんな単純な理由か?
「ごめんなさいね、私が彼のことばかり話すから嫉妬してしまったのね。大丈夫よ」
「そんな単純なことなんですか?」
「えぇ、時期にわかるわ。大丈夫、でもね甘える分にはいいのよ。その欲求だけは満たしてあげれるわ」
「……」
確かに僕は九つだ。だが、前世と合わせれば二十歳は越える。
体の成熟とともに考えも変わっていくことは百も承知、なんなら僕はこの体でまた同じ思春期を迎えることもわかってる。
精神的な成長はほとんど無いこともわかっている。
「嫌…なんですよね。このことで子供扱いされるの」
「えぇ、もちろん。あなたを子供扱いなんてしていないわ」
してるじゃないか……分かってるよ。肯定することで僕が満たされると考えているんだろ?
それはあまりに安易すぎる。僕の気持ちを踏みにじっているというのだ。
だけど……
「そうですよ、僕は子供じゃないですから~」
子供のように演じてみせる。僕とアメリさんは…そういう仲にはなれないから。
あなたに彼の幻影がいつまでも付きまとうなら僕に勝ち目はないじゃないか。
【ソフィアの研究所】
「お願いします、研究させてください」
ソフィアさんがヤギさんに懇願している。
「お願い……します、彼の体をすみずみと」
「ダメです」
「本当に……お願いします」
これもまた僕のやらかしだ、9歳にして魔法を唱えられることだけでも異常事態なのに、僕は難しい魔法も、そうじゃない魔法も大量に詠唱してしまった。
「彼の……中にある…膨大な魔力量は…ボクの興味を十分に惹き付けしまった。ボクは一日で五つくらいまでが限界なのに……彼は百以上…なんならまだ疲れずに唱え続けることが出来る。これを研究できないなんて生き殺しだ…」
「研究って具体的になにするの?」
「それはもう、全部調べるのさ。身体中の隅々ぜんぶ、ありとあらゆる体液の成分を調べ、人と特異な臓器がないか調べあげる!どうだい、興味はないか?」
「なーい、ってかなんだよ。ありとあらゆる体液って」
「血液、唾液、汗、尿、精液、その他もろもろ全部」
「うわっ……引いたわ。ちょっときついよ、ソフィアちゃん」
「なんなら君でもいいんだヤギくん」
「さらに引いたわ」
なぜ僕に選択肢がないのか、僕だって嫌って言いたいのになんかヤギさんの一存みたいになってる。
「とりあえず、今は悪しき魔力を片っ端から唱えていってるんでしょ?それ終わらせてからにしたら?」
「それを終わらせたらいいのかい?」
「サゴリンが嫌がらない程度ならいんじゃない?」
「よしっ、早く終わらせようサゴリンくん」
「いや、あの」
「今日のノルマは君がへばるまでだ。これでも充分な研究は出来そうだよ。君の魔力の限界と悪しき魔力へのひとさじ。よし頑張ろう」
「了解し…ました」
なんかもう色々めんどくさいが、悪しき魔力の研究…魔法の繰り返し詠唱……これに関してはソフィアさんまでとはいかないが僕も興味を持って取り組めている。
興味を持って……というのはただ悪しき魔力を創り出すために生産的に唱えているわけではなく、いつ現れるか分からないワクワクに浸りながら唱える…ということだ。
悪しき魔力の詠唱に失敗すると、もちろん何も起こらない。
なぜなら魔法にエッセンスを加えるということはオリジナルをイジって唱えるということになる。
そうなれば詠唱文そのものが違うので魔法は出力されない。だが、もしそのエッセンスが悪しき魔力にカウントされるのであれば詠唱に成功してしまうことになる。
まぁ、出力されなくても詠唱文そのものに魔力を使うからある程度は疲れるのだが…
このいつでるかわからない緊張感は、僕の神経を刺激する。
そして、なにかアクションが起きたのは何千回目か、唱えた時だった。
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