#10.何万通り

僕は馬鹿だ、本当にノロマだ。

僕はなんて馬鹿だったのだ。


【サラファンから遠く、メモの場所_夕方】


ついてしまった。結局なんの連絡もしないままソフィアさんの研究室までついてしまった。

あの時、引き返そうとしてたのに……のに、よりにもよって、僕はそのことを忘れて道中をのほほんと歩いていた。


「木造のログハウスだねぇ~、どうする壁くり抜いてヒーローっぽく入る?」


「ダメに決まってるじゃないか、とりあえずドアをノックしてみよう」


いないと決まっているのに、なぜ僕は叩こうとしているのか。

いませんでした、ちゃんちゃんでヤギさんが許してくれることを期待しているのだろうか。


「叩くね」


「おう」


コンコンコン


「こんにちは、ソフィアさんはいますか?」


ん?扉の向こうから物音が……もしかして…

そうだ、ソフィアさんはなにも研究を一人でしているとは言っていなかった。つまり人がいるっ。

ドアがガチャっと開いた。


「はい…あれ、君は…」


顔を覗かせたのは…ソフィアさん?あれ……なんでいるの?


「サゴリン、この子がソフィアさん?」


「は、はい。僕の記憶錯誤でなければ」


「……むぅ」


ソフィアさんはドア枠にもたれかかって考えこんでいる。


「あの、どうかしたんですか?」


「…いやぁね。申し訳ないけど君がだれか…ボクには検討もついてない」


「確かに名前は言ってませんでしたけど…この顔に見覚えは…?」


「あはは、そんなにじっと見つめられたって。君の童顔がいかに可愛いかしかわからないよ」


本当に分からないみたいだ。


「あの、ハンケイン区以来なんですが…なんならちょうど5時間前くらいの話なんですけど…」


「へぇ……ハンケイン区…?それって文化の森のことかい?あぁ、それなら。この場所を書いた紙を持っているだろう?出してごらん」


「あっ、はい。これですね」


メモを差し出す。


「うんうん、間違いないね。こういうことがないように連絡して~って忠告してたと思うんだけど言ってなかったかな」


「すいません……僕の不手際です」


「素直に謝れるならよろしい、ほら2人とも入って」


そしてログハウスの中に招かれた。

中はまさに研究室……ってよりかは魔女の家と思った方が想像につきやすい内装だ。

だが、資料であろう紙の散らばり具合はまさに研究という言葉を鮮明にみせていた。


「そこのテーブルに座って、なにか出すよ」


「おかまいなく」


「おかまいしてくれるんすか?」


「あはは、女の子の方はなかなかユーモアがあるね。ボクに似てるよ」


どうやらソフィアさんはサラファンで購入したと思われる薬草を煎じているようだ。


「時期的にはまだ早いけど、暖かい飲み物はいかが?」


「ありがとうございます」


「お菓子もつけてくださいっ!」


「貪欲だ、ふふ。いいね、いいよ、お菓子も出してあげよう」


子供の特権をフルに活用しているヤギさんは頭がいいのやらそうでないのやら……


「お待たせ」


そうして、僕らに薬草茶とかわいい焼き菓子をだしてくれた。


「お菓子はボクの手作りなんだ、口に合うといいけど」


「いただきますっ!」


欲望に従ってヤギさんはお菓子にがっつき始めた。


「ふふ……それで、見たところ僕に話があるのは君だろ?名前はなんて言うんだい?」


「サゴリンです」


「へぇ……出身はどこの地域かな?」


なんだ、深く聞いてくるな……


「イアストラです」


正直に言っても大丈夫だよな…?


「イアストラ……君?いや、君たちは生き残りかい?ふーん……悪しき魔力から逃げ出せたんだね」


ん……なんかまずい。


「いえ、たまたまその時にイアストラにいなくて…最初に城が爆発したのを見てそのままサラファンまで逃げて来ました」


「お父さんとお母さんは?」


「……その話は」


「死んだの?」


わざと濁らせたつもりなんだけどな。


「……はい」


「へぇ、君たちだけ……ね。それでさ、ひとつ気になることがあったんだけど」


「なんですか?」


「君、今日ハンケイン区でボクと会ってるはずだよね?なのになんでもうここに来れたの?位置的には何日も要すところにあるはずだよ」


「…え?あっ、それは」


「ソフィアさんおかわり!!」


「…そんなに美味しかったのかい?いいよ、持ってこよう」


ソフィアさんは食べかすの残った皿を持って立ち上がり、そのままキッチンへ消えていった。


「ちょ、やばいよサゴリン。あのイケメン女…何かヤバめなオーラ出てるよ」


「僕も少し案じてる……なんていうかハンケイン区で会った時と雰囲気が違うってゆうか」


「お待たせ、なんの話しをしてたのかな?」


……!


「いえ、お菓子美味しいねぇって話です」


「あはは、君食べてないじゃないか。見たところ、お茶にも手をつけてないみたいだし」


「あっ、いただきますっ」


「うわっ!ごめん、サゴリン!」


え?


「あちっ…」


「うわぁ、ごめんね!アタシのせいでお茶こぼしちゃったね!!ソフィアさんごめんなさい!」


「……」


「ソフィアさん、なにか拭くものを…」


「気づいてたのかい、君。なぁ、君の名前はなんだい?」


ソフィア…さん?


「ヤギでーす。気づいてたって何が~普通に手が滑っただけですケド」


「いいんだ、そんな小芝居打たなくて!君がお菓子だけ食べてお茶に手をつけていないのが唯一の証拠じゃないか…」


「…だからなんの話~」


「いいんだ誤魔化さなくて!気づいてたんだろ?ボクが睡眠薬を仕込んでいたことを」


睡眠薬…?


「僕が来客用に使うティーカップは2種類あってね。ひとつはなにもしてないただのティーカップともうひとつは内側の側面に強烈な睡眠作用のある薬を塗っているものだ……。先から君たちに矛盾のある言葉がずらずら出てくるもんだから気になってさ。眠らせていろいろ調べようと思ってたのに……気づいちゃったんだもんね」


それは本当なのか……僕には何も違和感なんて。


「そりゃあね、なんか変なもんが混ざってることくらい匂いでわかるわよ。アタシ最強だから」


「嗅覚で……フムフム。あはは、ありえない話だけど実際にヤギくんは実行したんだから信じるしかないよね」


「……」


「いいよ、疑わしいから調べたくて調べたくてしょうがないけど、君たちの話を聞いてあげよう。ボクに一体何の用だい?」


「いいなよ、サゴリン」


「う、うん。まず最初に…確認なんですけどあなたは本物のフィア・ソフィアさんですか?」


「うん?それはうんって答える以外に解答があるのかい?そもそもなぜそんなことを聞くのか」


「サラファンのギルドにはソフィアさんの死亡報告が来ているとのことです、まだあなたが同一人物かどうかは確証がなくて」


「あぁ~そのことか。そうだよ、たしかにボクは死んでる。けどね、こうやって生きてる」


「……?」


「悪しき魔力をずっと研究していたら、その途中によく別の魔法に巡り会うことがあるんだ。その中にあった魔法がね、傀儡魔法ネクレース……内容はね、使用者と全くそっくりな意志を持った人形を生み出す魔法。コストが高かったから僕を二体呼び出すことが限界だったけど、上手くいったよ」


「つまり……それは」


「お察しの通り、僕のオリジナルは研究熱心すぎて死んだよ。だから、今日サゴリン君がイアストラでスカウトを受けたのは三人目の僕、そのうち帰ってくるはずさ」


「……そういう事だったんですか」


「へぇ~そんな魔法サゴリンだったら軍団作れるね~。チームスポーツひとりでできるじゃん」


「ん……もし君、魔法の才能があったりするのかい?」


「い、いえそんなことは」


「いやでも、3号が君をスカウトしたんだ。なにか惹かれるものがあったんだろう」


彼女は腕組みをして考え込んでいる、一体何を……


「そうだっ、サゴリンくん。君が悪しき魔力で創られた魔法を唱えてみないかい?」


「え?」


「実はね、この研究は禁忌だからなかなか人を集められなかったんだけど、どうだい?人助けだと思って」


そうか、ふたりめの彼女は僕が追い求めている魔法こそが悪しき魔力だと知らないんだ。


「ぜひ、僕が来た目的はそれですから」


「助かるよ!ぼくひとりじゃ魔力が持たないからね~、君がいてくれて幸せだ。それじゃさっそく」


な、なんとおびただしい数の紙の山……そんなもの持ってきていったい何をするつもりなんだ。


「この紙の山にはね、ボクが考えたパターンが何万通りも書いてある。君も知っているだろう?悪しき魔力は普通の魔法に少し手を加えるだけって」


「それは…もちろん」


「さぁ、全部試そう。これ全部」


「え?」


いや、何万通り……?!

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