#2.転生と爆破と冒険

【イアストラ王国】


「姫様!お待ちになって!」


「捕まえてみろ!!アビー!」


侍女に追いかけられ活発に走り回る赤い目の王女。

今年で9歳を迎える彼女は天才的な運動能力の持ち主だ。

なんせ、4歳を迎える頃には城内に彼女の敵などもう居なかった。

一国を守る屈強な騎士団すらも、その圧倒的な力を目の前にすると赤子もどうぜんだった。


「全く、ビア様は手のかかる……。それにくらべ、スレイ様はなんと聡明なお方か…。私は貴方様に使える身として、この上なく光栄でございます」


「その言葉もう聞き飽きましたよ、先生。何度言われようと僕は凡人に変わりありません」


「極めようとも決して慢心しない姿勢……、スレイ様から先生と仰がれる私めは世界一の幸せ者でございます」


なんと言われようと、僕が凡人であることには変わりない。

生まれ変わりは存在した、僕は…佐護 凛都は異世界へと転生した。

そして……


「おい、スレイ!中庭行くぞ!中庭!!」


「ビア様、スレイ様はただいま勉学に勤しんでいます故、なにとぞ…」


「しるかっ!いくぞ!」


「先生、少し息抜きに行きます」


「承知…しました」


「おら行くぞ!」


ビアは僕の手を引っ張り、中庭まで駆け出した。

僕らふたり以外は誰もいないようだ。


「勉強ばっかで疲れない?」


「うん、でもまぁ、必要とされてるから」


「まぁ、前世よりはマシだね」


ビアと呼ばれるこの少女は


「よっしゃ行くぞ、サゴリン」


「うん、ヤギさん」


僕と同じ、転生したヤギさんである。


「今日は面白い日だから期待しなぁ」


「どんな?」


「また、夢を見たのさ。私の必ず当たる夢がね」


「そうなんだ」


彼女の夢は本当に当たる、予知夢のような能力をもっているらしい。


「なんだよー、もっと喜べよ」


僕達は城の中庭から子供サイズしか通らない裏道を使い、城から脱出した。


「この辺なら安全かな」


「何があるの」


「まぁ、城を見とけって」


「うん」


城に向かい合う崖の上にふたり座る。


「あと二十分!」


彼女は懐中時計を取り出し、ニカニカ笑う。


「あと十分!」


「なにがあるの?」


「ビッグサプライズ」


どうしてもいいたくないようだ。


「いくぞ…5…4…3…2…1」


ッッッバアァァッーーーーーーーーーン!!!!


ものすごい音を立てて、城が爆発した。


「……え?」


「ものすごい爆発だな、あとかたもないよほら」


正に跡形もない、僕らが先までいた城。


「ヤギさん、なにしたの?」


「何もしてないよ、朝から原因究明の為に城を走り回ってたけどなんもわかんなかった」


「……」


「いやぁ、魔法の国ってすげぇね」


「生きてる人いるかな」


「多分いないと思う」


「一応行かなきゃ…」


「何のためにあんたと来たと思ってんのよ」


ヤギさんから首根っこを掴まれる。


「なんかヤバいのいる、行かない方がいいよ」


「なんでみんなに伝えなかったの?」


「私が言ったところでなんか変わるかよ、狼と羊飼いみたいなもんだったのに」


「……」


「それにね、やばいのが誰の命狙ってたかもわかんないのに城外に出したら被害は大拡大よ」


「……そうだね」


「だから私たちにできることは」


ヤギさんが立ち上がった。


「これの原因解明のためにこの世界を旅するのだ!!」


「……あ」


「あってなんだよ」


「旅したいんだね、ヤギさん」


「…ま、まぁね。あっ、それに!」


「……?」


「この件は、あんたの妹も関わってるみたいよ」


「え?」


「いや、たぶんね、たぶん。夢であんたに似たちっちゃな女の子が居ただけだから」


「……」


「だからいくよ!」


「わかった」


「さて、これを見よ」


ヤギさんはおっきく地図を広げた。


「まずはここの町で買い物を済ませるよ~」


彼女が指さしたのは多くのキャラバンが集う商人の町“サラファン“、だがここから行くには南の少し遠い場所だ。


「少し遠いね」


「だってこの国はもう滅ぶよ。城だけ壊して終わりなわけナイナイ」


「そうなの?」


「だから、王族の子であるアタシらが真っ先に逃げなきゃダメでしょ?」


「そうだね」


「つまりサラファンが最適解!!行くぞ!!」


「うん」


地図を見ながら前を向いて歩き出した。

……なにか違和感を感じる、先から彼女が不自然に明るい。


「歩いて着くかな~、なんにかかると思う?」


「3日くらいじゃない?」


「ご飯とか沢山持ってきたんだ~」


「いいね」


「ママのさ、好きだったやつも」


「何が好きだっけ」


「忘れんなよ~、なんかあの変なクッキーみたいなやつ……」


「イアストラの伝統的なお菓子だよ、モンチョって名前だったね」


「そー、そー、ママがね~……モンチョモンチョ」


あれ?声の調子が落ちてきたぞ。


「ヤギさん?」


「んー?」


「大丈夫なの?」


「何が~……?どした」


「ううん、なんかテンションの高低差が激しいなって」


「あはは、寝ぼけんなよ。アタシはいつもこうだから」


「そうだっけ」


彼女の手に注目する、なぜかワナワナ震えている。


「……手とか、すごい震えてるけど」


「そ…う?」


「うん」


「大丈夫~、なんもない」


僕は足早に歩く彼女の顔をのぞきこんだ。


「なんだよー、もう……」


顔面がクシャクシャだ。すごく泣いている。


「…なんでだよ~たくぅっ。なんでアシタ泣いてんだよ~」


朝から自国の滅亡を知り、身内の死を知る。

それを止めるべく孤独に城内を探し回ったが何も得られず破滅を迎えた。

たとえ転生した先だとしても、この国の女王は僕らの母親だったのだ。

優しくて、強いお母さんだった。

そんな母と城内の人間たちを僕とヤギさんは失った。


「辛いんだねぇ~、こんなにさぁ」


妹共に、また大切な人を二度失った。

まだ現実を受け入れられていないのか、それとも慣れてしまったのか、僕に涙はなかった。

でも、ヤギさんの気持ちは痛いほどわかる。


「サラファンに行ったら何を買うの?」


「え?……あぁ、そーだねぇ」


ここは嫌でも話をさえぎって今は忘れてもらおう。


「ご飯は食べたいな、サラファンって広大な草原に位置する町なんでしょ?」


「そう、伝統的な料理はマヤバラ。マヤバの肉を重ねに重ねて蒸して、特製の甘辛たれでいただく料理。ヤギさんはこういうの好きなんじゃないかな?」


「あーもう、好き好き。ってかマヤバって何?」


「前世で言うところの羊的な動物だよ。サラファンが位置するブアル草原に生息するモコモコした毛が特徴の動物、ブアルに住む民族はヤ族とヒ族に別れてるんだけど、どっちの民族もブアルは家畜として飼っているね」


「あんた詳しいねぇ~、にしてもなに?ヤ族とヒ族?」


「元々は一緒の民族だったんだけど、定住派と移動派で部内で割れちゃったらしくて、今はこうなってる。ちなみにヤ族が定住でブ族は移動、サファランはヤ族とブ族で唯一交流があるところだけど、取り仕切ってるのはヤ族だね」


「はえ、明日には忘れそっ。説明お疲れ様」


よかった、複雑な話をしたらヤギさんの脳内がリセットされたみたいだ。


「おぉ」


イアストラからかなり遠くの方まで歩いた、今目の前には広大な森が広がっている。


「この森を抜ければ、ブアル草原にたどり着くね」


「なんだっけ、なんか異名あったよね?この森」


「死霊の森だよ」


「資料??やっぱりこういう森の生態系は貴重なんだろうね」


「?」


「?」


「まぁ、いいわ。いこっ」


「うん」


僕たちが森に足を踏み入れようとしたその時、


「おい、待ちな」


通りがかりの禿げた男が僕らを止めた。


「お前らちいせえのにこの辺をうろつきやがって、いったい何歳だ?」


「9歳!!」


「9??は?親はどこだ、この辺にいんだろ?」


「おとーさんとは一度も会ったことないし誰か知らない、おかーさんは多分死んだよ!!」


ヤギさんが子供のような喋り方で答えている。


「はぁ?!お前ら一体どうやってここまで」


「あたちたちね!!この森越えるの!!」


「子供だけで死霊の森を抜けるだ?バカにも程があんだろ!」


「あっかんべっーだ」


「コノガキ……!ったく、名前はなんだ」


「な、名前だと…どうするサゴリン」


「スレイとビアは名乗れないね、ここは前世の名前で」


「なーにヒソヒソしてやがんだ、早く教えろ!」


「あ、あたちの名前はヤギよー!」


「僕は…サゴリンです」


「変な名前だな、兎にも角にもお前らがこの森を抜けようってのは無理な話だ。さっさと家に帰んな」


「は?やってみないとわかんないだろ!おおん?!」


「ヤギっていったか?おめえ先から威勢はいいが、それだけじゃどうにもなんねぇのがモンスターだ。とくに死霊の森はよくわかないのが大量にいる」


「さすが資料」


「は?」


「ん?」


「今ここでこの怖いおじさんを倒せるってなら行かせてやってもいいが、死霊の森はせめて大人になってから通るんだな」


「おじさん、今の言葉……しっかり聞いたよあたしゃ」


「あ?」


「おじさんの名前聞かせてよ」


「俺か?俺はデクラ・モヌヴィルディン……ちょいと前まで傭兵をやってた強いおじさんだ」


「なるほど~ピカおじね、まぁあんたみたいな心配してくれるおじさんは正直超好みだよ」


「ガキが何をっ……?!」


その小さな体からは想像もできないような強靭な脚力でデクラさんの真正面まで飛び上がった。


「おやすみピカピカおじさん!!」


そして強烈なデコピンをかます!!


「……ッ」


そのまま、デクラさんは膝から崩れ落ちた。


「いいおじさんだった……さ、行こうかサゴリン」


「うん、でもちょっと待って」


しっかり気絶しているおじさんの安全を確保しなきゃ……ん?

おじさんのポケットから銀のロケットペンダントがこぼれ落ちた。

僕はそのままペンダントを戻そうとしたが、ヤギさんはそれを見逃さず僕から取り上げてしまった。


「なにこれ」


彼女は興味の赴くままにペンダントを開いた。

そこには、シャラ・モヌヴィルディンという文字と共に魔法で映した18歳ぐらいの女性の人物画が挟まっていた。


「これなにかな、奥さん?妹?」


「写真が全然傷んでないし、娘さんだと思う」


「へぇ~このピカおじとは違ってすごい可愛い顔してるねぇ。まぁ、戻しとこ」


慣れた手つきでポケットにペンダントを滑らせるヤギさん。


「んじゃ、正式にピカおじから許可も出たし入ろっか」


「うん…」


デクラさんがこの辺をうろついていたのには訳があると思う。

もし、ペンダントの娘さんを探しに来ていたのなら……なんて都合よく考えすぎか。


「何考えてんだ?さー!いくぞ!!」


「うん」


僕らは鬱蒼とした森の中を突き進む、本当は慎重に行きたいがヤギさんが……。

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