蚊の日


 ~ 八月二十日(金) 蚊の日 ~

 ※機械之心きかいのこころ

  策略のこと。どっちかと言えば、

  ウソ偽りの類。

  SFの話じゃない。



 いつか叶えてくれると言っていた約束通り。

 全員を早番にしてもらった今日。


 店の正面、我が家のだだっ広い駐車場では。

 今日も一日お疲れ様会の真っただ中。


「にょーーーー!! 待ってました、焼きそば!!」

「やんややんや」

「にゅーー!」

「半熟目玉焼きもつけてやる」

「「「やったー! ママ、だーいすきー!!」」」

「誰がママだっ!!!」



 屋外で。

 炭火。


 とくれば。

 その名はもちろん。



 営業妨害。



「こらお前ら! よそでやれよそで!」


 誰も抗う事の出来ない大人の魅力。

 ダンディーな褐色の肌に。

 むせかえるソースの香り。


 焼きそばを頬張る俺たちのせいで、店の前で引き返し。

 ショッピングセンターの屋台コーナーへ向かうお客さんの多いこと。


 でも、今はこぞってバイトがいないんだから。

 客が少なくなって丁度良かろう。


「それにしても、先輩はほんとにバーベキューの達人ですね!」

「そうか?」

「バーベキューだけじゃなくて、料理全般すごいと思うけど」

「にゅ!」

「なんだお前ら。そんなに褒められても、ステーキ肉しか出ねえぞ?」

「「「やったー! ママ、だーいすきー!!」」」


 みんなして、何度もバーベキューしてるからな。

 同じパターンじゃつまらんだろう。


 俺は、鉄板を金網にチェンジして。

 その上に、塊り肉を豪快にデデン。


 その瞬間。

 散々はしゃいでた三人が。

 目を見開いたまま停止した。


「ママ、やべえよ……。なんだよこの肉の塊……。ぼく、漏らしそうになったよ……」

「こんなのフィクションの中だけにあるものと思ってた」

「にゅ」


 そう。

 屋外料理の楽しみの一つ。


 こういう、マンガみたいな食い物。


 実際には、生のままってわけにはいかないから。

 ジッパー袋に入れてぬるめのお風呂くらいの湯にじっくり漬けておいたんだが。


 そいつの外側をこんがり焼けば……。


「よし、切り分けてやるから。皿持って順番に並べ」

「「「やったーーー!! ぼくらのママは、世界いちーー!!」」」

「今後、ママと呼ぶたびに肉が一センチずつ薄くなると思え」


 誰でも簡単に設営できるバックヤードテントの下に四人掛けのテーブル置いて。


 俺だけ屋根の外で、汗を滴らせながら調理にいそしんでいたんだが。


 ようやく、空が赤く色づきはじめて涼しくなると。

 ほっとする反面。

 別の問題が発生する。


 パチン!


「にょっ!? まだ慣れませんよ、この音」

「でも、さすがは舞浜先輩。これ、ご自分で作ったんですよね?」

「にゅ」


 後輩トリオにもてはやされて。

 鼻の下を伸ばすこいつは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 夏の夜。

 屋外で過ごすための、最大の障害から可愛い後輩たちを守る。


 こいつの、信じがたい発明品は。


 パチン!


「どうして蚊が寄っていくんです? この電気罠に」

「せ、説明したいけど、三時間はかかる……」

「あはは……。じゃ、いいです」


 テントの四方に据えられた。

 弁当箱くらいのサイズの枠に。


 針金で作られた、テニスラケットみたいな格子が張り巡らされた装置。


 見たことも聞いたことも無い薬品を三種類注いでから電源を入れると。

 たったそれだけで、周囲の蚊がこぞって寄ってきて。


 パチン!


「……これ、命狙われるレベルの発明だと思うぞ?」

「で、でも、コスパが悪い……」

「そうなんだ」


 その液体が高いのか。

 そっちの粉末が高いのか。


 よくわからんが。

 世界中から悪い大人が寄ってきて。


 パチン!


 ……反対に殺しちまいそうだな。


「哀れ、秋乃が殺人罪で連行されることに」

「人じゃなくて、蚊……、だよ? 真っ黒こげにしたの」

「はいはい! ぼく、真っ黒に焼けました!」

「ひぃっ!? あ、あれほど罠に近寄らないでって言ったのに……!」

「あ、いえ。普通に、日焼けの話です」


 当たり前の話に振り回されて。

 一人でほっと胸を撫で下ろしてる秋乃には。


 この手の冗談が案外通じない。


「しかし、よく見りゃホントによく焼けたな」


 まるっと出してる肩まで真っ黒。

 朱里の見た目も相まって。

 まるで夏休みの小学生。


「お盆休みにどこかに行ったのか?」

「いえ? 外歩いただけなんですけどね」

「まじか。焼けやすいのか?」

「夏の始まりは赤くなってひいひい言ってたはずなのに、いつの間にか……。そして、ぼく。これで今年の夏も夢が一つ消え去りました」


 そう言いながら、ちびりとステーキ肉をかじる朱里の夢。


 なんだろう。

 真っ白な肌で、真っ白なワンピースでも着て。


 海辺でデートでもしたかったんだろうか。


「ぼく、毎年ついつい忘れてだぼだぼシャツ着ちゃうせいで肩まで真っ黒になっちゃうんです」

「おお。それで?」

「今年もまた、肩口に水着あとつけてセクシーな感じになるの忘れてた…………」

「うははははセクシーって朱里のくせに何言っていてててててて!!!」


 女子四人によるローキックが短パンからむき出しのスネを次々と穿つ。


 なにそれ練習したの?

 十発と耐え切れずにダウンさせられちまった。


「ワ、ワーン。……ツー」

「ぼく、将来モデルさんとかなりたいのに!」

「あれは親が免許持ってないとなれないんだぞ?」

「ほんとですか!?」

「ほんと」


 ウソのようで。

 ウソじゃない。


「スリー。……フォー」

「じゃあ、接客業がいいです! 毎日楽しい!」

「なるほど、似合ってるな」

「ゆあは、Vチューバーか考古学者になりたいんだよね」

「ファイブ。……アーユーOK?」

「両極端だな」

「にゅ」

「ああそうか。両方ってのも可能だよな」


 みんなしっかりしてるな。

 それに引き換え。


 ファイティングポーズをとる俺と。

 拳を確認するレフリーは。


 まだ、何にも決まってない。


 そして、椅子に座った秋乃も。

 自分の拳をじっと見つめて。


 なにやらぼけっと考え事。


 こいつも同じ思いでいるのかな。

 そんなことを考えながら、秋乃が見つめる拳を見てみたら。



 手の甲に。

 白と黒のボーダー模様。



「うはははははははははははは!!!」

「ちょっと舞浜先輩!? 蚊に吸われてますよ!」

「くくく……! いや、血を吸ってる様子を観察してるんじゃねえのか?」


 こいつの将来。

 学者みたいなものしか想像がつかないが。


 ほんとなんにでも興味を持ちやがる。


「観察とかじゃなくて……」

「あれ? 違うの?」

「うん」


 だったらなんの真似だろう。

 俺は、秋乃が優しく微笑む横顔を見つめていたら。


 ……実にこいつらしい返事が返って来た。


「ここまで来れた、ご褒美」

「にょ!? ご褒美?」

「だって、この蚊にとっては、御飯だから」

「御飯……」

「うん。御飯は、幸せなものだから」


 幸せな食事の時間。

 それを見つめて、幸せな気持ちになることができるなんて。


 三人組は、きっとそう感じたんだろう。

 次々に、優しい笑顔が伝染して行った。


「なんだか、舞浜先輩らしいと言うか……」

「そうだね。あったかな感想だね」

「にゅ」

「そうか? 逆に、機械みたいな感想に聞こえるけど」


 俺だけ、そっけない返事をしたことが不服だったようで。

 三人娘プラス秋乃が揃ってムッとしながら俺を見上げるんだが。


 ……だってさあ。

 この物語がハッピーエンドで終わらないことを。


 秋乃は分かってやってるぜ?



 パチン!



「帰り道にはお気を付けください……」

「きゃはははははは!!」

「ああ……、うん。このオチも、舞浜先輩らしい……」

「にゅ」

「ま、そうなるよな」

 

 あわれ、満腹になった蚊の最後の晩餐を見届けて。

 無表情でいる秋乃を見て。


「やっぱり、機械みたいだ」


 俺がからかい半分で言葉をかけると。

 こいつは、なぜだか寂しそうに。

 小さくかぶりを振った。


「あたしは……、機械だから」

「いや、冗談だって。そんなに怒るなよ」

「ううん? …………ほんとう」


 静まり返る四人の前で。

 炭から火の粉が上がる。


 言われてみれば、確かに。

 そんな状況証拠が山ほどある。


 でも。

 いやまさか。


「か、確信が持てるような証拠はあるのか?」

「………………見る?」


 そう言いながら。

 みんなに見えるように突き出した秋乃の拳。


 そこには。



 蚊に血を吸われて、ぷっくり膨らんだところに十字のネジ山が刻まれていた。



「「「「うはははははははははははは!!!」」」」


「なぜ笑うの?」

「じゃあ外してみろそれ!!!」

「だめ。これを外すと、オイルが吹きこぼれる」

「うはははははははははははは!!! そのオイル、サビで赤く変色しとる!」


 みんなを楽しく笑わせたで賞だ。

 俺は、みんなより厚く切ったステーキを皿によそって。


 ロボに手渡すと。


「御飯は、…………幸せ」

「まだ言うか」


 まるで機械のように何度も幸せと繰り返しながら。


 まるで人間のように。

 心から嬉しそうに、お肉を頬張った。


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