写真の日
~ 八月十九日(木) 写真の日 ~
※
どんなものも不変ではなく
絶えず変化する。
三度目の正直を迎えた、ワンコ・バーガーの休憩室。
俺の前に置かれているものは。
「愛されてるのか?」
「とうとう正しい聞き方に変化したな」
「き、昨日教わった通りに作った……」
「後でなのよ。焼きそばのソースは」
理系教科は百点満点。
文系教科は壊滅的。
と、いうことは。
料理は文系教科らしい。
昨日、カロリーをよこせと言ったせいだろう。
信じがたい数字が書かれた巨大なカップ麺をいそいそと持ってきたんだが。
結果的には。
ヘルシー薄味。
というか不味い。
「なぜ書いてある作り方読まんの?」
「お、教わったから、同じに作ればいいと思って……、ね?」
ゲームも家電も。
こいつは、説明書を読まずに使う。
ああ、そうかそうか、今気がついたよ。
俺の扱いが酷いのは。
保坂の説明書を読んでないからだな?
ぱしゃ
「……なにをする」
カンナさんが、随分ごついカメラを俺に向けて。
断りも入れずにシャッターを切る。
俺は、秋乃に向けるべき腹立たしさをこいつに向けながら。
味もそっけもない麺を口の中に押し込んだ。
「……迷惑だ。すぐ消せ」
「嫌だね。青春の一ページを、いつまでも色あせぬ思い出に」
「いいか? よく聞け」
「なんだよ」
「4184キロカロリーもの薄味麺を食らい続ける拷問なんて、嫌な思い出だ」
「まあ、そうだろうな」
「人間の脳には、嫌なことは忘れて嬉しいことだけを覚えておける便利な機能がついてるんだ」
「そんな、神が作りたもうた便利機能への冒涜は蜜の味」
ぱしゃ
すげえ嫌味な顔して再びシャッター。
ひでえ性格してやがるぜほんと。
「どうしたんだよそんなカメラ」
「この店のレアキャラ社員が夜中に遊びに来てな? 二個持ってたから一個貸してもらった」
「カメラを二個持ってる? 変な奴だな」
いい加減、この薄味に飽きて来た。
そう思って醤油で味変してみたが、よけいに不味くなったんだけど。
「変じゃねえぞ。カメラマンなんだから」
「ここの社員だよな?」
「こっちの方が副業だよ。給料なんかろくに出してねえ」
「へえ! じゃあ、カメラの仕事が無い時だけここで働いてるのか!」
「そういうこった。結婚式専門のカメラマンなんて珍しいことやってるんだぜ?」
「なるほど、カメラマンか。そりゃ二つ持ってるのも納得。…………ん?」
あれ?
おかしくね?
じゃあ、必要だから二つ持ってるわけじゃねえか。
「貸してもらったって言ったっけ?」
「ああ。泣いてたけどな」
「俺も泣きそうになるわ! すぐ返してやれ!」
なんて酷いことしやがる!
箸をカンナさんに向けて、怒り心頭で叫んだところ。
ぱしゃ
カメラを向けられると。
ついついおすまし顔になっちまう。
「くそう! 卑怯だぞ、カメラ慣れしてねえ純朴な男心を利用しやがって!」
「へへーん。こりゃ良いアイテム手に入れたぜ!」
「あ、あたしも撮影してみたい……」
なんでもやりたがりの秋乃が。
興味を示さないわけがない。
カンナさんのことだから、難癖付けて手放さないんだろうと思っていたが。
「いいぜ、丁度良かった。あたしのこと撮ってくれ」
「ま、任せて……」
「えっと、真っ白な壁のとこで……」
意外にも、素直に手渡したかと思うと。
やたら真面目な顔して。
ぱしゃ
そしてカメラを受け取って。
ノートパソコンに繋いでデータを吸い上げると。
「えっと……、あちゃあ。髪が跳ねてるな」
「いつも跳ね放題じゃねえか。それ、何の写真?」
「パスポート用」
へえ。
そりゃ納得。
「海外旅行か?」
「そんなとこ。……顔色もよくねえな」
「海外か、いいね」
「しょうがねえな、ちょっと加工するか」
「ダメだろ」
ぱしゃ
「……今のはカメラ向けられてもおさまらねえぞ。ダメだダメだ」
「うるせえ奴だな」
「秋乃も止めろ。その違反加工女を」
「加工?」
きょとんとしながら。
ノートパソコンの画面をのぞき込んだ秋乃が。
またもや、子供のわがままを開始する。
「や、やらせてやらせて……」
「いいぜ? そういやお前の写真も撮ったな。こいつを、こうして……」
「あははははは! ふ、太ってる……!」
「わかったか? やってみろよ」
そして、おもちゃをあてがわれた秋乃がキャッキャとはしゃぐ姿を。
カンナさんは、嬉しそうに見つめているが。
「そこまで面白いか? 横に伸ばしただけだろ?」
「いや、違うんだよ。うまい具合にふっくら加工できる」
「へえ」
なるほど。
そういやそんなアプリあるな。
俺は、なんとか最後のひと口を詰め込んで。
麦茶で胃に流し込みながら、前にきけ子がパラガスの顔をイケメンに加工して気持ち悪がっていた姿を思い出していたんだが。
「じゃあ、今の感じであたしを美人に加工しろ。サプリとかジムとかのビフォーアフターばりに」
「だから違反行為すんな!」
「あたしはやってねえぞ? 加工したのはバカ浜だ」
「やめろ秋乃! 悪事に加担するな!」
「……できた」
「そして興味のあることはやたら早いのなお前!」
まてまてまて!
そんな違反行為見逃す訳に行かん!
俺は、美人に加工された画像を削除すべく。
秋乃からパソコンをぶん取ると。
液晶に並んでいたのは。
ここで、飯を食ってる間に撮られた、俺の四枚の写真。
それを並べて加工して。
徐々に太っていく四コマまんが。
「うはははははははははははは!!! アフタービフォー!」
誰も買わんぞこんなサプリ!
たった一ヶ月で激太りチャレンジ!
よくこんな面白加工見ながら笑わなかったなお前ら。
秋乃はともかく、カンナさんなら爆笑しながら見ててもおかしくねえのに。
「…………あれ? なんだよお前ら、その顔」
笑い過ぎてこぼれた涙を拭う俺をよそに。
二人は、目を丸くさせてこっちを見つめるばかり。
「ほんと、どうしたんだよお前ら」
そんな俺の問いかけに。
秋乃は、震える声をなんとか絞り出したのだった。
「加工……、してない…………」
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