健康食育の日
~ 八月十八日(水)
健康食育の日 ~
※
粗茶とか粗品と同じで、誰かに出す
酒や料理を謙遜して言う時に使う。
「……愛されてるな」
「そろそろ怒っていいか?」
昨日、体重を量ってみたら。
二キロ減っていたという驚きの過酷労働。
「か、身体にいいもの……」
それを、俺の夢の仕事と勘違いして。
全力で応援すると宣言した後。
まかないを作ってくれているこいつは。
この仕事、夢どころか。
拷問でしかないんだが。
そんな徒歩でのデリバリーサービスは。
地元ネットワークを通して。
俺に休憩すら与える暇が無いほどの大盛況。
「でもよう、思ったほど売れ行き良くねえんだよな……」
「どの口が言う。こっちは夕方まで休憩なしだから腹ペコだ」
徒歩じゃ速さに限界あるし。
どの配達先もやたらと遠いし。
それはさておき。
目の前でぐるぐる回るこいつが目障りだ。
「まあいいや。今日はもうオーダーねえから、ゆっくり休んでろ」
「明日は昼休憩考えて発注受けろよ?」
俺は、ぶつくさと文句を言いながら事務室へ戻るカンナさんを目で追うと。
入れ替わるように、ドアの向こうから。
心配顔でこちらをうかがう三つの顔が見えた。
「舞浜先輩に聞かれたんですけど、身体にいいものってそういう事だったんですね?」
「これは悪いことしました」
「にゅ」
そもそも、俺が他の仕事をしなきゃいけなくなった理由は。
この三人にあるんだが。
仕事を取られたことも。
今日のメニューがこんなことになったのも。
お前らのせいにはできん。
肉体労働した身体が求めるもののうち。
昨日は、塩分を根こそぎデリートされたんだが。
「今日はこっちがゼロか……」
「か、身体にいいもの……、よね?」
三人からアドバイスを聞いて。
秋乃が準備してきたものは。
こんにゃく。
「違うんじゃ……。カロリーをよこせ……」
「で、でも、みんなこれが身体にいいって……」
責任を感じてか。
こそこそと休憩室に入ってきて。
秋乃に見えない角度から。
俺のポケットにチョコやら飴やら放り込んだ拗音トリオが店に戻っていく。
お前らの気持ちは嬉しいけど。
根本的に解決しなきゃどうしようもない。
しょうがない、こうなったら。
俺から直接言おう。
……だが。
まあ、その前に、だ。
「これをどうやって食べろと?」
「食べ方の動画、見た……」
「その動画、お化けのかっこした人が墓の裏から食べさせようとしてなかったか?」
「お、同じ動画見たの?」
竿から吊るされたこんにゃくが。
さっきから、顔の周りをぐーるぐる。
あく抜きもしてねえようだし。
今日のは食えんぞ。
「しょうがねえな……。じゃあ、調理方法教えてやるからついてこい」
「こんなに手をかけて準備したのに? まだ手がかかるの?」
そうだな。
わざわざ竹竿を黒く塗って。
ピアノ線で吊るすとか、手間がかかってる。
だが残念なことに。
昼間の休憩室では仕掛けが丸見えだ。
雪にカラス。
闇夜に鷺。
……秋乃は、一度見たことを完璧にトレースできる天才だ。
今までは、面倒だから調理工程をゆっくり見せたこと無いけど。
きっと短期間で一気に上達することだろう。
俺は、慌ただしいキッチンの隅に陣取って。
板こんにゃくをスプーンでくりぬいてあく抜きした後。
飾り包丁を入れて。
出汁と醤油でコトコトコト。
みりんと鷹の爪入れて、もうちょいと煮込めば。
「ほれ。食ってみ?」
「い、いただきます……」
TPOに合わせたくれた秋乃が。
簡単にお祈りを済ませて、立ったまま口に頬張ると。
「うんま」
「ああ。今夜にでも家で作ってやれ」
いつもの昼飯タイムと同じ、まん丸にした目を俺に向けてくれたから。
つい、にやけちまった。
「これは……、こんにゃく?」
「料理名か? たまこんみたいなものだが……」
「たまこん」
「みたいなもん。作り方なんか、家ごとにそれぞれだ」
からしで食う家もあるし。
保坂家では、出汁引いてツユと一緒に食う。
「そ、その全パターン見せて?」
「一生かかるわ」
なるほどねと。
こんにゃくをもぐもぐしながら頷く秋乃だが。
こいつ、いくつレパートリー身につけても。
アレンジとかできねえだろうな。
だったら。
おぼっちゃん旦那のオーダーに柔軟に対応することもできねえだろうし。
シェフ任せに決定か。
シェフにメイドに。
やたらと長いダイニングテーブル。
そんなセレブな生活を送る秋乃の姿を思い浮かべてたら。
思わず吹き出しちまった。
だってこいつの部屋。
化学実験室みたいだし。
ほっとくと得体のしれない機械作ってばっかだし。
しかも食いしん坊で、目の前に食い物置くと、無くなるまで全部食いつくすし。
「……最後の。なぜもうちょっと早く気付かんのだ、俺」
「ごちそうさま……」
鍋からぽこぽこ口の中に放り込んでる姿が可愛くて。
つい見入ってた俺がわるい。
とは言え。
「なんという教え損……」
「大丈夫。ちゃんと教わったから、次は作れる」
「そうじゃなくて! 俺は今の話をしてるんだ!」
叫んだと同時に鳴るお腹。
秋乃はようやく自分がしでかしたことに気付いてわたわた踊り始めたが。
「ああ、いいよ。余りもん探して食うから」
その方がカロリーあるだろうし。
「そ、それなら任せてほしい……」
「なんだ。めぼしいもんでもあるのか?」
「ある」
「じゃ、任せた」
「はい、召し上がれ」
「うはははははははははははは!!!」
まあ、そうだけど。
捨てたりするのは忍びねえけど。
まな板ごと渡すんじゃねえよ。
「ああもう、その残ったこんにゃくの枠でいいや。さっきと同じ要領で料理しろ」
「……もう、くり抜けない」
「そうな。応用問題苦手だよな、お前」
「料理はきっと文系科目……」
しょうがねえから、枠を適当にちぎって塩もみして。
下ゆでし始める姿を再びこいつは目で記憶していく。
理論的なくせに。
料理に全く生かせない不思議な生き物。
そんな秋乃は。
ぽつりとつぶやいた。
「て、手作り料理……。こんなに大変……」
「そうだな。ちなみにお前の中の手作り、具体的にはどのあたりがボーダー?」
昨日は、皿に出しただけの品を手作り扱いした秋乃のことだ。
聞いておかねえと。
するとこいつはしばらく首をひねったあと。
ぽんと手を叩いて。
「何度もトライして作れない難しい料理がある……。あれは、確実に手作り」
「よし。じゃあ、それの作り方を教えてやるから、明日はそれ作ってくれ」
「ほんと? じゃあ、早速教えて……!」
「ああ。これ作った後でな」
こうして、やたら長い休憩時間を二人で過ごすとともに。
俺の明日の昼飯が。
カップラーメンに決定した。
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