女子大生の日
~ 八月十六日(月)
女子大生の日 ~
※雪上加霜 《せつじょうかそう》
次々と悪いことが起こること。
または親切の迷惑な押し売り。
お袋の田舎に行って以来。
考えるようになった。
将来のこと。
おぼろげに、会社員か公務員になるもんだと思ってはいたが。
秋乃の言う通り。
具体的に、なりたい職業は決まっていない。
子供の頃は、あれになりたいこれになりたいって言ってた気がするし。
その都度、お袋も親父も喜んでいた気がするんだが。
いつからだろう。
俺が夢を口にすると。
お袋が、現実を見ろと。
くだらない夢見てないで勉強しろと言うようになったから。
律義にそれを守って勉強だけして。
具体的な夢を思い描くことをやめたんだ。
「結果、その場限りの言葉に踊らされてるだけのような気がする」
「踊らされた……、の、かな?」
ワンコ・バーガーの休憩室。
焦げまくって、やたらと硬いポテトにかじりつきながら。
真面目な話をする相手は。
「里帰りから戻りしな、お袋に聞いたんだ。そしたらやっぱり、今度は何になりたいかまだ決まってねえのかって叱られた」
「お母様、その両方をしなさいって意味で言ってたんだと思う」
「そう。俺もそこに行きついて、だったら最初からそう言えって言ったら……」
「言ったら?」
「くだらない文句言ってないで勉強しろって」
「あらら」
「しかも、そのセリフが来年の俺にどう影響するのか分からんけどお袋のせいにするなって」
「……なるほど」
それきり黙って、ポテトを齧る秋乃が。
視線をあっちこっちにやりながら、何かを考えこむ。
ちょっと調子の悪いクーラーの、耳障りなモーター音。
そんなベース音に音階を作るのは、窓の外で合唱する蝉の声。
俺は、珍しく。
脳をまるで動かさずに。
秋乃の返事だけを待ち続けていると。
「立哉君は、何になりたいか考えた?」
「まだ漠然と。自分のアイデアが形になるようなことしてみたいけど」
「そのために大学?」
「まあ、そうなるな」
すると秋乃は。
見えるはずのないすりガラスの向こう。
遠くの方をじっと見つめながら。
ぽつりとつぶやく。
「……あたしも、大学に行こうかな」
「ほう。どこに?」
「それは、何になりたいか決めてから……、かな?」
「…………まあ、そういうことなんだよな」
俺は、旅行の間に気付いた答えを。
改めて秋乃の口から聞かされることになった。
誰だって分かるのに。
意外と考えないものだ。
医者になりたいから。
医学部に行く。
農業に興味があるから。
農学部に行く。
「そうだよな。学部ってもんがあるんだよな」
「うん…………。カンナさん、何学部出てるんだろ」
「さあ。ファーストフードの経営だから、経済とか?」
「お、お料理学部……」
「あるのかそんなの?」
「あたしも興味あり……」
「これで?」
そう言いながら、噛んでも噛んでも噛み切れないポテトを摘まむと。
秋乃はむすっとしながら、一口分にちぎって口の中に放り込んだ。
「せ、千里の道も一歩から……」
「その一歩目がマイナス方向に飛んでるのよ。料理は俺が教えると言ったと思うんだが」
「まずは、自力で一歩目を……」
「その一歩目に鉄球がついてるのよ。もうちょい歩幅なんとかならんか?」
そもそも、バイトが三つ目に覚える仕事だ、ポテト。
それをお前、ずっとサボってきやがって。
俺の苦言に、頬を膨らませた秋乃だが。
その反撃は、カンナさんの怒号にかき消された。
「こらバカ兄貴の方!」
「いい加減、その呼び方やめね?」
「保坂って呼んだら、来年からバイト始める凜々花かお前か区別できねえだろ」
「…………来年からってなんだこら」
こんなブラックバイトさせるわけにゃいかねえし。
最近、役立たずのレッテル貼られてる俺の姿を見せるわけにもいかん。
とは言え最悪の事態を想定して。
せめて後者の課題だけは何とかしておこうか。
「それより、なにしに来たんだよ」
「お前、飲食で最低限気にしねえといけねえことが分かるか?」
「…………店員が、後輩バイトをバカって呼ばねえこと」
「四年も前から続けてることだ。今更やめられるわけねえだろ」
「やめられねえ方が異常だからな? それより、答えはなんだよ」
「清潔感だ!」
それがどうした。
カンナさんの意図が汲めずにいた俺の元へ。
雛さんやってきて。
答えを教えてくれた。
「おい、カンナ。カラスかタヌキか知らないが、外のゴミ箱がやられて大変なことになってる」
「もう気づいてるよ! だから、バカ兄貴に掃除を命令しに来たんだ!」
「なんで俺が?」
「あたしが嫌だからに決まってんだろ?」
何を質問されてるか分かってねえようだ。
当然だろって顔してやがる。
ちょうどいい。
婆ちゃんから教わったばかりの言葉で反撃してやる。
「いいか? 物事なんでも、言い出した人がやるもんだ」
「何言ってやがんだお前?」
「汚いから掃除しろって言ったよな?」
「だからお前に……」
「改めて聞くが、なぜ俺に?」
「あたしが嫌だから」
「お前が嫌がる仕事なんだ。みんなだって嫌に決まってるだろ」
ああなるほどと。
半ば納得してくれたようだが。
どうして半分しか納得できねえんだよお前。
「いや、理屈は分かるんだがな? あたしは忙しい」
「おう」
「で、お前は暇」
「うぐ」
仰る通り。
それに正直な所。
仮に俺が忙しくてカンナさんが暇でも。
この指示に問題がないことだって分かってる。
バイトの業務内容には。
『店内外の掃除』と明記されてるからな。
だが。
負けるわけにはいかん!
「ゴホン! ……ひ、暇とはなんだ。これでも俺は、新製品とか新展開とか、アイデアをずっと考えてるんだが。これもカンナさんからの指示だったと思うんだが?」
「まあそうだな。じゃあ中間発表頼むわ」
「うぐ」
しまった。
急いで考えねえと。
ホントは何も考えてなかったことがばれる。
新製品か。
新展開か。
「おい、早く返事しろよ」
「た、例えばだな。えっと……」
「まさかお前、ほんとはなにも考えてなかったんじゃねえの?」
「デ、デリバリーとか!!!」
慌てて言ってみたものの。
こんな田舎で需要があるかと問われれば。
「採用!」
「まあそうだよな。採算がとれるわけ……? 採用?」
「いいアイデアだ! 早速ホームページに注文用のフォーム作らねえと!」
「いやいや待て待て!!!」
慌てて廊下へ飛び出したカンナさんが。
フロアから、小太郎さんの耳を引っ張って連れて来て。
事務室へ入ろうとしたところを引き留めた。
「言い出しといてなんだが、何人雇う気だ? 人件費、まかなえるのか?」
「なに言ってんだよ」
そして、カンナさんは。
俺の鼻先に指を突き付けながら。
「言い出したヤツがやるって。そう言ったのは誰だった?」
「うげ」
ニタリと笑うと。
事務室へ姿を消してしまった。
……デリバリー。
もちろん、契約書にそんな職務は書かれてねえけど。
これは、俺自身が言った言葉。
拒否することはできない。
一体、どんな激務になるんだろう。
呆然と肩を落とした俺に。
秋乃が。
慰めの言葉をかけて来……。
「さ、早速! 自分のアイデアが形になったね!」
「うはははははははははははは!!!」
慰めるどころか。
おめでとう扱い。
もう。
やけっぱちで笑うしかねえ。
「い、忙しくなりそうなけど、夢のためだもんね! 応援するから!」
しかもこのはしゃぎよう。
否定するタイミングも失った俺なんだが。
ほんとに大丈夫なんだろうか?
「応援って。具体的には?」
「じゃ、じゃあ……、まかない作ってあげる!」
…………大丈夫じゃなかった。
俺は、雪上加霜 《せつじょうかそう》の二つの意味を。
同時に味わうこととなったのだ。
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