青少年デー


 ~ 八月十二日(木)

     青少年デー ~

 ※風雲之志ふううんのこころざし

  世の急変に乗じてのし上がろうとする意気。




 今、住んでいるところも十分田舎だが。

 本当の自然の中へ足を踏み入れれば。

 あそこも人の手が加えられて、本来の地球の姿から変容しているのだと。


 そう気づかされる。


 空気というか。

 空間自体が濃い。


 息を吸うだけでも。

 景色を眺めるだけでも。

 小川の流れる音を耳にするだけでも。


 五感の全てが。

 生きる事の本来の意味を理解する。


「こういう場所に住んでりゃ、長生きできるんだろうな」


 思わず口にした言葉に返事をするのは。

 木々や草花の揺れる音だけ。


 そう。

 そんな物だけのはずだったのに。


「医療と交通の便の悪さが寿命に与える影響のお話?」

「なぜいるお前が」


 俺の隣で。

 いつもの隣で。


 いつまでも葉笛を鳴らせずもごもごしてるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらストレート髪の上に麦わら帽子をちょこんと乗せた夏少女。

 可愛いとは思うが、それを上回る感情が俺の中で頭を抱える。


 普通、お盆の帰省と言えば。

 親族が集まる数少ない機会であり。


 部外者が首を突っ込むには。

 はばかれる場所でもあるはずだ。


 ……まあ、百歩譲って。


「ハルキー! ヤンマ見っけた! ヤンマ!」

「……もう、私はダメだ。お前だけで行ってくれ、凜々花」


 もう三年生とは言え。

 中学生なら、友達連れもギリ許されるだろう。


 でも、高校生にもなって。

 こんなのを連れてきたら。


「やっと見つけたわ! お婆ちゃんがスイカ切ってくれたから! 立哉、お嫁さんと一緒にどうですかって!」

「ちげえ」


 ……車から降りるなり。

 爺ちゃんと婆ちゃんに。


 ひ孫の予定はどうなってるのかとか聞かれる始末。


「お袋も。いつまでこいつのことお嫁さんとか呼んでんだよ」

「あら? じゃあ、彼女さんが良かった?」

「…………ちげえ」

「なによ今の間」


 ああもう。

 いちいちツッコミ入れるな。


 俺は、他にどう振舞えばいいのか術も知らず。

 舌打ちなどしながら腰を上げると。


「……あそこ、登れるの?」

「ん?」


 秋乃が、近くの小山を指差した。


 でかいでかい田んぼの真ん中。

 畔からそのまま道が繋がってる小山は。


 竹ばかりがうっそうと茂った場所だったはずなんだが。


「登れるわよ? うちの土地だし」

「あそこから、西の方見ると良い感じっぽい……」

「ああ、それならお願いがあるんだけど。明日、流しそうめんしたいって言うから切ってきてよ」


 俺の中では招かざる者とは言え。

 客になんてこと頼むんだ。


 面倒なら断っていい。

 俺は、そう言おうとしたんだが…………。


「面倒だから、断ってくれないか?」


 秋乃は、俺のTシャツを掴んだまま。

 尻尾をブンブン振り回して。

 目をキラキラさせていた。


「そんな面白いもんじゃねえって」

「こ、こんな楽しそうなイベントが待っていたなんて……!」

「そうめんが?」

「竹……、切ってみたかった……!」

「そうな。俺も小さい頃、お前が素振りしたみたいな切り方するもんだと思ってた」


 竹を袈裟切りとか。

 どんな聖剣貸してもらえると思ってるんだ。


 呆れながら、お袋に連れられて納屋まで行くと。


「…………山の上から流す気?」


 大はしゃぎする秋乃に。

 お袋は、熱心にチェーンソーの使い方を説明し始めた。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「予想通り……。綺麗……」

「切りすぎだよなんなんだよお前」


 こいつの当初の目的。

 小山から西側の景色を見たい。


 確かに、まるでサスペンス映画並みにチェーンソー振り回してぽっかりとできた天然の窓からは。


 美しい夕焼け空が……、ってバカ野郎。

 もう何時だと思ってるんだ。


「ほんとにここから家まで届くわ。もう、いらない分は放置放置」

「…………疲れた」

「でしょうね」


 こいつはチェーンソーぶら下げてるし。

 一人で持てる分だけ持って帰ろう。


 俺は、綺麗な竹だけ数本見繕って縛り上げると。

 こいつは、ありがとうとお礼を言って腰を下ろす。


 そうじゃねえぞとツッコミを入れたかったんだが。

 夕日に照らされた秋乃の横顔が綺麗だったから。


 六対四の僅差にため息をつきながら。

 俺も、いつもの左側に腰を下ろした。



 少女の無邪気さから一変。

 大人の女性を思わせる仕草。


 夕日に目を細めて髪を押さえる彼女は。


 少女なのか。

 大人なのか。


「……ここに、秘密基地作りたい」

「少年だった」


 やれやれ。

 秋乃らしい発想だこと。


 こりゃ、明日はここいらに転がってる竹で。

 小屋を一軒作らされる羽目になりそうだ。


「……少年? 立哉君が?」

「俺は青年だろう」

「ん…………。それは困る」

「なんで!?」

「と、取り残されるのは……、ね?」


 そう言いながら俯いた秋乃は。

 自分がまだ、子供だと思っているのだろうか。


 それなら、友達として。

 俺はどう返事をすべきだろう。


「……じゃあ、青少年辺りでどうだ?」

「まあ、それならいい……、かな?」

「お前の中の青少年ってどんな感じよ」

「叶えられないような巨大な夢を語っておいて、今日もソファーでゲーム三昧」

「うまいねそりゃ。ああ、なんか分かる」


 小学校高学年から中学生あたりの男子を言い表すのにこれ以上適した言葉なんかねえだろ。

 俺は変なことに感心しながらも。

 でも、さすがにそんな目で見られるのは嫌だから反論しとこう。


「俺はもうちょいしっかりしてるけどな」

「しっかり?」

「進路、ちゃんと考えてるから」

「へえ……! 何になるの?」

「東京の国立大。一発合格」


 どうだ、何も言えまい。

 俺は、さぞや驚いていることだろうと思いながら秋乃の様子をうかがったんだが。


 ……いや。

 驚きの方向性。


「なんだその初めて婆ちゃんがグミ噛んだ時みてえな顔」

「だって……、卒業した後は?」


 ん?

 大学の先?


「会社員? ……いや、公務員?」

「アバウト……」


 言われてみりゃそうかもな。

 でも、大学の先なんて考えてるやついるのか?


 例えば、恋人の先。

 結婚考えてるやつなんか俺たちの周りにいやしねえのと一緒だろ。


「なにか……、自分で商売、とかは?」

「雇われの方が安定してそうだろ。自分で商売ってのは考えたこと無かったな」


 そう言いながら。

 ちょっと動揺してるのには訳があって。


 実は、夏休みに入る前。

 商売なんて簡単だって思ってたんだよな。


 でも。

 カンナさんと話してて。


 どうやらそれは難しいことなんだって。

 おぼろげに感じていたりする。


「お前は決まってんのかよ」

「決まってない。…………お嫁さん?」

「今日、散々言われて思い付いたのか?」

「うん」

「ピンと来ねえな。家庭能力ゼロじゃんお前」


 ムッとするかと思ったが。

 そうなんだよねと苦笑いを浮かべながら伸びをする秋乃は。


 そろそろ稜線を燃え上がらせ始めた太陽をじっと見つめながら。

 将来に思いを馳せる。


「ごはんは……、作ってあげたい」

「ほう。それは楽しみ」


 お前が料理?

 俺は、そういう意味で返事をしたんだが。


 こいつ。

 勘違いしやがった。


「……楽しみにしてるの?」

「はっ! 違うぞ!?」


 慌てて竹から立ち上がると。

 秋乃がニヤニヤし始めた。


「も、もう帰るぞ!」

「ふーん。……楽しみにしてるんだ」


 ええいうるさい。

 確かに、付き合いたいとか思ってるけど。


 それを結婚といっしょくたにされてたまるか。


 ……でも。

 そうか、結婚か。


 こいつ、これでもお嬢様だしな。

 似たような家柄の男と結婚するんだろうか。


 今のまま嫁に出すのは申し訳ない。

 だったら、俺が教えてやればいいのか?


「そうだな。今からちょっとずつ練習すれば、作れるようになるだろう。俺が特訓してやろうか?」

「ご心配なく。作れるよ?」


 どの口が言う。

 でも、振り返ってみれば。


 待っていたのは予想外なふくれっ面。


「いやいやいや。なに作れるって? カップ麺? 混ぜるだけパスタ?」

「純和食」

「一番予想外な選手ベンチから引っ張り出してきやがった!!!」


 危うく笑いかけながら突っ込んでみたが。

 こいつ、いよいよ頬をパンパンにし始めた。


「え? 本気で言ってる?」

「自分で作ってるもん! 毎日」

「何を」

「お弁当!」

「うはははははははははははは!!!」



 まあ、確かにあれは。

 純和食。


 俺は、やまびこと一緒に大笑いしながら。

 純和食の待ってる婆ちゃんの家へ帰るのだった。



 ……しかし。

 こいつがお嫁さん、ね。




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