バトンの日
~ 八月十日(水) バトンの日 ~
※
先祖代々の墓がある地。故郷。
あるいは終焉を望む場所。
カンナさんの読み通り。
今日はお客がまったく来ない。
どれくらい来ないかって。
お客の数が両手両足の指の数で事足りるほど。
何度も自動ドアの電源を確認してしまうような状況だから。
店員すらキッチンにこもり切り。
昨日の女子会を徹夜で続けていたんじゃないかって程の倦怠感を伴って。
三人娘とカンナさんがテーブルを囲んでいた。
「ふぁ……、ねみぃな。……お前ら、売りもん食ってんじゃねえよ」
「にょーーー!? これ、カンナさんが食べていいって言ったポテトですよ!?」
「そうだっけ?」
「うん。それに、サービスポテトは売り物じゃなくて宣伝道具」
「にゅ」
「ふぁ……。じゃあいいか」
良いわけは無いんだが。
それでも、店内にいるだけましか。
だって。
もう一人と言えば。
ご覧の通り。
「舞浜ちゃん! もっと超絶スピードアンドアグレッシブなパッションで!」
「は……、はい! 凜々花コーチ!」
「なんで教わってる方が偉そうなこと言ってる上にコーチって呼ばれてんだよ」
店の外で、凜々花に付き合わされてバトンパスの練習をしてるのは。
バイト中のはずの。
「違うんだよねー! もっとこう、プレミアムなガッツでコントロールをマリトッツォする感じ!」
「な、なんて分かりやすい指導……」
「かけらも分からん」
マリトッツォするってどういう感じ?
口を、がぱーって開けながら走れって意味か?
「こら、凜々花。秋乃は仕事中」
「そだったん? そっかー。じゃあ、お給料あげなきゃ」
「いや、そうじゃなく」
「はい! お給料!」
「あ、ありがとうございます」
「どうしたんだよ、そのお給料」
「秋に運動会やるんだけどな? 凜々花、将来を見据えて練習してえってセンセに頼み込んで、このお給料持って帰ってきた」
「ほんとは?」
「手に穴開くのおもれえからこっそり持って来た」
「その穴に手錠かけてくれるわ」
お給料を受け取った秋乃も。
右目にそれを当てて覗き込みながら。
左目の前に手を広げてやがるが。
ちゃんと中学校まで返しに行くんだぞ、お給料。
「ほれ。店内に戻れよ」
「うん……。またね、凜々花コーチ」
「うむ!」
元気に手を振る凜々花に。
バトンでバイバイしながら店に入った秋乃が。
それじゃあ何の仕事をしましょうかと。
既に、隅々まで掃除してピッカピカの店内を見つめて軽くため息をつく。
「なんでお前が教えてるのに、凜々花の事をコーチって呼んでるんだ?」
そして、何もすることが無いと悟って女子会へ向かう秋乃に。
気になったことを聞いてみれば。
「あのね? 金メダル取った選手と抱きしめ合うコーチの姿を見てて、凜々花ちゃん、思ったんだって」
「なにを」
「相手は世界一なんだから、コーチが教えるなんておこがましいって」
「…………ん?」
「だから、これからはコーチが選手から教わればいいんじゃないのかって」
「…………うん。…………ん?」
天才凜々花の言葉は。
こうして、凡人の頭脳を混乱に陥れることがしばしばある。
「えっと、じゃあ、その理屈で自分をコーチと呼べと?」
「あたしの方が上手いから、あたしが選手なんだって」
「ん? …………うん」
暑いからかな。
考えるのがめんどくさい。
そのみょうちくりんな理屈を秋乃が納得してるなら。
まあいいか。
「あ! 舞浜先輩、お帰りなさい!」
「ポテト、どうぞ」
「にゅ!」
「い、いただきます……」
手を洗ってテーブルについた秋乃が。
いつもの長ったらしいお祈りをしてる間に。
拗音トリオが容赦なく食うもんだから。
勧めておいて、皿がからっぽになりそうじゃねえか。
「お前ら、俺たちの分も残しといてくれよ?」
「任しといてください! 足りなくなりそうだったからお代わり揚げてますよ、タダだし!」
「お客にはタダでも、無から生まれるわけじゃねえからな、フライドポテト」
俺のため息に気付いているのかいないのか。
朱里が早速とばかりに揚げたてを追加してきた。
「うんまいうんまい」
「おいしいね」
「にゅ」
揚げたてのアツアツを食い始める三人。
全員を怒鳴りつけてやりたいところだが。
それよりも気になることがある。
ケチャップで食う朱里。
コンポタに浸して食べる丹弥。
そして。
「今後、お前が縁談をいくつか棒に振る前に言っておくぞ? それはやめろ」
「にゅ?」
俺を見上げたにゅが。
小さな手に握っている大きなスプーン。
そこには、山のように盛られたマヨネーズに。
小さくちぎったポテトがちょっぴり乗せられていた。
「それ、ポテト必要?」
「にゅ!」
「ああ、そんなに怒るなよ。悪かったって」
にゅの発音が。
やたら甲高い。
これは怒ってる証拠。
俺が素直に謝ると。
にゅは、ぷっくり膨れて顔を背けて。
業務用ボトルから。
マヨネーズを再びスプーンに山盛りにする。
「ん? 今、にゅにゅ子が怒ったのか?」
「見たまんまだろ」
「いや……、なんで分かるんだよ」
ああ、そうか。
カンナさんは、まだ短い付き合いだし。
「まだこいつの言葉は理解できんか」
「付き合い長いと理解できるのかよ」
「俺はまだ喜怒哀楽くらいしかわからんが……」
そう言いながら、拗音トリオの会話に耳を傾けると。
そこでは、ぱっと見。
超常現象のようなモノが行われていた。
「にゅ!」
「いきなりだな。私は予定無いよ?」
「にゅ?」
「ぼく? 田舎行くんだ! 田舎!」
「にゅ……」
「ああ、そうじゃなくて! ママの田舎!」
「にゅ。にゅ」
「あはは、そうだね。田舎って、故郷と勘違いするよね」
今まで、三人の会話を聞いたこと無かったんだろう。
カンナさんが、口をパクパクさせながらみんなの方を指差してるけど。
「あ、あたしをからかってねえか、あいつら。それともあたしがおかしいのか?」
「安心しろよ。俺も長い付き合いだが、からかわれてるとしか感じたことが無い」
そんな説明に。
カンナさんは一旦納得したが。
今度は、好きなゲームの話を始めたこいつらの会話を耳にしながら。
また、同じポーズで口をパクパク。
もう無視することに決めた。
「た、立哉君は……、どうするの?」
「明日からの連休?」
「うん」
お祈りは終えたものの。
大皿を抱える三人の所へ手を伸ばさずにいた秋乃が聞いてきたんだが。
「明日はゴロゴロして、明後日から田舎に行く」
「田舎……。東京へ?」
「いや。ばあちゃんとこ」
「どんなところ?」
「ここよりもっと田舎」
「…………田舎?」
「ああ、さっきのあいつらみたいなことになったな。お袋の故郷だよ」
俺の説明に。
なるほどと頷いた秋乃が。
再び首をひねる。
「どうして、この時期は里帰りするの?」
「一から説明するのか? えっと、きゅうりとナスの馬に乗ってご先祖が帰ってくる時期で……」
面倒だが。
こいつのなんでをスルーすると。
その後の方がはるかに面倒。
前みたいに、夜中の三時にインターホン鳴らされるようなことにならないよう。
俺は丁寧に、盆のことを教えてやったんだが……。
「え? そこまでキラキラ?」
「うん……!」
途中から、目を輝かせながら聞いてたけどさ。
そこまで夢中になる要素、あった?
「じゃあ、あたしもお盆は田舎に行く……」
「お前の家じゃ習慣無かったのかもしれんが。テレビでもなんでも、情報ソースはいくらでもあったろうに」
あの親父さん、何となくだけど。
実家に帰ったりしなさそうだし。
墓参りの説明もしなさそう。
「おじいさまとおばあさまにも会いたいし、すぐに準備しないと……。あ、でも、困った」
「なにが」
「ナス……、きゅうり……」
「うちで余ってるから。勝手に持ってけ」
ピンポイントで変なこと気にし始めたと思って助け舟を出してやったんだが。
こいつは、首を左右に振ると。
「税関、通らないかも……」
「うはははははははははははは!!! そっちの田舎に二日で行けるか!!!」
舞浜母はフランス人。
いや、そもそも。
フランスで、ナスときゅーりを墓の前に置いてたら。
白い目で見られそう。
フランスでわたわたするこいつの姿想像して。
俺が爆笑してる横で。
どうすればいいか真剣に悩み始めた秋乃は。
笑顔と共に、手を叩いた。
……おい。
その笑顔をなぜこっちに向ける。
不穏でしかないんだが?
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