美白の女神の日
~ 八月九日(月休) 美白の女神の日 ~
※
美人のこと。
赤い唇と白い歯ってこと。
……そう。唇と歯の話だ。
肌の話じゃねえ。
「え?」
「今日までのお給料!?」
「にゅ!?」
「お盆休みの前だからな。これで、たっぷり遊んで来い」
「すごいすごい!」
夏休みの俺たちには関係ないが。
今日は、山の日の振り替え休日だったらしく。
ショッピングセンターは大賑わい。
ワンコ・バーガーも、上を下への大騒ぎ。
全員そろって、開店から十九時まで働きづめで。
材料のストック切れも目立ち始めた頃合いに。
それまでひっきりなしだった客足が。
ぴたっと途絶えたもんだから。
カンナさんによる鶴の一声で。
店のシャッターを下ろしちまった。
「三連休の最終日だ、今日はもう客は来ねえだろ」
「まあ、そうなんだが……」
「なんだよ。店閉めるの不服か?」
「いや、そうじゃなくて。給料の方」
封筒に入った給料をもらって大はしゃぎの三人。
お前らとひきかえ。
こっちは不機嫌極まりない。
俺は、バイト代を日払いにしてもらう交渉をした時。
それなり金額を下げることを条件にした。
そこまでして日払いでもらいたい理由は。
連休前とか、必要な時に現金が欲しいからなわけで。
「こいつらはいいのか?」
「店の都合無視して渡さなきゃならねえのと訳が違うだろ」
「たしかに」
「でもお前には既定の分しか渡さねえけど」
「納得いかねえ」
「男がグチグチ言うんじゃねえよ」
腹立つな。
その、男は損しても高楊枝でいろって感じ。
「男女平等」
「うるせえやつだなほんと」
「男女平等」
「モテる男は言わねえぞ、そんな言葉」
むう。
一理ある。
「しょうがねえな。もう言わねえようにしよう」
「いい心がけだぜ」
「そうか」
「ようし、みんな! 今日はあがりの時間まで女子会だ! 好きなドリンク飲んでいいぞ!」
「…………男子は」
「有料」
「男女平等」
カンナさんが缶ビール片手にテーブルを寄せて会場を作ると。
三人娘が、文字通り姦しくドリンクを淹れに走り出す。
そんな姿を。
仏頂面で見つめてた俺が貰ったものは。
「おい。つまみ」
「またか。やなこった」
「じゃあお前には給料やらん」
「なんで」
「今はまだ就業時間だからな」
「…………白身魚で西京焼きでもいかがでしょう」
「いいね! そういうのしばらく食ってなかったからな!」
くそう。
なんか、今日はやられっぱなしだな。
でも、ただのおしゃべりタイムで給料がもらえるんだ。
プラスに考えよう。
「じゃ、じゃあ、あたしは女子だから……」
そう言いながら、いそいそと拗音トリオに寄って行こうとするこいつは。
秋乃をこの場に残したら。
また、お酌させられそうになるな。
「……今日は特別に、お前の好きな料理見学させてやる」
「ほんと……!」
こっちがそのセリフ言いたいわ。
どこまでちょろいんだよお前。
作戦通り、俺の後ろを。
キッチンまでついてきたけど。
こいつの将来が不安でしょうがねえ。
「さて……。鮭の切り身、あったよな」
試作用に仕入れてもらった鮭の身。
こいつを適当に切り分けて。
白みそと酒とみりん。
五分も漬ければ十分か。
包丁とまな板出して……。
「…………近い」
「だ、だって。見ていいって……」
包丁との距離、わずか五センチ。
お前は鮭の断面の細胞がどう壊れるのか確認する気か?
ちょっと危ないから秋乃の右に移動して。
左手の側から見てもらおう。
「……ウソつき」
「あぶねえからこっち側にしただけだ。ウソなんかついてねえだろ」
「そうじゃなくて」
そうじゃなくて何なんだ?
まるで分からんこいつが指を差す先。
鮭なんだが。
「白身魚」
「ああ、なるほど。鮭は白身魚なんだよ」
「立哉君、あのね? これは、ピンク」
「幼稚園児に色を教える先生気取り?」
いつもなら、理由を説明すれば容易に納得させることができるんだが。
俺も、なんで鮭が白身魚なのか、理由知らないんだよな。
仕方が無いから、こいつの教えてオーラに気付かないふりをしつつ。
とっとと料理を仕上げて、宴会場に引き返すと。
「おせえんだよお前ら! だが今日はよくやってくれたな! おつかれ!」
カンナさんの号令で。
みんながカップを掲げたんだけど。
中身、半分方無くなってんじゃん。
普通は待っててくれるもんじゃねえの?
「まあいいや。秋乃、オレンジジュースでいいか?」
「ありがと」
鮭をテーブルに置いて。
秋乃を先に座らせて。
ドリンク淹れて、律義に自分の分はレジ打って。
席へ戻って、やっと人心地つくと。
三人娘は。
バイト代の使い道で盛り上がっていた。
「にゅ! にゅ!」
「ゆあ、計画的に使いなよ? そんなにはしゃいで、散財しそう」
「にゅー!」
「やれやれ……。しゅりは、使い道決まってるの?」
「はいはい! ぼく、日焼け止め買おうと思って! 舞浜先輩と一緒に並んでるお客さんに氷配ってたら、真っ赤になっちゃったから!」
そう言いながら、朱里が突き出した手の甲は。
確かに、痛そうな色で焼けていた。
でも。
俺は、朱里の言葉に納得していたんだが。
なぜだか、丹弥とにゅがきょとんとしてる。
「どうしたんだふたりして」
「え? ぼく、おかしい?」
「おかしいも何も……。お給料で?」
「うん」
「普段買うものじゃないの?」
「にゅ」
「……え?」
「え?」
「にゅ?」
ああそうか。
男だから気付かなかった。
クラスの女子も。
しょっちゅう塗り直してるな、日焼け止め。
「おい朱里よ。お前、どうやらレディーのレギュレーションに違反してるっぽいぞ」
「こんな可憐なレディーになんてこと言うんです!?」
「じゃあお前、普段紫外線にどう対抗してるんだよ」
「徒手空拳」
「それでそこまで白いのかよ。逆にすげえな」
キャラ的に、夏は真っ黒になって外で遊んでいそうな朱里ではあるが。
その実態は、運動嫌いの引っ込み思案。
家でゲームばっかやってるらしいからな。
「うぇ!? ひょっとして、ぼくが少数派!?」
「まあいいんじゃねえか? ひきこもり思案なせいで白さを維持してるし」
「だれがひきこもりですか! それじゃまるでぼくが休みの日にはゴロゴロしっぱなしみたいです!」
「違うのか?」
「ベッドで寝たまんまゲームとマンガはできるけどお腹は空くでしょうに!!」
「まさか、食卓との往復だけ?」
「トイレだって行きます!」
うわ、すげえな。
ひょっとして、丹弥もにゅも似たり寄ったり?
でも、現在の試合はレディー勝負。
グータラ具合は関係なし。
この二人は普通に日焼け止め使ってるようだし。
今日の所は、朱里のひとり負けだな。
そんな敗者は。
慌てて全員の腕を見回すと。
秋乃の腕に飛びついた。
「舞浜先輩! 肌、真っ白だから、どこの使ってるか教えて!! ぼく、このままじゃアウトオブレディー!!」
「だ、だいじょぶ……。朱里ちゃん、白いから……」
「にょーーーー!! ほんとですか!! よかった……」
そう言った秋乃と。
喜んだ朱里以外。
全員の目が、秋乃の腕と。
それを掴む朱里の腕に向く。
…………その、誰もが言葉を飲み込んだ瞬間に。
俺は、つい、ぽつりとつぶやいちまった。
「針数える時」
全員が同じこと思っただろうが。
白い紙の上に置いたら数えやすいだろうが。
でも、証拠を残した罪人だけが。
女子会から追い出されて。
外に立たされた。
「…………閉店してまーす」
今日、俺は。
客払いの才能に目覚めることになった。
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