ゆかたの日
~ 八月四日(水) ゆかたの日 ~
※
ちょっとは知ってるが。
十分には理解していない。
「うはははははははははははは!!!」
「……だ、大丈夫? 昨日から、笑いっ放しだけど」
「だ、だって……、休んだ理由……っ!!」
ムラが出来るとハンバーガーが美味しくなる。
だから店員の数にもムラを作ろう。
そんな事を言い出して。
全員で休むことを決定してしまった、ストライキの首謀者。
「カ、カンナさんの怒号が部屋にまで届いてて……、ふふふっ!」
「ねえ、ほんとにそれが理由? や、やっぱりあたしの格好が変なせい?」
「いや全然変じゃない。むしろ素敵」
「あ、ありがと…………」
「くくっ……、うはははははははははははは!!!」
「……ねえ。ほんとに変じゃない?」
「ほ、ほんとに……っ! うはははははははははははは!!!」
笑い上戸な俺のせいで。
さっきから、ずっと不機嫌さん。
……さて。
とは言ったものの。
笑うフリにも、そろそろ疲れて来たんだが。
どうやって、こいつの浴衣姿を見ずにいればいいんだろう。
鼓動がバレそうで、ひやひやしっぱなしなんだが……。
「先輩!!」
「ひゃうぇっ!? な、なんだ、にゃか」
「にゃじゃなくて、にょです」
「おお。こりゃすまん」
「じゃなくて!! 朱里ですよ!! なんでぼくの身の回りのヒトはぼくに変なあだ名付けたがるかな!」
にょ、改め。
ちょびすけ改め。
ギャーギャーと騒ぐ朱里が跳ねまわる。
おいおい、おはしょり落ちて来てんじゃねえか。
誰か止めてやれ、ちょびすけのこと。
――秋乃の提案で。
『村祭り』と銘打たれた盆踊り大会へやってきた部活探検同好会一行。
昨日のカンナさんに言われたからじゃねえけど。
責任者として。
こいつらがトラブル起こさねえように気
「いてえなオラぁ! どこ見て歩いとんじゃ!」
「ひえええ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
……今。
『気』まで考えたとこでもうトラブル。
気を付ける間もないのかよお前さん。
「ごめんで済んだらマジカル・ソルセルリーちゃんはいらんのじゃボケぇ!」
「うえええ、じゃあ、なんて言ったら……」
「……申し訳ありません。部員が失礼いたしました」
朱里を後ろに隠しながら。
できうる限り丁寧に。
でも、立場はあくまでフラットに。
俺は、長らく人の目を気にして生きて来たから。
こういうのは得意な方。
怒れるお兄ちゃんに対して、背筋は伸ばしたまま。
ただし心にしっかり謝罪の気持ちを込めて、俺が代わりに謝ると。
「お、おう……。まあ、気ぃ付けて歩けや」
「ご忠告ありがとうございます。しっかり言い聞かせておきます」
ご覧の通り。
あっさり矛を収めてくれた。
俺の対応に称賛を送る拗音トリオ。
ほっと胸をなでおろした秋乃。
やれやれ、これ以上面倒起こすんじゃねえぞお前ら。
気
「ちょっとまったあああああ!!!」
「おわっ!? え? まだなにか?」
今度はなに!?
ほんと、気を付けてる暇ないんだけど!?
「なんで兄ちゃん、四人も浴衣美人つれてハーレム気分やねん!!!」
……あ、なんだ。
そっちね。
「てめえばっかり良い目見てんじゃねえぞ!? 一人こっちへ寄こしな!!」
「……ひとりと言わず。全部の面倒みてみれば?」
「へ?」
「全部。この面倒なのを、一人残らず全部がもめごと起こさないように」
「………………あ、いや」
「こいつら曰くの二時間。絶対に二時間じゃ終わるわけがねえ二時間。ずーっとずっとこいつらのことを気」
「ほれ」
こういう時は。
態度はあくまでフラットに。
そうすれば、ほら。
たこ焼きの割引券渡して、相手は逃げて行く。
ただ問題は。
残された俺一人。
今のはどういう意味だと四方向から楚の歌と共に蹴りを入れられるという点か。
……兄ちゃん。
割引券じゃ足りねえぞどうしてくれる。
「ちょっと褒めたらこれですよ! えい! えい!」
「ほんとに、感動して損した。えい。えい」
「にゅ! にゅ!」
「いたいんじゃ」
バイト先でも部活でも。
どうにも肩身が狭いのは。
女家族に男一人。
そんな未来のためのリハーサルなのだろうか。
「た、立哉君……」
そんな俺の気持ちを察してくれるのはお前だけか。
唯一、蹴りは一発でやめてくれて。
俺のフォローをしてくれて。
こんなにも優しい言葉と共に気
「ここでも、居場所がない……」
「そんな感じしてたんだよな! ぜってえ落として来るんじゃねえかって思ってたんだよな!」
もういい!
お前らなんか知らん!
「いいさいいさ! 自分の居場所くらい自分で探してやる!」
「ちょっと先輩!? 子供じゃないんですから!!」
「ありゃ。すねちゃた」
「にゅ!」
三人して、けたけた笑ってやがるが。
見てろよお前ら。
こいつらに聞こえないように。
秋乃にそっと耳打ちだ。
「冗談で、ちょこっと隠れてみようと思うんだが」
「え? ……やめとけば?」
「いや、びっくりさせてやる」
どうせ能天気なこいつらのことだ。
秋乃と楽しく回って、あれ? そう言えばずっといませんでしたよね? なんて、後で笑う気だろ?
ずっと笑われ続けるくらいなら。
その一回で済んだ方がまし。
ゆあパパじゃねえけど。
たまには命の洗濯を。
あいつらの様子を見送った後は。
一人で屋台を楽しもう。
そんなことを考えながら。
人ごみに紛れて、するっとベンチの後ろに隠れてみれば。
予想通りの反応が…………。
「あ、あれ!? 先輩、どこ行っちゃいました!?」
「うそ。……ほんとにいなくなっちゃったの?」
「にゅ!?」
「先輩! 先輩! ぼく、あっち探して来る!」
「先輩! せんぱーい!」
「にゅー! にゅー!」
あれ?
なんだお前ら、そんなに一生懸命探し始めて。
なんだ、しょうがねえな。
それじゃ頃合い見たら顔出してやろうかな……。
「先輩!! ごめんなさい!! そんなに傷ついてるなんて気が付かなくて!!」
「ほんとにごめん! ……ゆあ! もっと大きな声で探して!」
「にゅーーーー!!! にゅーーーー!!!」
「せんぱ……、ひっく。ご、ごめ……、ひっく」
「しゅり、泣いてないで! 先輩の方がもっと悲しいはずなんだから!」
「にゅ……、ぐすん。にゅ……」
…………あれ。
これ。
なんかとんでもないことになっちまってるんだが!?
やっほー、迷子になっちった、てへっ。
じゃ済まねえぞ!!
やば、どうしよ。
まさかそこまで心配するとは思ったなかったぜ。
これ、なんとかしねえと。
でもどうしたら……。
ん?
「まま……、ひっく。まま……」
ベンチの裏っ側でしゃがんでた俺のたもとを。
小さな子が、べそかきながら引っ張っているんだが。
俺。
迷子ちゃん引き当てるのうまいなあ。
そう言えば去年も。
下呂温泉で、迷子のお母さん探して走り回ったっけ。
そのおかげで。
秋乃とはぐれて。
王子くんに勘違いされて。
……俺にとって、迷子は。
何かのトリガーなのかもしれん。
おまえにゃ悪いが。
ここは利用させてもらうぜ!
俺は、男の子を強引に肩車して立ち上がると。
出せる限りの大声を張りあげた。
「ここに迷子の子がいます!!! お父さんかお母さん!!! どこかにいませんか!?」
途端に鎮まる喧騒と。
こだまのように遠くから帰って来る大きな声。
「こっちだ!」
「よしきた!」
そして、笑顔が作る広い道を走って。
終点で、子供を下ろすと。
泣き顔二つが、ぎゅっと抱きしめ合う。
割れんばかりのあたたかい拍手。
次第に人の流れは元に戻るが。
誰もが、さっきまでより、ほんのちょっと。
笑顔が優しくなっていた。
…………うん。
罪悪感。
はんぱねえ。
「先輩!!! 迷子のお母さん探してたんですか!!!」
「ひとこと言ってくれたら、なんて無粋なことは言いません。素敵です」
「にゅーーーーー!!!」
人混みを割って駆け付けてくれた三人の顔も。
いたたまれなくてまともに見れん。
目元が赤くなっちまってる事には触れないように。
俺は、まるで理解してやれてなかった三人の頭へ、ひとつずつぽんと手を置いてやると。
「秋乃。その半目やめてくれ」
すべてを知ってるこいつから。
致死量にちょっと足りてないくらいの冷たい視線が放たれていた。
「……そ、それじゃ。居場所のなかった俺も、みんなのところに帰ろかな、なんて」
「さあ、どうかしら。あの子は居場所に帰れてよかったけど、この子に帰る場所はあるのかしら」
「うはは……、はは……」
今日ばっかりは。
お前の冗談で笑えねえ。
俺は、その後。
首をひねるみんなに。
好きなもんを好きなだけ買ってやることになった。
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