八丁味噌の日


 ~ 八月三日(火) 八丁味噌の日 ~

 ※嘔啞嘲唽おうあちょうたつ

  調子のおかしい、聞き苦しい音。




 暑い場所でも。

 嫌いだった場所でも。


 住めば都。


 店内にいづらくなった俺にとって。

 唯一の聖域が。


 妙な芸風の女に乗っ取られようとしていた。


「やれご覧あれ皆々様。右手にピンクの層。左手に茶色の層。果たしてどちらがどちらで何味が何味なのか。ミステリーライスバーガーをどうぞお試しください」


 なんと言うか。

 独特な魅力。


 パラガスが言っていたけど。

 売れる芸人の条件として。


 どこか気に障る『灰汁』のような要素が大切なんだとの話だが。


「右手のピンクはめでたい紅白。あげあげの色なのに、『あげる』ではなく『くれない』とはこれいかに」

「うまいねえ」

「このピンク色の正体は。桃か桜かはたまたハムか。正体を知りたい方は、『桃色ライスバーガー』をご注文ください」


 ローテンション。

 変なイントネーション。


 こいつの芸は、否応なしに通行人を引き寄せる。


「左手の茶色はもちろんカレー。華麗な家令は過冷で加齢」

「なんだって?」

「けれども、そんな期待通りに事が運ぶや運ばぬや。どんでん返しを味わいたい方は、『茶色ライスバーガー』をご注文ください」


 二つのバーガーを手に持って。

 日舞のような動きと独特の語りで道行く皆さんの眉根を寄せさせるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 スパっと、『気に入った! 食べてみよう!』という方向性ではなく。

 なにかすっきりせず、どこかむず痒くて。


 気になって気になって。

 気になって気になって気になって。


 ああもうだったらいっそのこと食ってみようと列に並ばせてしまうという。

 搦め手からのアプローチ。


「斬新」

「元気に客引きとか、無理……」

「誰のアイデアよ、それ」

「春姫……。これ、だめ?」

「いや、今のやり方でいいんじゃねえの? 成り立ってるし」


 明日もここを通りかかった時に。

 あの気持ち悪い語りをもう一度聞いてみたい。


 そう思わせるに十分なインパクト。

 耳に残って仕方ない、変なフレーズ。


 ……結果。


 俺が作るよりはるかに長い行列を生み出して。

 しかも、この気持ち悪い舞を続ける限り、夏の間くらいなら日に日に行列は長くなっていくことだろう。


 実に素晴らしい才能開花。

 これはひょっとして。

 本格的に秋乃の才能が…………。




 俺の居場所を取った。




「もう、商品開発って名目で、家にいていいか?」

「か、考えるなら厨房で……」

「ちゃんと仕事するぞ? 家にいたほうが効率もいいし」

「ほんとに?」

「ああ。アイデアを得るために料理番組を見たり、情報バラエティーを見たり」

「ま、まさかそれは……」

「効率を重視するために横になってゲームして、マンガにお菓子にジュースに昼寝」

「それは! 日本各地に大量発生していると噂される、不労所得者気取テレワーカー!!」

「全員クビになればいい」


 俺は、お前らとは違う。

 ちゃんと出来高を上げている。


 一日一品。

 カンナさんが認める品を生み出してるんだ。


 就業時間外の努力を。

 しっかり評価して欲しい。


 サーモンの押しずし風に引き続き。

 採用、即商品化した茶色い方。


 こっちは、ネギと生姜とシソを刻んで。

 八丁味噌と合わせてじっくり焼いたもの。


 ライスの片面だけ醤油を塗って。

 少し焦がしてさっきの焼き味噌を挟めば。


「見事に茶色の層……」

「これもサーモン並み。ちょっとした量なのに、爆発的な美味さが口の中にあふれて手が止まらなくな…………、うん。そんな感じ」

「おいひ…………っ!!!」


 なんでも美味しく食べる秋乃だが。

 ここまでの反応は初めて見たかもしれん。


 小指で拭った口元の味噌まで舐めながら。

 がっふがっふと、宣伝用のサンプルを食いつくしちまった。


「……美味かったか?」

「ふん! ほいひ……」


 いつもは、口の中身を綺麗に飲み込まないとしゃべらないお嬢様。

 でも、よっぽど気に入ったんだろうな。


 小さい頃に叩き込まれた。

 禁を破ってまでの即答だ。


「ん……、ごくん。どっちも、こんなちょっぴりなのに美味しいから不思議……」

「強い味を薄く挟むと、齧った時に口の中でムラが出来るだろ?」

「ムラ? 濃かったり、薄かったり?」

「そう。まばらに味の濃いとこと薄いとこが出来ると、それが美味しく感じるんだ」

「へえ。ムラができると、美味しく感じる……」

「そう」


 そして、毒を食らわば皿までと。

 サーモンの方もがっふがふ。


 並んでるお客さんも。

 通りかかったサラリーマンも。


 秋乃が美味しそうに食べる姿を見て。

 ごくりと一つ喉を鳴らす。


「おいひ」

「……商売道具なくなっちまったようだから。中に入ってろ」

「ムラがあった方が、美味しい」

「そうだな」

「お店も、店員がいっぱいいる日とまるでいない日があった方が美味しく感じる?」

「なに言ってるの?」


 変を通り越して無茶苦茶なご意見。

 眉根を寄せた俺を尻目に。


 秋乃は、お店への自動ドアをくぐると。


「みんな! 明日、バイト休んで、みんなで盆踊り行こう!」

「うはははははははははははは!!! ムラが出来た!」


 そんな秋乃の宣言に。

 大はしゃぎする三人組。


 でも、当然のように外まで飛び出して来たカンナさんが、胸元を掴んで。


「てめえ! この忙しいのに四人揃って休むだと!? だったら明日の分まで売り上げが行くよう客引きし続けろ!」

「カンナさん、やめてあげろよ。こんな往来でそんなことされたら、悪い噂が立ってお嫁に行けなくなっちまう」

「てめえは婿じゃなくて嫁になりてえのか!?」

「確かに」


 痛い苦しい。

 そして不条理も甚だしい。


「なんで俺が叱られてるんだ?」

「てめえの監督責任だから」

「やれやれ……。何人ぐらいつれて来ればいいんだよ」

「村が一つできるくらい」

「うはははははははははははは!!! またバーガーが美味くなっちまう!」


 腹を抱えて笑う俺を見て。

 眉根を寄せるカンナさん。


 何を勘違いしたのか。

 妙に深刻な顔をして。


「わりい、外に出し過ぎたか?」

「いや、そうじゃなくて……、くくっ!」

「じゃあ、あれだ。お前、駅向こうのジャンク屋まで買い物に行ってきてくれ。ゆっくり、すげえだらだら休憩しながら」


 いかんいかん。

 カンナさんは、『ムラ』の件を知らなかったんだ。


 俺が急に笑ったりしたから。

 おかしくなったのかと心配してくれたんだな?


「ああ、心配しないでくれ、正常だから」

「そうかあ?」

「ほんとだって。でも正直居場所が無くて困ってたから買い物行ってきてやるよ。何買って来ればいいんだ?」

「まだ残ってたら、店頭に山積みされてた手織りのカーペット、なるべく明るい色のを見繕ってきてくれ」

「何枚くらい買って来ればいいんだ?」

「十枚ぐらいのセットだったから、一束でいいや」

「うはははははははははははは!!!」


 カンナさんが。

 いよいよ心配しだしたけど。


 そうじゃねえ。


 織物の数え方。

 束にしたら、単位は『むら』だ。


「いっひひひひひひ! ま、またバーガーが美味くなる……!」

「……お前、あれだ。今日はテレワークにしろ」


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