生サーモンの日

 ~ 七月三十日(金) 生サーモンの日 ~

 ※冠履転倒かんりてんとう

  順序が逆。




「回収しきったな」

「なんの話? 先輩」


 ついにワンコ・バーガーに集結した。

 拗音トリオ。


 まあ、朱里がバイト始めたって言ったら。

 二人がついてくるのは必然か。


 着いてきたのやら。

 付いてきたのやら。



 これでバイト先でも一緒だねと。

 はしゃぐ三人の集う休憩室。


 カンナさんは、開いた扉越しに、仲のいい三人を見つめながら。


 にやにやと、喜んでいるような。

 あるいは、企んでいるような。


 そんな表情をしていた。



 ……でも。

 そもそも、最初の時点で言ったけど。


「バイト雇い過ぎじゃねえの? 短期?」


 一気に三人も雇って。

 しばらくは、五人全員、毎日来るようにって命令して来たし。


 給料大丈夫なのかな。


「いや? 長期だけど?」

「それじゃ大赤字なんじゃねえの?」

「バイトが多い分には問題ねえぞ?」


 なに言ってんだこいつ。

 問題しかねえだろ。


「こんな小さな店に? バイト五人?」

「もともと、一番多い時は十人ぐらいいたぞ?」

「普段は店長とカンナさん、社員二人で回してる店なのに?」

「もう一人いるって、社員。……すでに扱いはレアキャラだけど」


 そう言えば、レジしかできねえ社員がいるって言ったな。


 でもさ、そんな奴。


 見たことねえし。

 いたとしてもだし。


 そんな会話をしていた俺たちに。

 近付いてきた新人バイト。


 二岡におか丹弥にや


「おお、お疲れ、丹弥。速攻で仕事覚えたな」

「しゅりほどレジ上手くないし、ゆあほど洗い物と宣伝を上手にできないけどね」

「平均的になんでもこなせてるじゃねえか。上出来上出来」


 そんたく無しで、素直に褒めてやったら。

 一瞬、むず痒そうに頬をゆがめたように見えたが。


「一つ、聞いていいかな」


 秒でいつも通りの無表情になると。

 カンナさんに、なにやら質問をし始めた。


「なんだ?」

「私達全員、部活も一緒なんだけど。それでも平均化されるもの?」


 すると、カンナさん。

 眉をピクッとあげたんだが。


 平均化って。

 なんの話だ?


「……うちの場合、そこのショッピングセンターからの客がメインなんだよ」

「ああ、なるほど。バイトが必要になるの、土日なんだ」

「そゆこと」

「それなら納得」


 さっぱりわからんやり取りに。

 丹弥は納得してるようだけど。


「バイトの人数の話か?」

「うん」

「こんな小さな店に多すぎるって言ったんだけど、この人聞き入れてくれなくてさ」

「いや? 多くていいんだよ、バイト」


 は?

 お前までなに言ってんの?


「バイトの人数なんて、適正な人数ギリギリで収めるもんじゃないのか?」

「急なヘルプを入れやすいメリットを考えたら、多いに越したことはない」

「でもさ、バイトが来すぎるデメリットは?」

「それはなくはないけど、必然的に平均化されるから大丈夫なんだよ。バイトの人数が多ければ」

「…………おお。その日に入る人数の平均化か、なるほど」


 定常、バイトが二人必要な場合。

 学生を六人くらい雇っておけば。


 大体それくらいは来てくれるって訳か。


「さすが丹弥」

「マンガの受け売りなんだけどね」

「おい、バカ兄貴。後輩から教わってんじゃねえよ」

「うぐ……」

「誰がコンサルするって? こいつの方が使えるじゃねえか」

「うぐぐぐ……」


 そういや丹弥のやつ。

 株とかにも精通してたっけ。


 不労所得のためなら労を惜しまないとか、本末転倒なこと言うこいつが。


 まさか経営にも明るいとは。


「という訳で、決定したな。レジはちょびすけ、フロアと洗い物はにゅにゅ子、その他全個所と経営相談は、ねくらちゃんだ」

「誰が根暗ちゃんですか」

「ってことは……、あれ~? お前のポジション、どこかな~?」


 くそっ。

 その、ぐいぐい近付けてきた顔、ひっぱたいてやりてえ。


 だが。

 お前の思い通りにはならんぞ。


「待て。今日は立たん」

「は?」

「ちょっとこっち来てみろ」


 俺は、今日も外は暑そうだなあとかイヤミしか言わねえこいつを。

 キッチンへ連れ出して。


 昨日、寝ずに考えて朝のうちに作っておいた。

 試作品を取り出した。


「…………なんだこれ?」

「サーモンバーガーだ」


 甘塩と酢をまぶした米をぎゅぎゅっと固めたライスバーガーに生ジャケを挟んだ。

 サーモン寿司と押し寿司の間を狙ったアイデア商品。


 カンナさんは、ピンクの薄い層だけが中央に浮かんだ、ほぼライスばっかの品をいぶかしげに見つめた後。


 一口かじると。

 狼みたいな目をまん丸にした。


「うめえ……」

「だろ?」



 ちょっとした記念日とか。

 凜々花が落ち込んでる時とか。

 秋乃を怒らせた翌日とか。


 食事で喜んでもらうために。

 今まで幾度も頭をひねってきた俺にとっちゃ朝飯前なんだよ。


 ……まあ、完成したのは。

 朝飯食った後なんだけど。



「これ採用!」

「よし」


 不本意ながら、赤の他人のためにメニューを考えたんだ。

 これで立たされることはあるまい。

 

「じゃあ、お前の仕事終わったな!」

「なんで? …………あ、ほんとだ」


 あれ?


 あれれ?


 これ、まさか。

 逆だったんじゃね?


 完成品。

 先に出したらだめじゃん。


「ま、待て! ここからさらに改良を……!」

「無い無い! これを雛子に渡せば完了だ!」

「それじゃ、俺の居場所は……」

「一ヶ所しかねえだろ」


 うおお、まじか!

 なんという凡ミス。

 一晩の苦労が一瞬にしてパー。


 俺は、頭を抱えながら。

 今日も真夏日となった店外へ、肩を落としながら出たんだが…………。



 おい。



「うはははははははははははは!!! 見ねえと思ったら、ここにいたか!」

「た、立哉君は、他で仕事を探して……」


 三人娘を召喚して。

 自分も居場所を失ったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 他を探せとこいつは言うが。

 そうは問屋が卸さねえ。



 客寄せは。

 多分。


 創造主が決めた、俺の天職なんだから。

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