福神漬の日


 ~ 七月二十九日(木) 福神漬の日 ~

 ※訥言敏行とつげんびんこう

  徳の高い人物は、口数少なく、敏速




「回収しつつ、もう一本フラグが立った……」

「にゅ?」


 おそらくわざと。

 普通のサイズの制服をあてがわれて。


 たらした袖で顔を掻くのは。

 錦小路にしきこうじゆあ。


 でも。


「採用理由」

「マスコット枠」

「こいつは役に立たねぞ」

「マスコット枠」


 意外な特技を隠し持っていた朱里のように。

 仮に、何かあったとしても。


「何あの子、かわいい!!」

「にゅってなに? 猫の妖精キャラ?」


 なんぼなんでも。

 しゃべれなきゃ接客なんかできんぞ。


「にゅ?」

「すいません、店員さん! この子、なに言ってるか分からないんですが!」


 昔、お客へため口で話す店員がいると話題になって。

 客足が伸びたハンバーガーショップがあったらしいが。


「にゅ!」

「いや、なに言ってっか分かんねえし」


 さすがにこれを。

 生かしようはない。



 ……おととい、俺がやらかしたせいで空いている店内。

 朱里とにゅへ仕事の説明をしてるのは。


 舞浜まいはまあき…………。


「お前。よだれ」

「両手に花……」


 二人の手を握って。

 店内各地を巡るデート中。


「バックヤードへは連れ込むなよ?」

「ちっ」

「ああ、レジ関係はいい。にゅは掃除と洗い物メインに教えてやれ」


 どうあったって、コミュニケーションが取れないんじゃ。

 使い物になりません。


「おい、カンナ」

「マスコット枠」

「……まだ聞いてねえ」

「マスコット枠」

「無理」

「じゃ、伝統」


 伝統伝統って。

 別に、雛罌粟ひなげしさんと六本木さんに紹介されて入ったわけじゃねえだろ、俺も秋乃も。


「あとな? これも無理」

「なんでだよ」


 俺がやらねえからって。

 自分で考えたって言う試作品。


「カレー風味ならギリ分かる」

「福神漬けがバンズの上に乗ってて可愛いだろ?」

「上じゃなくて中を気にしろ! カレールーが全部出ちまうだろが!」


 どろっどろのカレールーをバンズに挟んだだけというずぼらアイデア。

 いっそ、トーストに乗せて皿で出せばいい。


「ぎゃーぎゃーうるせえな! じゃあお前が商品開発しろよ!」

「イヤだね。自分が食う文以外に料理なんてしたくねえ」

「バカ妹には作ってやってんだろ?」

「家族以外には作らねえ」

「バカ浜にも作ってるんだろ?」

「家族と秋乃以外には作らねえ」


 ひゅーとか、はやしたてんじゃねえよ。

 なおのことやる気失せたわ。


「じゃあ、にゅにゅ子にやらせてみるか?」

「あいつは食う方のプロ。作れねえって言うより、作らねえ」

「そうか、接客できなくて開発もできねえのか。…………なんでそんなの雇ったんだ?」

「台本よく見ろ。今のセリフの上に書いてあんの俺の名前だろが」


 凄んだって無駄。

 なんでもかんでも俺のせいにすんな。


「じゃあなにやらせりゃいいんだよ!」

「客寄せさせとけば?」

「この暑い中、店員外に立たせられるかバカ野郎!」

「バカ野郎はあんただあんた! じゃあ俺は何なんだ!?」

「…………マスコット枠?」

「てめぇぇぇぇぇ!」


 レジ前で、カンナさんと俺が一触即発。

 そんな時、キッチンから雛さんの叫び声が上がった。


「なんだそれ!? え? 手で磨いただけだよな!」

「にゅ?」


 なんだなんだと覗いてみれば。

 いつもの洗い物の棚に。

 見たこともないような食器が並んでいるんだが。


「……いや? これ、店の食器だよな?」

「にゅ」

「まじか! にゅにゅ子が磨いたのか!? ピカピカじゃねえか!」

「にゅ?」


 輝き具合がハンパない。


 特別な道具でも使っているのかと。

 にゅが持ってる道具を見ても。


 いつも俺たちが使ってる店の物。


 それがどうして…………。


「ああ、そう言えば、親父さんが言ってたっけ。お前、家のメイドさんと一緒に仕事するって」

「にゅ!」


 てことは、プロ直伝の皿洗いを身に付けてるってことか。

 そりゃ頼もしい。


「すげえぞこれ! いい拾いもんしたぜ!」

「とは言え、うちの店じゃそんなに出ねえよな、洗い物」

「まあ、そりゃそうだけど」


 売り上げのほとんどがテイクアウト。

 こんな技能も猫に小判だ。


 ……店は、ワンコだが。


「おいにゅにゅ子。他に何かできねえのか? 商品開発とか」

「にゅ?」


 いや、さっき説明したじゃねえか。

 試作品のカレーバーガーと福神漬け持たせてどうする気だよ。


 にゅも、何をどうしたらいいか分からないみたいで。

 しばらくぼーっと停止していたんだが。


 二つの品を手に持ったまま。

 とことこ、フロアへ出て行った。


「なにあれ可愛い!」

「どうしたの? くれるの?」

「にゅ!」

「え? 福神漬け?」

「あははははは! さすがにハンバーガーには合わないよ!」

「にゅ!」

「え? なにこれ、試作品って書いてあるけど」

「へえ! それくれたら宣伝してあげる!」

「にゅ!」


 これには。

 俺もカンナさんも口あんぐり。


 俺たちが試作品片手に店内歩いたところで。

 試してみたい、なんて人はあまりいない。


 それが、にゅが試作品を持って出ただけで。

 寄こせ寄こせと大騒ぎ。


「さ、さすがマスコットキャラ……」

「な? あたしの目に狂いは無かったろ!?」


 どの口が言う。

 そう突っ込む前に。


 俺は、とある気配を背後に感じた。



 だから、俺は。


 お客さんに大人気のにゅを横目に見ながら。


 何かを言われる前に、外に出た。


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