すいかの日
商売なんて。
簡単なもの。
安く仕入れて。
高く売る。
基本はそれだけ。
そこに宣伝を入れたり。
人を雇ったり。
付加価値をつけたり。
おまけをつけたり。
実に簡単なものだと。
俺は、結構前から思っていた。
……そんな俺に。
難癖をつけることができるやつは。
せいぜい、秋乃くらいのもんだと。
俺は、真剣にそう思っていたんだ。
秋乃は立哉を笑わせたい 第15.5笑
=気になるあの子と商売を学ぼう!=
~ 七月二十七日(火) すいかの日 ~
※
たゆまず、毎日が節季のつもりで
働けば、安定した将来が約束される
駅前の個人経営ハンバーガーショップ。
ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
隣に立って目を回しているのは。
「ぼ、ぼーっとこっち見てないで、急いで……」
「へいへい。いらっしゃいませ」
これだけわんこそば状態だと。
苦手な接客をしているのに。
苦手だってことを忘れてしまうらしい。
俺ほど効率よくはないものの。
絶対評価としては平常時の倍。
「ご注文を繰り返しまスイカバーガーセッ二つドリンクアイスコヒとアップルタイザーサイドメニュはオニオンリングアップルパイサービスポテトよろしいですね千百円になります」
「よろしいかどうかお返事貰ってねえだろ」
高速呪文詠唱を身に付けたこいつは。
合宿明け、一日置いて。
バイトに入ってみればこの有様。
去年の夏より大賑わい。
カンナさんも、たまにレジを開けてくれるけど。
「カンナ! キッチン!」
「うお!? 了解!」
手薄なキッチン側に回ることがあるから。
行列は一向に減りゃしない。
そんなこんなで。
さすがに今日は休憩返上。
レジの下にしゃがみこんで。
大好物だから、無理を言ってメニューに加えてもらったアップルタイザーで一息ついていると。
「いやまいった! さすがに嬉しくねえ悲鳴上げるとこだったぜ! ちょっとそれよこせ」
「ほいよ。大人気じゃねえか、スイカバーガー」
「ぷはっ! 誰だって気になるだろ? スイカバーガー」
「詐欺なんだよ、スイカバーガー」
なんだそりゃと、名前に惹かれて足を運んでみれば。
カットスイカとバーガーのセットでしたー、てへっ♪ て。
さすがに金返せなんて客はいなかったけど。
これ、明日から客が激減するフラグなんじゃねえの?
「限定企画第一弾って。以降も似た様なこと続ける気じゃねえだろうな」
「そうなるかどうかは、今後次第!」
「は?」
「これから考えるんだよ、二弾目以降」
「無計画っ!!」
相変わらず。
いつ墜落してもおかしくねえ曲芸飛行みたいな店だなここは。
俺だけ、ちょっと割安で日払いの給料にしてもらってるけど。
絶対正しい選択だって自負してる。
「そういうわけだから、よろしくな?」
「俺は今、なにをよろしくされたんだ?」
「第二弾」
「ふざけんな!」
「お前こそふざけんな。レジもフロアも平均以下なんだ。他で稼がなきゃバイト代下げるぞ」
冗談じゃねえ。
比較対象が秋乃と小太郎さんってところは心苦しいが。
二人の三倍ぐらい早いだろ、俺。
「調理は嫌だ。代わりに、経営のコンサルしてやる」
「はあ? お前が?」
おいおい、指差して笑ってんじゃねえよ。
カンナさんより上手くできるわ。
「バカ言ってねえで、じゃあ、そうだな。お前の後輩連れて来い。新しいバイトに」
「なに言ってんの!?」
「代々の伝統なんだよ」
「なにが伝統だ。それに、人増やしたってしょうがねえじゃねえか」
確かに、レジ待ちが長くて帰っちまった客はいたけど。
せいぜい四時間で十人程度。
バイト一人雇ってその分回収できたとしても。
「赤字になるじゃねえか」
「ん? 今お前、計算したのか?」
「その程度簡単だ。だからコンサルを……」
「ははっ! やっぱバカ兄貴はその程度か! 計算ミスも甚だしい」
「いや、合ってるだろ」
「客商売には、いろんな要素が絡み合うもんなんだよ」
そんなこと言いながら。
ちょうど入って来た客の相手を始めたカンナさんは。
接客の合間に。
小声で俺に突っかかる。
「身の丈にあった事してりゃいいんだてめえは。新企画か後輩の紹介、二択だよ」
くそっ。
こんな逸材を遊ばせやがって。
しかも、そんな二択突き付けられても。
後者は絶対無理。
ブラック企業に可愛い後輩たちを入社させるわけいかねえよ。
でも……。
新企画って言ってもな……。
「な、何の話してた……、の?」
「ん? スイカバーガーに続く新企画考えろってさ」
「す、すごい! 面白そうなお仕事……!」
「そうか? だったらお前がやれ」
俺は、ほぼ毎日、家族とお前のために料理のアイデアを考えてる。
それを好きでやってるわけじゃねえんだから。
これ以上、誰かのために料理のことなんか考えたくねえんだよ。
ネガティブな心境だったから。
つい、冷たく言い放った仕事の押し付け。
でも、秋乃は目をキラキラ輝かせながらキッチンへ向かうと。
あっという間に新作バーガーを作って帰って来た。
「げ、限定企画第二弾! 真・スイカバーガー! 試食して?」
秋乃が突きつけて来た包みに入っていたのは。
ごくごく普通のハンバーガー。
バンズからレタスとトマトが飛び出してるせいで。
メインに何が入っているのか見えやしねえ。
でも。
『真』ってことは。
挟んじまったんだよな。
「し、新鮮な驚きを体験して欲しいから、中を見ないで食べて……?」
「こええよなにその闇ゲーム。俺、なんか悪いことでもした?」
「ゆあちゃんに、あたしの下着がどんなだったか聞いたってほんと?」
……うん。
ほんと。
「よし。それでは新鮮な驚きってやつを体験してみよう」
「聞いたの、ほんと?」
あいつ、ナイショにしとけって言ったのに。
しかも、そんな生きるか死ぬかの質問で得られた唯一の情報。
にゅ。
「じゃあいただきま……、がふ」
「ねえ」
「んぐんぐ…………?」
「ねえ」
「ぶええええええっ!! なんだこりゃ! まじい!!!」
舌が、歯が。
スイカを待ってたせいで。
予想外のぐんにゃり感と想像もしてなかった酸っぱさにびっくり仰天。
飲み込めもせずに、汚いことは分かっていても口をそのまま半開き。
「…………真・スイカバーガー」
「漢字」
さすがに気付かんかったわ。
これ。
酢烏賊。
「このバカ兄貴! 店ん中でなんてこと言いやがる!」
「だって、これ……」
「なんだこりゃ」
「あ、あたしが作った新作バーガー。真・スイカバーガー」
「ほう? はんぐ。……もぐもぐ」
「躊躇なしかい」
人のこと頭ごなしに叱りつけやがって。
お前も同じ反応しやがれ。
レタスのしゃっきり感を台無しにするグニグニ食感。
バンズにまったく合わないイカ風味。
甘みや辛さを期待している口が思わず拒絶する酢の暴力。
俺は、カンナさんの叫び声に備えて。
両耳に手を当てていたんだが。
そんなのお構いなしに。
耳まで届いたでかい声は。
「うめえ! 採用!!」
「うはははははははははははは!!! 潰れるわこんな店!」
……うん。
失言、二連発。
俺は、怒り狂ったカンナさんから。
まさかの指示を受け。
店の外に立たされた。
「あれ? おにい、得意の客寄せ中?」
「…………正解」
しかし、新商品はともかく。
後輩か。
……嫌な予感しかしねえな。
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