9.雨季 1話
カラン、カラン
聞きなれたベルの音。
【STRAND(ストランド)】のドアが金属音でカイルを出迎えた。
まだ午前中の上に何だかどんよりとしたはっきりとしない天気である。
そのせいもあってか、珍しく店内は閑散としていた。
都合がいい、どうも自分が唯一の客らしい。
「やぁ、マスター」
「よぉ、一人で来るなんて珍しいじゃねえか」
「うん、まぁね」
豪快な口調で問いかけるマスターに苦笑まじりに答えるカイル。
そのやりとりは普段と変わりないように見えるが、微妙な空気の違いを二人とも敏感に感じ取っている。
「実はさ、フェンリルに戻ることになったんだ」
「ほぉ、そうか。まぁ、座れよ。わざわざ来て何も飲まないってのもなんだしな」
マスターは大げさにうなづくと、すぐに香ばしい湯気を放つコーヒーをカップに注いで差し出した。
「ありがとう。やっぱりここのコーヒー美味しいよね。もういっそ本格的に喫茶店にすればいいのに」
コーヒーを一口啜るとカイルは少し柔らかい表情で満足そうにそう言った。
「おいおい、勘弁してくれ。俺はみんながワイワイしてる空気が好きなんだ。それにな、立地的に酒場やってる方が流行るんだからしょうがねぇだろ?誰だって全てが自分の思うがままにできるわけじゃねぇんだ」
マスターは口元をいつものようにニヤッと歪め笑ったように見えた。
色付き眼鏡のせいでしっかりとは読み取れなかったが。
「それで、あいつらにはもう話したのか?」
「いや、話すと喧嘩になりそうだし。リュウガは怒ると問答無用で殴るし」
「ハッハッハッ、確かにあいつならやりそうだ」
「でもさ、きっとみんな分かってくれると思う」
「そうか」
マスターのぶっきらぼうなその一言は掴みどころのないカイルの言葉をしっかりと受け止めているように感じられた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。コーヒーご馳走様。すごい美味しかった。えっと、お代はここにおいとくから」
「………ああ」
そういえばカイルはよく、「どうせまた来るんだからツケでいいじゃない!!」とか変な理屈をこねていたな。
「あそこへ戻るのですか?」
出口へと向かっていたカイルに丁度厨房から出てきたエミリアが声をかけた。
「さっきの話聞いてたの?」
「そうやって、私が話を聞いていたことも全て分かっていながらとぼける嫌なクセはやめた方がいいですよ。気持ち悪い」
「ごめん、ごめん。気をつけるよ」
「あなたは昔からそうですよね。そうやって謝ってばかりで、少しは………」
「ごめん。でもさ、これは俺自信が解決しなきゃいけないことだから」
来た時と同じように扉のベルを鳴らしてカイルは静かに店を後にした。
「はぁ・・・本当に、相変わらずですね」
「ほぉ、そんなに心配ならお前も動いたらどうだ?」
マスターがニヤニヤしながらエミリアに問いかけた。
「ウルサイですよ、マスター。誰もあんなゴミ虫の心配なんてしてません。どうせ誰かが助けようとしても勝手に何とかするでしょう。それに、私が行動したところで大局が変わるとも思えないですから。・・・誠に不本意ですが」
「フッ、そうかい。それにしてもお前はカイルのことをけなす時はえらく饒舌になるよなぁ」
「気のせいです」
ピシャリと言い放つとエミリアは店の奥に引っ込んでしまった。
店の奥からは、
「あれ?エミィどうしたの?なんか顔赤いよ。ブリッツのみんな来たの?」
「大丈夫です。姉さんには関係ないですから」
「えぇ~、何々?教えてよぉ!」
という会話が聞こえてきてマスターは思わず苦笑した。
(ウチだけでもこれだけお前のことを心配してくれてる奴がいるんだぜ。またコーヒーでも飲みに来いよ、カイル)
そんなマスターのつぶやきは、静かに降り続ける雨の音に溶けていった。
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~登場人物紹介~
・カイル・ブルーフォード:廃棄区画にて「なんでも屋 BLITZ」を営む。
元【Fenrir(フェンリル)】1番小隊隊長
・マスター:酒場「ストランド」を営む情報通。本名は不明。
・エミリア:双子の妹。「ストランド」の給仕と掃除を担当。
・フレイ:双子の姉。「ストランド」の経理関係と比較的安全~怪しい依頼を扱う仲介業を営む。
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