運命の人
scene41: 始まりの場所
眠気をこらえて踏ん張ること数十分、自転車に乗った澪と朱里は道の駅「はちうら」までやってきていた。時計は既に夜の十一時になっている。普段の澪たちなら横になっている時間だ。
「よし、一回ここで仮眠しよう……澪、大丈夫?」
「うん。でも眠い……」
「明日はちょっとした当てがあるから、今日だけは我慢して。ごめんね、澪」
「大丈夫だよ。色々考えてくれてありがと、朱里ちゃん……」
荷物を持って屋内へ入った澪は朱里の後に続き、24時間鍵が開けられている二階の展望室へやってくる。二人がはじめて「親友」になった場所だった。
壁際のベンチに腰掛けて寄りかかる。ベッドと比べれば明らかに硬いが、首に睡魔の息がかかった二人は喜んでその場所で身を寄せ合った。肩と肩を触れ合わせ、手と手を重ねて指を絡め合う。ただそれだけで気持ちが羽のように軽くなった。もう戻れない家のことをほんの少しだけ思い出した澪は、それを打ち消すように朱里の掌の暖かさを強く意識する。
「私が居ないの、昼までならバレないかも」
「大丈夫、その辺りには鯖之山町に入ってる。追いつかれないよ」
「そっか。私たち、どこまで行くのかな」
澪が投げかけた質問に朱里はすぐ返事することができなかった。
彼女もそれは最初から分かっていたようで、微笑みながら手を強く握る。
「朱里ちゃんとなら、どこまででも行ける気がする」
「ありがとう。澪」
「今日はもう休もう? 少しだけ寝たら、コンビニで何か買って……」
「うん、いいね。道中に温泉もあるからそこ行って……」
二人の声が徐々に弱くなっていく。冷めていく身体を少しでも温めようと身体を摺り合わせる。そうしているうちに朱里の首がストンと力なく落ちた。澪はその横頬にキスをしてから、互いに受け止め合うような姿勢を作って瞼を閉じる。
夢を二つ見た。
一つは、澪が小さかった頃の夢。親の期待に答えるべく休みなく通った小学生の頃の日々。クラスの誰よりも成績が良く、他の誰よりも先生の言うことを聞いていた。その頃の自分を、どこか遠いところから見ているような夢だった。
もう一つは、職員室で香里奈から叱られる夢。内容ははっきりとしない。ただ、今のままでは大学に行けないという焦りだけがあった。なんとなく、朱里のことについても言われてたような気がした。
早朝の薄ら寒い中で澪は目を覚ます。朱里の重みを感じながら、ここが自分の家でないことを実感していた。
朝の四時。あれだけ眠かったのに6時間も眠れていない。まだ若干の疲れも残っており、朱里の言っていた"当て"でそれが取れることを祈るのみだった。
「朱里ちゃん、起きてる?」
肩を枕に眠る彼女からの返事はない。静けさの中で不安を堪えながら、自分のことを理解してくれた人の頭を優しく撫でる。
サラサラと流れる髪。これからそれが潮風でべたついていくのだ。澪は恨めしそうな顔で舌を伸ばすと、手で作った髪束をわずかに
東の空が明るくなってきた頃、少し遅れて朱里も目を覚ました。隣にいるはずの澪がいないことに気付いて、慌てて周りを見ると、彼女は自動販売機の前で屈んでいた。
青白く生気の無い光を受けた横顔はこの世の人のものではない気がした。眠気で目をこすると、それは自分の方へ向けられた笑顔に変わっていた。
「おはよ、朱里ちゃん」
「寝れた?」
「うん。今日一日は大丈夫」
「良かった。それじゃ、少し身体動かしたら、もっと北に行くよ」
「よし……」
両腕を上げて伸びをする澪。
それを見た朱里は、身体の中にぞわりと電気が流れるような心地を得ていた。頭が熱くなり、ふらふらと誘われるように近付いて。油断していた両腋から腕を回して抱き込んだ。
「え、朱里ちゃん?」
「なんか、ヤバいかも」
「ダメだよ、ここは――」
「分かってるよ」
制止しようとする澪だったが、その直後には朱里の毒牙にかかってしまっていた。ジャージ越しに小振りな尻を撫でられた澪は、腹の底で眠っていた何かが目を覚ましてしまったことに息を熱くする。
「朱里ちゃ……」
「澪、こっちに来て」
「……うん」
腰の辺りを押されるようにして澪は朱里と二人で窓際のベンチに座る。その間も朱里の手は澪から離れられないでいた。そしてついには澪の方も身を乗り出すようにして身体をすり合わせる。
時刻は午前5時になろうとしていたところだった。夜明け前の日本海はそれでも暗い。薄暗い照明の下、二人はかたく抱き合うようにして情欲の発散を試みる。
「ねえ、澪」
「なぁに」
「ここ、覚えてる?」
澪がそのことを忘れるはずがなかった。
今の二人が座っているのは、まさに数週間前に初めて朱里と親友になった場所。日の入りが綺麗に見える、二人にとって特別な場所だった。
その記憶を上書きしていくように澪は朱里と舌を絡め合った。指を組ませ、行き場のない力を込めながら背徳感に溺れていく。
「澪、私から離れないでね」
「うん。朱里ちゃんも、ずっと側にいて……」
それに応えるように、朱里は澪の身体をそっとベンチに倒して上へ乗る。
腹の中のものは、どうにもなりそうになかった。それが二人の身体からなくなるまで、いつ誰が来るともわからない場所で、大好きな人が弱くなってしまうところを指で何度も探り合っていた。
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