scene24: 白の花蕾

 どうしてこうなってしまったんだろう? 澪はそれを考えずにはいられなかった。試験が明けてから急いでおしゃれをしてみたり、万が一のことを考えて下着も気にしてみたり……余裕がないことは自覚していながらも様々な可能性を考慮したはずなのに、今の彼女はどの想像よりも遙か先へ進んでしまっていた。


 カーペットに背中をつけ、捲られた海色のシャツに皺を作りながら反射的に身をよじる。このままでは取り返しのつかない関係になってしまう……形半分の抵抗を続ける澪を、朱里は真上から押さえつけて逃げられないようにしていた。

 彼女の目は本気だった。澪は未知への不安と"堕落"したことへの罪悪感を胸いっぱいに広げ、じっとしていられずにもがき続ける。


「かわいいブラつけてるじゃん」

「そんなこと……」

「でも、うちの高校じゃ、フリル付きは駄目じゃなかった? 私は別に気にしてないけど、澪はそういう決まりをしっかり守るイメージがあって」


 澪が視線をそらす。頬に滲む後ろめたさが朱里にも分かってしまう。


「悪い子だね、澪」

「ううっ……」

「私と同じ。私も、悪い子だから――」


 跨がるように乗った朱里は前で腕を交差させながら白いTシャツの裾を掴み、澪の見ている目の前で引っ張り上げるように脱いでみせた。襟元から長い髪の毛が抜けた時に汗の香りがふわりと舞い、何度も澪を虜にしたあの黒下着が現れる。

 かつてお互いに送り合った写真を合わせたような光景だった。見入るようにして澪が身体を起こすと、首に引っかかっていた青シャツを朱里が手で脱がせる。


「なんか、恥ずかしいよ」

「早くお風呂入っちゃお。このままじゃ、私も変な感じに……」

「うん。よろしくね」


 立ち上がった後も、朱里の女らしい身体つきに酔わされた澪は足取りをゆっくりと進めていた。先に脱衣所へ入っていた朱里は自分が履いていたジャージを下ろすと、今度は澪の腰に留まっていたスカートを外して床へ落としてしまった。




 白いバスチェアに座る澪の裸体はきめ細かい泡に覆われていた。その後ろで膝立ちになっている朱里は手のひらの上で泡を作り、澪ひとりでは届きづらい背中を撫で回すように磨いている。

 時折、頬の横をシャボン玉が飛んでいく。夢心地の澪を映したそれは鏡に当たって割れた。朱里の表情にも余裕はない。


「澪。私も洗ってくれる?」

「ん、いいよ……」


 恍惚に満ちた顔の澪は全身に白みを纏ったまま正面から抱きついた。そのままゆっくり身体を擦り合わせ、込み上げる快楽を互いに分け合うように熱い息を吹きかけ合う。


「朱里ちゃん、して」

「もう、すっかりハマっちゃってるじゃん。今日、澪と何回キスしたんだろ」

「何回目でもいいから、はやくっ」


 ちょっとだけ背伸びをして澪が口づけをせがむ。それに応えるため身体に手を掛けると石鹸のぬめりの下に生の温かさが染みた。お互いの滑りを楽しむように朱里は腕と脚を絡ませるようにして立ってみる。

 口から甘い声を漏らしながら、熱を帯びていく身体を抑えるために擦り洗う。絡んだ舌先から零れ落ちた粘液は光を纏いながら肌の上を滑っていく。


「澪……んっ、好き」

「私も、はぁ、好き……」


 それから長い時間が経って――浴槽の中がぬるくなってしまった頃、ようやく二人は同じ湯に浸かる。肩まで入ると、いつもより一人分多く溢れ出た。

 熱くなっていた頭が冷め、二人は冷静さを取り戻す。朱里は呆然とした顔で洗い場の床のタイルを見つめ、澪は両手で顔を覆って俯いていた。


「うわぁ、やっちゃった」

「何言ってたんだろ。恥ずかしい……」

「何回目でもいいからって」

「言わないでっ! うぅ、これから、どうしよう……」


 ぴちゃん、と水音が跳ねる。澪の問いかけに朱里が返事することはなかった。

 今の二人はもはや"親友"ではない。それはどちらも自覚させられていることだった。人前でそのような言葉を使ったとしても一時しのぎの隠れ蓑にしかならず、二人だけになった瞬間に互いの本性が貪欲に絡み合ってしまう。浅海家の娘と船場家の娘が関係になってしまったことは、決してクラスの皆に知られるわけにはいかない……しかし、女子更衣室といった場所で周りの目がなくなった場合、果たして自制が働くことを期待して良いのだろうか?


「卒業まで待てば、お互い家を出ていけるけど……」

「我慢できないよ。絶対、爆発しちゃう」「澪、凄く可愛いこと言ってる自覚ある?」

「えっ?」

「まぁそれは後で……あー、当分はうまい具合にガス抜きしなきゃいけないかな。澪のせいで考えること増えた……」

「えぇっ、私のせいなの? 朱里ちゃんが変なちょっかいかけてきたからじゃん」

「それは、安易に近づいてくるなってことで……ふぁぁぁ」


 朱里が長い欠伸をする。外が真っ暗になってから結構な時間が経っていた。澪もつられて大きく口を開けた後、名残惜しそうに朱里の膨らんだ部分に触れる。


「ん、こらっ」

「また一緒にお風呂入ろうね」

「入れるって。ちょっと澪やめて、そんな揉まないで、あっ、ん――」

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