第4話
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その日の夜、リオンは兵舎の屋根に一人上がるとそこに寝転び星空を見上げていた。とても近い星がきらきらと煌めいていて、そこに彼は故郷の光景を思い出していた。
「――何処へ行っても空は一緒だから、寂しがることなんか無いってあんた、言ってなかったっけ?」
リオンの上体が跳ね上がり、声のした方を丸く剥かれた双眸が見詰めた。同じ屋根の上に、そこに居たのはシャイナだった。
「なんでって顔してるから言っとくけど、別に来ようと思って来れない場所じゃないからね、ここ」
「べっ、別に寂しがってなんかねえや……」
「顔に書いてあんですけど?」
「ウソだろ!?」
「ウソだけど」
まさかと自らの顔を手で覆い撫で付けるリオンへと冗談だと明かすシャイナ。彼女は顔をしかめ固まってしまったリオンの隣へと腰を下ろすと星たちを見上げる。
「わたしは寂しくなかったよ。あの光はみんなだもん。お父さんにお母さん、デュッシちゃんにテルルーおばさん」
あとリオン――シャイナが言うとリオンはすかさず「オレは死んでねえ」と返した。半ば“お約束”であった。
「なんで来たんだよ」
「……」
「決闘じゃあんだけ失せろ失せろ言ってたクセに」
しかしそれからリオンにそう言われて、シャイナはしばしの沈黙の後に頭を掻き大きな溜め息を吐いた。リオンはそんな彼女の姿は見ずに、ただ星を見上げ続けている。
沈黙の後、シャイナが遂に口を開いた。
「気まぐれ」
その言葉にリオンの目はようやくシャイナを向いた。すると彼女もまた彼を見ており、両者の視線が絡み合う。
これは決闘の時の剣戟が如き視線同士のぶつかり合いとはまるで違う、心を通わせた者同士による言の葉よりも明け透けとして多弁、そして濃密なる“心語り”である。
実際として、二人にそんな超常的な意思疎通能力があるわけではない。しかし幼き頃より共に育ち、野を駆け獣を狩り、想いを重ね育んできた血よりも濃ゆいその“絆”は互いの心を確かに結び付けていた。奇跡なのだ。
そうして僅かな間の“心語り”を交し、シャイナは立ち上がりリオンに踵を返した。
彼女のその月のような銀髪に隠れる背中を見送らんとしていたリオンだったが、跳ねるようにして彼は立ち上がる。そして声を張ってはっきりと言った。
「アダムのヤツから言われたんだ、オレは騎士に向いてねえって」
シャイナの足が止まる。しかし振り返らない彼女にリオンはさらに続けた。
「オレも騎士ってヤツがこんなに窮屈だなんて思ってもみなかった。絵本の中じゃ騎士は駿馬に跨って風みてえに自由だったから、そうだと思ってたんだ。お前だってそうだったろ」
振り返ることもなければ、言葉の一つすらシャイナは返さない。それでもリオンは言い続けた。
「けど、けどな……不思議に思うだろうがオレの中じゃまだ、騎士ってのが絵本の中の騎士みたいに光ってるんだ。強くて自由な騎士が、まだオレの中には生きてるんだ」
それをシャイナも見たはずであった。リオンの心はシャイナの心でもあるからだ。唯一、シャイナの心だけがリオンを拒むかのように霧がかっている。
故に彼は言葉を尽くす。再び歩き始めたシャイナが屋根の縁へと足を掛け、膝を屈めた。
「オレはなるぜ、騎士になる。
リオンがそう
――お前を守護る、お前だけの騎士になる。
そしてその夜、兵舎にて眠りに就く院生たちは獣の咆哮で目を醒ました。だがそれが、リオンが夜空にきらめく星たちに向けた決意の雄叫びだと知るものは居ない。
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