第3話



「つくづく呆れた。敗けるかよ、あそこから普通」

「フツーなんてつまらねーぜ」

「詰まらん以前の問題だとボクは言ってんだ」


 七色に輝く結晶の都アルカディエ。そこの噴水煌めく果樹園にて、天然石の長椅子に腰掛けた浴衣姿のリオンをアダムが手にした赤い果実をかじりながら詰る。

 背中に白竜ルーンを貼り付けたリオンは唇を歪め、ばつが悪そうに頭を掻いた。そんな彼の横顔をルーンの碧眼が見詰める。それの角を頂く頭を撫でながらリオンは言った。


「激輪ですかんぴんになっちまったんだ。仕方ねえ」

「ふん、まあ運が良いというかなんというか……」

「あン?」


 果実を芯を残して食べてしまったアダムがそれを宙へと放ると、ルーンが翼を広げ飛翔。追い掛けてそれを一口にしてしまう。リオンはそれに「野良犬じゃねーぞ」と呆れた様子でアダムに言うが、そのアダムは気にもせず続けた。


「もしお前が勝ってたらシャイナの立場は完全に地の底へと落ちてただろうからな」

「ンでだよ? あいつもオレも釈迦力しゃかりきで戦ったんだぞ。その結果がどうであれ、誰が戦士をバカにできるってんだ」

「はぁ……戦士じゃなくて騎士だ。此処は里じゃない」

「ざけんな!」

「吠えるな。それに言ってるだろ、運が良いって。結果的に勝ったのはシャイナ。敗けたのはリオン」

「誰が敗けて運が良いって!?」

「このボケ。話聞いてた? お前じゃなくシャイナだよ、ボケ」

「二度も言いやがった……!?」


 威勢良く左の手のひらに右手の拳を打ち付けて鼻息を荒げるリオンにアダムはそれは深く重たい溜め息を吐く。

 彼は果樹園を四つ脚で歩き回り、虫でも食べているのだろう地面を啄むルーンの姿を微笑ましく思いながら眺め、ポケットよりチョコバーを取り出し食べ始める。


「本来、騎士団へと加入する為の“可能性”を見るはずの選抜大会。そこであんな派手な私闘を行ったんだ。里じゃ絶賛されても、厳格さを売りにしてる騎士としては愚行も甚だしい。まして敗けたりしてたら彼女、騎士の称号を剥奪されてたかもな」

「ちぇっ、騎士ってぇのは窮屈なモンだぜ」

「だからこそ人々の希望足り得るんだろ。ま、お前に向いてるとは到底思えないけどな。ボクは嫌いじゃない」


 やがてチョコバーも食べ終えたアダムはでっぷりの腹を擦りながら椅子から立ち上がる。それを目で追うリオンが「どうした」と訊ねると、アダムは彼に横顔を向けて答えた。


「お前と違ってボクはもう騎士なので、実は同僚になったたちを待たせてるんだ。だからお前とはここまで」

「けっ、つまんねえヤローだな」

「まっ、女のコの居ない日くらいは遊んでやるさ」

「さっさと失せやがれっ」

「キミもせーぜー頑張り給えよ、リオンくん」


 言われて椅子から跳ね降りたリオンが放った怒りの上段回し蹴りを軽やかな動作で潜り抜けるアダム。彼はリオンに舌を見せながら人差し指と中指を立てた敬礼を軽くして、さっさと果樹園を去ってしまう。

 見送るリオンの背中へとルーンがよじ登り、肩から頭を出して同じように見送ると「クォン」と小さく鳴くのだった。





 騎士とは三輝神さんきしんが一柱たるレプランカに仕え、都アルカディエを守護する一騎当千の選ばれし者のことを云う。兵たちを従え、押し寄せるイビツ共を誅戮する彼らにはその活躍に相応しい身分が与えられ、アルカディエの若者たちは家族や自らのために騎士を目指すのだ。


 惜しくも騎士として選ばれずとも、“可能性”有りと見做された者たちは騎士団が有する施設“修道院”へと送られ、そこで研鑽を積み査定を受ける権利を得ていた。

 そしてそこにリオンが居た!!


「勉強なんて退屈なだけだぜ、男なら力比べよ!!」


 修道院では騎士に必要な知識や心得を学ぶが、同時に戦技もまたそこでは磨く。その時間にリオンはもっとも輝くのだ。


「おっ、お手柔らかに……」

「応っ! オレはセンセだろーが戦友ダチだろーが手加減無しだぜ」

「お手柔らかに!」


 模擬戦とは互いを研鑽し合う闘い。虐殺さいなみは決して起こり得ない。人と言う生物が獲得した殺し合う以外のこの闘争の様式がリオンには目映く見え、至福を覚えさせた。


 院に設けられた闘技場とうぎばには院生たちが集結し囲みを作る。その中で褌一丁になったリオンが自らの胸筋に拳を叩きつけ笑っていた。

 彼と相対するのは長身かつ恰幅の優れた偉丈夫だったが、気性はその体格と比べずっと小さいようだ。ちなみに彼はちゃんと支給された軽装鎧を身に纏っている。


「心配無用だぜ、キュイライ。オレは昔っから大人たちと取っ組み合いしてたんだ。そう簡単にゃ潰れたりしねえ」

「や……ボクは自分の心配を……」

「任しとけ!」


 どうやらリオンはキュイライと言う少年偉丈夫の気弱さを、自らを気遣う謙虚さと捉えたらしい。

 キュイライにとってはまるで的外れなリオンの自信が胃を締め付け、彼が威勢良く踏み締める四股の盛大さに身は縮こまる。


 常識的に考えればキュイライより頭一つ近く小さく、体格も劣るリオンに勝ち目は無い。しかしこの闘いを見守る者たちはリオンがシャイナと云う騎士を相手取り、互角に立ち回った身体能力を知っていた。キュイライもである。

 見れば見るほど、リオンの平均的な体格に凝縮された筋量に実力あるものは気付くことだろう。


 キュイライとの質量ウェイトは見た目ほど差がないことに。


「良いか、相手を倒すか、押し出した時点で決着だぞ」

「あいあい、分かってるぜセンセ。そーゆーのは大得意!」

「ホント、ホント程々にね? 程々にね!?」


 あいよおっ――分かっているのかいないのか、リオンが浮かべた闘争心剥き出しの獣じみた笑みにキュイライは青ざめる。

 そして合図が切られた次の瞬間、リオンにまんまと投げ飛ばされるキュイライの悲鳴が響いた。

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