少し修羅場な予感
「タカくん、おはようございます」
週が明けて月曜日の朝、インターホンが鳴ったので出てみると、若干ながら頬を赤くしている制服姿の姫乃が画面越しに映っていた。
今日から本格的に姫乃に特定の男子がいると学校の人たちに思わせるため、一緒に登校しようと考えたのだろう。
「今開けるね」
耳への甘噛みのせいで嫌われなくて良かった、と思いつつ、隆史はドアホンに付いているロック解除ボタンを押す。
これからしばらくの間は一緒にいることになるのだし、合鍵を渡した方がいいかもしれない。
ピッキングがしにくくなっている鍵だから作るのに多少時間がかかるかもしれないが、渡しておいて損はないだろう。
「白雪さんが来たの?」
「うん」
キッチンの方から料理を作っている麻里佳の声がしたために答える。
昨日姫乃が料理を作ると言ってきたのにも関わらず作っているのだから、麻里佳の性格は本当に変わっているだろう。
もしかしたら学校がある日の昼だけ姫乃が作ると勘違いしているのかもしれない。
鼻歌を口ずさみながら楽しそうに料理をしている。
「来たね」
この時間のエレベーターは通勤、通学の人たちで使われるから階段を上がって来たのだろう。
玄関に向かってドアを開けると、笑みを浮かべた姫乃が立っていた。
この笑顔を見る限り、本当に耳を甘噛みされたことは怒っていないようなので、隆史はホッと胸を撫で下ろす。
「その……一緒に登校しようかと思いまして」
頬が赤い姫乃は手足をモジモジ、と上下に動かしている。
一緒に登校しようとは約束していないため、恥ずかしがり屋の姫乃には少し勇気がいることだったのだろう。
「取り敢えず上がって」
まだ朝ご飯を食べていないから登校することが出来ず、隆史は姫乃をリビングに招き入れた。
「式部さん、いたんですね」
「うん。だってたっくんの面倒を見るのはお姉ちゃんである私の役目だもん」
約束と違うじゃないですか、と思っていそうな目で姫乃は麻里佳を見ると、全く悪いと思っていなそうな答えが帰ってきた。
「料理は私が作る約束じゃないですか?」
「え? だって白雪さんは家まで少し距離があるし大変でしょ?」
「歩いて十分なので苦ではありませんよ」
はあ〜、と深いため息をついた姫乃は、本当に麻里佳に対して呆れているようだった。
幼馴染みの姉弟のように思っているから付き合えないのは仕方ないにしても、告白を断ってからまだ約一週間ほど……よく来られますね、と思っているのかもしれない。
「せっかく作ってきたのに……」
ボソッと呟いた姫乃が持っている鞄の中には、お弁当と朝ご飯が入っているのだろう。
これは完全に予想でしかないが、恐らく昨日甘噛みされた恥ずかしさであまり寝ることが出来ず、いつもより遅くなったから慣れている自分の家でお弁当と朝ご飯を作ったようだ。
初めてではないにしろ、自分の家とは勝手が違う人の家だと慣れなくて普段よりスピードが遅くなる。
「ご飯出来たよ」
キッチンの方から声が聞こえた。
「大丈夫。姫乃の料理もきちんと食べるから」
耳元でそう囁くと、嬉しそうな声で姫乃は「はい」と頷く。
朝食をテーブルに運ぶため、隆史はキッチンまで向かった。
☆ ☆ ☆
「タカくん、あ、あーん」
朝ご飯を食べ始めて少したち、「よしっ……」と何か覚悟を決めたような表情になった姫乃が自分が作ったタコさんウインナーを隆史の口元に持ってくる。
人前であーんなど姫乃にとって恥ずかしいだろうが、何としてでもやりたいようだ。
もしかしたら学校で麻里佳が隆史に執拗に絡んできたら自分に特定の男子がいる、と学校の人たちに思わすことが出来ない、と考えているのかもしれない。
なのでこのあーんは麻里佳に牽制をかけているのだろう。
「ちょっ……」
人前であーんが恥ずかしいのは隆史も同じであり、隣に座っている姫乃を見られないでいる。
「タカくん、あーん」
どうしても止めてくれそうにないため、隆史は口元にあるタコさんウインナーを食べていく。
塩コショウで味付けされたウインナーは美味しく、恐らくは今日のお弁当にも使われているだろう。
「私もたっくんにあーんってする」
テーブル越しに向かい合って座っていようともあーんは出来る距離で、麻里佳は目玉焼きの白身の部分だけ箸で切って隆史の口元に持ってくる。
思春期になってからあーんってしてこなくなったのに、今日はどういうつもりなのだろうか?
「式部さん、あなたはタカくんをフったのを分かっているんですか?」
「うん。でも、姉弟で付き合ったりしないでしょ?」
「本当の姉弟ならです。あなたたちは幼馴染みで姉弟じゃないですよね?」
「確かに血の繋がりはないけど、たっくんは私の弟だから。どうなろうと弟を甘やかすのはお姉ちゃんの役目だよ」
何なんでしょう、この人は? と呟いた姫乃は、「はあ〜……」と盛大なため息をつく。
付き合えないから告白を断っても一緒にいたいからお姉ちゃんを主張する……本当に変な人です、と思ったのかもしれない。
「たっくん、あーん」
仕方ないな、と思った隆史は、口元にある目玉焼きを食べた。
いつも通りの味付けだが、普段してもらわないから若干変な感じだ。
「た、タカくん、私もです。あーん」
今日の朝食は二人からあーんで食べる羽目になったのだった。
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