チョコは人を狂わせる

「ご馳走様でした」


 ご飯を完食し、隆史は満足して箸をテーブルに置く。


「お粗末様、でした」


 嬉しそうに笑みを浮かべている姫乃がこちらを見た。


 自分の作った料理を美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいことなのだろう。


 幼馴染みも美味しそうに食べる隆史を見て嬉しそうにしていた。


「片付けはやるよ」

「大丈夫です。高橋くんはお客様ですので、のんびりとしていてください」


 食器をキッチンに持っていこうとした隆史の手を姫乃の手が静止させる。


 強く握っただけで折れてきまいそうな姫乃の手は、細いながらも柔らかくて温かい。


「ごめんなさい」


 意図して触れたわけじゃないようで、頬を赤くした姫乃は出していた腕を引っ込める。


 数時間しか一緒にいないが一つ分かったことがあり、姫乃は今時の高校生には珍しいくらいに純情だ。


 思春期になってから異性と触れ合ったのは初めてなのかもしれない。


「大丈夫、だよ」


 美少女との触れ合いで嬉しくない男性など、ゲイを除いてら滅多にいないだろう。


 ただ、いくら距離が近い異性の幼馴染みがいようとも、隆史にも恥ずかしいことだった。


「あの……春休みに家族で旅行に行った時に買ったチョコがあるので、食べますか?」

「チョコ?」

「はい。まだお腹に余裕があるのでしたらですけど」

「じゃあ貰おうかな」


 食べざかりの男子高校生にとって、姫乃の手料理だけでは量が足りなかった。


 もちろん味は満足したが、男子に手料理を作ったことのない姫乃には隆史がどれくらい食べるか分からなかったのだろう。


 じゃあ持ってきますね、と言った姫乃は、チョコが置いてあるであろうキッチンに向かっていく。


「どうぞ」


 冷蔵庫から取り出して持ってきたチョコはお土産用のようだが、現地で美味しそうだったから自分用に買ったのだろう。


 どうやら海外に行ったようで、恐らくはフランス語で書かれているようだった。


 春休みに海外旅行に行くなんて白雪の家はお金持ちなのかもしれないな、と隆史は思う。


「遠慮なくいただくよ」


 箱を開けて中身を確認すると、一口サイズの丸いチョコが奇麗に並んでいる。


 チョコを指で摘んで口の中に運ぶ。


「うん。美味しい」


 程よい苦味がある大人向けのチョコのようで、こういったのは初めて食べた。


「身体がフラフラする」

「……え? 大丈夫ですか?」

「大丈夫。もう一つ」


 パクっともう一つチョコを食べると、口の中にビターな味が広がっていく。


「あは、あははははは」

「ちょっ……高橋くん、大丈夫ですか?」


 いきなり笑い出した隆史を見て、姫乃は心配そうに見つめる。


 身体が浮いたように軽くなった隆史は笑いが止まらず、心配そうな評価の姫乃を見た。


「らいじょうぶ。白雪が、二人に見えりゅ……」

「全然大丈夫じゃないですか」


 呂律が回っていない隆史を見た姫乃は、焦ったような表情になって隣まで来た。


「お酒入りのチョコといえど、これだけでこんなになるなんて……」

「お酒入り? 前にラブキョメアニメでヒロインがお酒入りのチョコを食べてベロンベロンに寄ってたにゃう」


 フラフラになっている頭で思ったことが以前に見たアニメだ。


 ラブコメアニメで出てくるキャラは未成年が多いため、サービスシーンとしてヒロインを酔わすためにアルコール入りのチョコが使われる。


 アルコール入りなんて大丈夫か? と思って調べたところ、食べ物であれば未成年が口にしても問題ないとのことだった。


「アニメは詳しく存じませんが、今は高橋くんがそんな状態になっているんですよ」

「アルコール入りのチョコはヒロインを酔わすためにちゅかわれるんだそ。男である俺が酔うわけないらろ」


 明らかに酔っているじゃないですか、と呟いた姫乃は、フラフラになっている隆史を身体を使って支えてくれる。


 何やらチョコとは違う甘い匂いと柔らかな感触があり、身体全体が心地良い。


「白雪って双子りゃったんらね。もう一人の白雪さんよろしゅきゅ」


 身体を支えてもらいながら、もう一人の姫乃? に向かって頭を下げた。


「私は双子じゃないですよ。それに私は一人暮らしです」


 何か言っているようだが、頭がフワフワとしていてあまり深く考えられない。


「白雪ありがとう」

「え?」

「白雪がいなかったらまだ泣いてたきゃもしれにゃい」


 初めての失恋で大きなショックを受けた隆史は、もし屋上で姫乃と出会っていなければ自分の部屋に引きこもっていたかもしれない。


 だから姫乃には感謝しているし、出来ることならこれから恩返ししたいと思っている。


「お礼を言うのは私の方ですよ。ありがとうございます」


 優しくて温かい手の感触を頭で感じた。


「じゃあおやすみ」


 ギュっと姫乃の背中に腕を回して抱きしめた隆史は、寝るために瞼を閉じる。


「え? 寝るんですか? ここは私の家で高橋くんの家ではないですよ」


 姫乃が何か言っているが、隆史はゆっくりと夢の中に入っていった。

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