白雪姫の手作り料理

「まさかの一人暮らし」


 間取りが1LDKのマンションで、どこからどう見ても姫乃は一人暮らしだった。


 学生の一人暮らしにしては広めのリビングはかなりシンプルで、テレビやテーブル、ソファーといった必要最低限の物しかないといった感じだ。


 寝室は見ていないから分からないが、奇麗に片付いているだろう。


 そして隆史が住んでいる家から徒歩十分とかからない距離だった。


「あまり、ジロジロ見ないでください」


 恥ずかしそうに頬を赤くしている姫乃は、あまり見られたくないからか隆史の制服の袖を軽く掴む。


 童話で魔法の鏡に世界一美しいと言わせた白雪姫と比喩される姫乃に照れながら言われるのは比喩とは思えないほど破壊力抜群だが、幼馴染みにフラれたばかりだから勘違いすることはない。


 可愛いとは思ったが。


「あの……着替えてくるのでソファーに座って待っていてください」


 家に入れてから急に恥ずかしさが込み上げてきたであろう姫乃は、タタタタ、と小走りで寝室に向かって行った。


 ソファーに座った隆史は暇潰しにポケットからスマホを取り出すと、一件の通知が着ていることに気付く。


「まさか俺の家にいるとは……」


 メッセージの相手は幼馴染みからで、こう書かれていた。


『まだ帰ってきてないけどご飯どうするの?』


 フった初日にも関わらず隆史の家に来てご飯を作ろうとしている幼馴染みの性格はかなり天然と言える。


 いくら気の知れた幼馴染みの関係といえど、告白されてフった初日くらいは気を使って家に来ないだろう。


 だけど幼馴染みは決して嫌がらせなどで家に来ているわけではなく、間違いなく純粋に栄養などを考えて料理を作ろうとしている。


 そういったところも好きではあるのだが、今だけはありがた迷惑だ。


 流石に初日くらいはそっとしておいてほしい。


『今日は一緒に食べたい気分じゃないから外で食べてくる』


 そうメッセージを送ってスマホをポケットにしまう。


 スマホを弄る気分でもなくなってしまったため、隆史はしばらくボーッとすることにした。





「お待たせ、しました……」


 ソファーに座って十分ほどたつと、部屋着に着替えた姫乃がリビングに戻ってきた。


 白いブラウスの上から丈の長い紺色のノースリーブワンピースを着ている姫乃は、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。


 こうして異性を自分の家にいれたのは初めてだろうし、恥ずかしくなっても仕方ないだろう。


「に、似合っているよ」


 白雪姫である姫乃の私服姿を初めて見たからとりあえず褒めてみたものの、隆史自身彼女の顔を良く見れないでいる。


 美少女の幼馴染みが身近にいるからある程度の免疫はついているが、幼馴染みを褒めるのと姫乃を褒めるのとでは訳が違う。


 屋上で頭を撫でてしまったのは、フラレたばかりで寂しくて人肌を求めてしまったからなのかもしれない。


 今は少し落ち着いているため、また頭を撫でるのはかなり緊張するだろう。


 恥ずかしくて顔を良く見れないため、姫乃がはいているフリルのついた可愛らしい白の靴下が目に入る。


「あう……ありがとう、ございます」


 褒められてさらに照れてしまったのか、姫乃は髪の隙間から見える耳まで真っ赤に染めた。


 今まで面識はあったもものまもとに話したのは今日が初めてのため、意識してしまって上手く話すことが出来ない。


 姫乃も同じような感じだろう。


「あの、料理を作りますね」

「お、おう。お願い」


 この緊張感に耐えられなくなったのか、姫乃はキッチンに向かって行った。


☆ ☆ ☆


「美味そう」


 姫乃が料理を作り始めて一時間たたないくらいで、テーブルには料理が並んだ。


 料理は金目鯛の煮付けをメインにした和食で、部屋中に漂っているいい匂いだけで食欲が湧く。


「煮付けって短時間で出来るものなの?」


 調理中はポニーテール調にしていた長い髪を解いた姫乃に尋ねる。


「はい。三十分もかからずに出来ますよ」


 煮付けは長時間鍋で煮込むと思っていた隆史のとっては、目から鱗が出たかのような感覚だった。


 いつもは幼馴染みが料理を作っていても気にしないので、調理時間などは分からない。


「冷めない内に食べましょう」

「そうだな」


 二人して「いただきます」と言い、隆史は早速金目鯛の煮付けに箸をつける。


 魚の身はホロホロになってきて箸で簡単に崩れ、崩れた身を箸で掴んで口に運ぶ。


「んまい」


 幼馴染みとはまた違った味付けではあるものの、金目鯛の煮付けはきちんと味が染み込んでいて美味しい。


「良かった、です」


 こうして異性に料理を振る舞ったのは初めてと言っていたためなのか、頬を赤くした姫乃は照れながらこちらを見た。


 いくら昔から料理を作っているとはいえ、相手好みの味かどうか若干不安だったようだ。


 とてつもなく美味しい料理は箸が進み、金目鯛の煮付けをおかずに白米も食べていく。


 途中で和風ドレッシングで味付けされたサラダも食べ、隆史の箸は全く止まらない。


 それに金目鯛の煮付けに添えられている生姜が食感や味にいいアクセントになっている。


 そこらのお店で食べるより姫乃の手料理の方が美味しく、また食べたいと思いながら完食したのだった。

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